あの頃、世界の色は、いつもグレーだった。
体に力が入らず、信号を渡るだけで精一杯。爪も剥がれ、髪はツヤがなくなり抜け落ちた。生きる喜びが、分からなくなった。
ある日、インスタのタイムラインに流れた、1枚の写真に目を奪われた。
スイートポテトを真ん中で割り、豆をトマトのクリーミーなソースで和えたものが中に入っている。周りには、カラフルな野菜が散りばめられていた。
「美味しそう、食べたい...」。
何年も、感じられなかった気持ちだった。
過度な食事制限で摂食障害とうつ病を発症した、モデルでライフスタイルクリエイターの未来リナさん(20)。インスタの写真をきっかけに、ヴィーガンのライフスタイルと出合い、「自分が本来生きたい人生を取り戻せた」と語る。「心と体のエネルギー源になるように」。そう願い、動物性の食品を使わないレシピを編み出し、インスタやブログで発信する未来さん。かつての自分のように、摂食の問題や周りからの評価に苦しむ人たちを、魅惑のレシピで支える。
■「もっと絞って」ノンストップの注文
未来さんは1999年、スペイン人の母と日本人の父の間に生まれた。日本で暮らしながらも、母の影響で毎日の食事はスペインの食生活に近かった。
「スペインでは、野菜やフルーツをたっぷり食べます。『ボカディージョ』という、フランスパンに生ハムやチーズ、レタスなどを挟んだ伝統料理のサンドウィッチが大好きでよく食べていました。母は、『食べたくても食べられない国の子どもたちのことを考えなさい』と注意するのが口癖で、私自身、好き嫌いもなく食べることはとても好きでした」
3歳でキッズモデルとして雑誌デビュー。6歳から芸能事務所に所属した。成長するにつれて、周囲から体型や容姿への要求が強くなっていった。
「日本の芸能界では『完璧な外見を求められる』と教え込まれました。下半身をもっと絞ってとか、動物性タンパク質をもっと食べて筋肉をつけてとか。大人からの注文はノンストップでした」
始めの頃は夕食の炭水化物を抜いたり、デザートを週に1回にしたりと軽めのダイエットをしていた。だが、食事制限とトレーニングはどんどんエスカレートしていく。
「体重が見る見るうちに落ちて、体力も一気になくなりました。それでも放課後は、必ずプールやジムへトレーニングに向かいます。ゾンビみたいに疲れ果てて家に帰るけど、ほとんど何も食べずにベッドに入る。頭の中は、今日食べたものと明日食べるもののことばかり。楽しいとか幸せとか、希望を感じられる瞬間はありませんでした」
■きっかけは、インスタの1枚の写真
摂食障害とうつ病に苦しんでいた頃、インスタのプレート料理の写真に目を奪われた。投稿には #vegan(ヴィーガン)とのハッシュタグがついていた。
その後も、惹かれる料理の写真には共通して #vegan と書かれていた。
「それまでヴィーガンに対して、『健康志向のセレブやモデルたちの、一時的な流行』という偏った印象しかありませんでした。ヴィーガンって何だろうと興味を持ち、ドキュメンタリー映画を観たり調べたりするうちに、ヴーガンは自分の体も他の動物の命も、地球も大切にするという生活スタイルだと知りました。それは、まさに自分が大事にしたい価値観に合った生き方でした」
療養のため、未来さんは17歳の時、スペインで10カ月間過ごす。
「栄養士の指導のもと、著しく不足していた栄養素を毎日確実に摂り入れました。それと同時に、まずお肉をやめて、次に魚、乳製品と、段階的に動物性の食品を食べないようにしました。食生活が変わると、顔色がよくなって、体重も元に戻りました。何より、朝起きた瞬間に全身がエネルギーに満ちているのを感じられました」
心にも変化が現れた。
「うつの症状は、気づいたらなくなっていました。ネガティブで心配性だったのが、楽観的に物事を考えられるようになり、よく笑うようになりました。口にするものが、体だけでなくメンタルにどれほどつながっているかを実感しました」
■「恩返し」のレシピ
未来さんは3年前から、インスタグラムやブログで、オリジナルのヴィーガンレシピを発信している。これまでに考案したレシピは250種類を超える。
