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2020年06月20日 14時04分 JST | 更新 2020年06月21日 15時57分 JST

地雷メイク、〇〇難民、乱暴な「バズる」が力を持ちすぎていませんか。

SNS上での言葉の暴力が改めて見直されている今だけれど、一見尖っていなさそうで、実は暴力的な響きのある言葉がけろっと混じっていたりもする。それに気付ける社会だったなら、どれだけ素敵なことだろう。

最近「地雷メイク」という言葉をSNSで頻繁に目にする。

たくさん泣いた後のような赤い目元で、「病みかわいさ」なるものを演出するメイクだそうだ。

そこから転じて「この人に近づいたら、きっと爆発のような厄介なことになるぞ」という危惧の気持ちをキャッチーにまとめた言葉が「地雷」というわけだ。

しかし、「地雷メイクをするよ」と言って、影響力のあるインフルエンサーやYouTuberによって次々と投稿された写真や動画を見ていると、胸の奥がギュッと苦しくなる。

「この人たちが『地雷』というものの酷さを一度でも考えたなら、この言葉をこうも軽率に使うだろうか?」と。

Suwaree Tangbovornpichet via Getty Images
ソーシャルメディア(イメージ画像)

きっかけは、ベルリンのコインランドリー。

僕が言葉の線引きや使い方に違和感を感じるようになったきっかけは、「〇〇難民」という言葉だった。

カフェが混んでいて入れない「カフェ難民」や、特定の人気ゲームが品薄で買えない「〇〇ゲーム難民」などの言葉を聞くたびに、僕の頭の中には”本物”の難民の人たちの物語が浮かび上がる(UNHCRによる難民の定義はこちら)。

僕が初めて難民の人に出会ったのは、大学2年生の冬に訪れたベルリンのコインランドリーでのこと。

洗濯が終わるのを待ちながらベンチに腰掛けていた僕が、向かいに腰掛けていた男性に何気なく「どれくらい掛かるんですかんね」と聞くと、訛りのある英語で「分からないけど、すぐだよ」と返してくれた。ドイツ語が流暢なわけでもない様子の彼に「どこから来たんですか?」と聞くと「シリア。アイ ハド ロ~ングジャーニー(すご~く長い旅だった)」と微笑んでみせた。

「あ、洗濯が終わったみたい」

そう言うと彼は立ち上がり、会話は突然に終わりを迎えた。「良い一日を」と会釈をして、彼は弱々しい笑みと共に閑静なベルリンの住宅地へと消えていった。 

竹下みずき
彼を見送った後のランドリーは妙に静かだった。

僕は「難民」という言葉を漠然としか知らなかったので、「彼はいわゆる難民の人なのかな?」とは思っても、「難民申請書」のような整ったお役所の書類があって、手順を踏んだ上で、安全な移動手段で海外へやって来るものだとばかり思っていた。

帰国後、ランドリーでの一連の出来事が頭に残っていた僕は、何気なく「シリア・ドイツ」とネットで検索をかけた。画面に並んだ情報の数々は目を疑うものばかりだ。

迫害や内戦から逃れるために命からがら乗り込む、すし詰めのゴムボート、海に沈んだ2000人の命、難民キャンプで立ち往生して「死にたい」と願う子どもたち。

コインランドリーで出会った彼が、その苦境を奇跡的に乗り越えたほんの人すくいの人であったと理解したのも、「ロ〜ングジャーニー」の本当の意味を知ったのも、その時だった。 

小泉秋乃
地中海を渡る際に身につけていたライフジャケットでいっぱいの Life jacket graveyar(ジャケットの墓場)。難民キャンプで働いていた友人が、ギリシャの島で撮った一枚。

知れば知るほどに息が苦しくなった。

自身の生まれた場所だけが理由で命を奪われ得る人々。他者によって酷い形で日常を奪われた人々。それが「難民」なのだ、と。

そしてもし、日本社会に溢れている「〇〇難民」という言葉の意味を、本当の難民の人たちに尋ねられたなら、僕はどう返せばいいのだろう、と。

こうして海外の事例を聞いても、ピンとこない人がいるのも知っている。「考えすぎだよ」「それとこれとは別じゃない?」と言葉を返されたことも多い。

けれど、少し想像してみてほしい。

もし海外で「空爆メイク」なんてものが流行ったら、そこに違和感や怒りを感じる人も多いのではないだろうか。

戦争が70年以上も前の話になった今でも、日本で長い時間を過ごしてきた人間として、そこは「ポップ」に加工して消費して欲しくないセンシティブな部分なのだから。

言葉は社会を映し出す鏡。

だからといって、その言葉を使う人を頭ごなしに責め立ててしまうことは、少々乱暴なようにも思う。

あの日、ベルリンを訪れていなかったら、僕はそういった言葉に今も敏感になっていなかったかも知れないし、忙しない日常の中で、誰しもにそういった機会がある訳ではないのも承知している。

これはもっと大きな「日本社会の問題」だ。

竹下みずき
東京の街並み(イメージ画像)

世界には7000万人を超える”本物の”難民がいるけれど、日本の難民認定率は0.4%(2018年)。日本という「殺されない場所」での生活を夢見る人たちが必死で伸ばした手の0.4%しか、この国は掴んでいないのだ。

一方で「〇〇難民」という比喩表現に一石を投じる声や、そもそも「難しい民」を意味する「難民」という訳語が適語なのか、と疑問視する声も実は少なくない。しかし、こういった声にほとんど耳が傾けられていない現実が、そこには隠れているのだ。

難民と呼ばれる人たちが身近な存在になれない社会では、この言葉の奥行きに鈍感になってしまうのも、悲しいけれど頷ける。

「〇〇難民」という言葉の裏にも、社会的な伏線が張り巡らされていたのだ(生活を追われていることに変わりはない「ネカフェ難民」にも、本来の意味の「難民」と一緒くたにしてしまわないために、何か他の言葉があればと思う)。

「バズる」が力を持ちすぎた。

「SNSとの付き合い方」や「言葉の在り方」を思索していく上で、急速に拡散されることを意味する「バズる」を考えることが、今後の大きな鍵になると感じている。

商品を売るために、話題を作るために、SNS上では多くの人が「キャッチーな言葉」を考えて、あの手この手で「バズ」を狙っている。

そして油断をしていると、僕たちは限られた社会の中で与えられる、そういった「キャッチーな言葉」にばかり心を寄せてしまい、どんどんと「伝えるための言葉」に鈍感になってしまう。

SNS上での言葉の暴力性が、かつてないほど見直されている今だけれど、中には一見尖っていなさそうで、かなり暴力的な響きのある言葉がけろっと混じっていたりもするものなのだ(ここまでに触れた2つの他にも、「飯テロ」などは一度問い直すべき類の言葉だと思う)。

「社会がそういった類の暴力性にも神経を研ぎ澄ますことができたら、どれだけ素敵なことだろう」

痛々しいまでに「言葉」を信じる理想主義者の僕は、そう思わずにはいられない。

言葉の一つ一つに対してアンテナを立てる営みは、酷く地味で泥臭いものだろう。

それでも僕は、そんな社会に小さな風穴をぷすぷすと開け続けていきたいと思うし、自分や周囲の人たちの「当たり前」をくすぐり続けたい。そして、社会を映し出す「言葉」に敏感であり続けたい。

竹下みずき
ベルリンで出会った男性が消えていった住宅地は、今でも時々思い出す。

画像提供:小泉秋乃