「生きる意欲を失っていた時、摂食障害を公表し、ヴィーガンのライフスタイルを紹介する女の子たちのYouTubeの動画やインスタの投稿に救われました。今度は私が恩返しする番。過去の自分と同じように、摂食に悩む人たちの力になりたい。生きるエネルギーになるようなレシピを伝えようと思い立ちました」
豆腐を使ったパフェ、おからのブラウニー、タヒニを練り込んだチョコチップクッキー…。レシピには、たくさんのデザートメニューも織り混ぜる。
「摂食障害のときは、スイーツなんてとんでもない話だった。だけど食べていいんだと気づいたら、生きるのが何倍も楽になったんです。私のように甘いものが大好きな人たちに、毎日食べてもいいくらい良質で、エネルギーチャージにもなる栄養豊かなスイーツを楽しんでほしい。そんな思いで、日々試作を重ねています」
■体は、評価されるためにあるんじゃない
摂食障害で悩む人は後を絶たない。
厚生労働省研究班の調査では、2014〜15年の1年間で、全国の摂食障害の受診患者数は推計約2万6千人。摂食障害は未受診例が多く、実際の患者数はさらに多いとみられる。
食との向き合い方に悩む人たちに、未来さんが伝えたいことは。
「本当に大切なことは、人からどう見られるか、評価をもらうとか、誰かの期待にどれだけ応えられるかとか、そんなことじゃないと思います。私は無意識のうちに、そうしたことに執着し、自分の中の『食べ物のルール』をどれだけ守れるかというゲームに飲み込まれて、自分自身も、家族も友達も、何一つ大事に生きることができなくなっていました。
今、摂食障害などつらい思いをしている人に伝えたいのは、原点に戻るということ。幸せな人生を経験するための乗り物、容れ物として、あなたの体を捉え直すことから始めてほしい。体のおかげで今の自分があるという原点を思い出してほしいのです。
自分の中の、食べ物のルールに囚われそうになった時、『人生が終わるまで、一生その生活を続けるの?』と問いかけてみてください。あなたが生きたい人生、本当の幸せを、立ち止まって見詰めてもらいたいと思います」
■食べるか食べないか?じゃなく、何を選択して生きるか
肉や魚のほか、卵や乳製品、はちみつなど動物性の食品を口にしない“ヴィーガン”。「完全菜食主義」と訳されることが多いが、食に限らず、動物を原材料とする服や製品などを購入・使用せず、動物の命を尊重するライフスタイルを指す。体にやさしく健康的であり、サステナブルな暮らしへの意識の高まりから、近年国内外で注目されている。
未来さんは「私の考えるヴィーガンとは、枠にはまった主義や規則ではなく、誰の中にも存在するライフスタイルの一つ。動物由来の食品を食べるか食べないか、で線を引くものではないと思っています」と強調する。
「お肉を買うとき、どんな飼育環境で育てられたかを知った上で選んだり、動物実験をしていないメーカーの化粧品を使うようにしたり。地球や動物、これから生まれてくる人たちのために、自分にできることを考えて、ベストな選択をしていく。ヴィーガンとは、そうした生き方そのものなのではないでしょうか」
■「ライフスタイル」の作り手として
未来さんは、モデルの他に「ライフスタイルクリエイター」というもう一つの肩書を持つ。日常生活に役立つ様々なものを創造し、人に届ける活動に喜びを感じ、自身で名付けた。
カフェとコラボしてヴィーガンメニューを開発したり、エコバッグをデザインしたりと、活躍の幅を広げている。
「今考えているのは、体型などのコンプレックスに悩む人たちが集まって、体験や思いを共有し、その人が本来大事にしたい気持ちに立ち返るきっかけになるようなワークショップを開くこと。
ブログやインスタをきっかけにヴィーガン生活を始めた人たちから、『体が元気になった』『友だちと食事するのが怖くなくなった』という嬉しい報告を日々もらいます。摂食障害とうつを経験したからこそ、自分の気持ちを大切に生きるための手助けができるよう、オンライン以外にもリアルな空間を作りたい。少しでもプラスのエネルギーを届けられる人間でありたいです」
<取材・執筆=國崎万智@machiruda0702/ハフポスト日本版>