アートとカルチャー
2020年07月11日 09時37分 JST

「梨泰院クラス」が描き出す韓国の“ダイバーシティ” 危険な基地の街は、ゲイのタレントが出迎える繁華街になった。

ストーリーの展開の面白さで人気となったNetflixオリジナルシリーズ『梨泰院クラス』。ここではドラマからにじみ出るもう一つのテーマ「多様性」を軸にみていきたい。

Netflixオリジナルシリーズ『梨泰院クラス』独占配信中
『梨泰院クラス』

韓国ドラマ「愛の不時着」が日本でも話題となり、日本のNetflixで1位を突っ走っているが、2位を追走しているのが同じ韓国ドラマの「梨泰院(イテウォン)クラス」だ。

父親を事故死させられ、人生のあらゆる局面で立ちはだかる財閥一家に主人公パク・セロイが復讐を挑む物語。そのストーリー展開の面白さが話題だが、ここではドラマからにじみ出るもう一つのテーマ「多様性」(ダイバーシティ)を軸にみていきたい。

 

大卒ゼロの多様な店員たち

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『梨泰院クラス』

ドラマの第2回で主人公パク・セロイは、刑務所から出所後、幼なじみのオ・スアに呼び出されて初めてソウルにある繁華街、梨泰院を訪れる。様々な人種や性的指向を持つ人々が集まるハロウィーンの祝祭の雰囲気に魅せられ、ここで店を始めることを決意する。

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『梨泰院クラス』

セロイが開いた居酒屋「タンバム」には、様々な店員が集まってくる。トランスジェンダーの厨房担当マ・ヒョニは「最強居酒屋」を決めるテレビ番組に出演して決勝まで進み、女性料理長として人気者になるが、決勝戦の当日「マ・ヒョニはトランスジェンダー」という卑劣な暴露記事をライバル陣営によってメディアに流される。落ち込み、動揺し、テレビ局内から奇異の視線が集まる中、セロイら店の仲間に励まされて立ち上がったヒョニは、生放送のカメラに「私はトランスジェンダーです」と宣言して決勝に臨む。

もう一人の店員キム・トニーはギニア出身。肌の色は完全にアフリカ系だが、父親が韓国人で流暢な韓国語を話し、外国人扱いする同僚らに「僕は韓国人だ」と言い返す。梨泰院に多い外国人客への応対を期待されて採用されたが、英語は話せない。他人が求める自分とのギャップに「英語が話せないとわかったらクビかもしれない」と不安がる。のちに彼の存在がタンバムの窮地を救うことになるのだが、自分は何者なのかを決めるのは、ほかでもない自分。そんなメッセージがキャラクター設定に込められているのだろう。

「前科者」でもある主人公パク・セロイと、刑務所で知り合ったけんかっ早いスングォン、財閥会長の愛人の子グンス…。タンバムには大卒が一人もおらず、出自も多様な店員ばかりだ。そんなメンバーが力を合わせ、閑古鳥の鳴いていた店を繁盛させ、会社を成長させ、大財閥の横暴に立ち向かっていくサクセスストーリーは痛快でもある。まさに「多様性こそ力」を象徴する集団だ。

 

同性愛を公表したタレントへのオマージュ

時事通信社
韓国、梨泰院=2020年05月16日

ドラマの舞台となったソウル・梨泰院は、かつて近くに在韓米軍の基地があり、主に基地関係者や在住外国人らの歓楽街として発展した。筆者が韓国に留学していた1990年代半ば、梨泰院は日本人観光客がジャンパーやバッグなどの革製品を買い求める観光地だった。

ゲイの友人に聞くと、ゲイバーなど性的マイノリティーの店が集まり始めたのもこの頃だという。「危険で近寄りがたい街」いうイメージの梨泰院に転機が訪れたのは2004年。サムスングループ一族が収集した国内外の一級美術品を展示する「リウム美術館」が開館し、周囲の開発も進んだことで、一般の韓国人も多く訪れる繁華街になった。

梨泰院を象徴する人物の一人が、ドラマにも実名で特別出演しているタレントのホン・ソクチョンだ。パク・セロイが初めて訪れた梨泰院の店のオーナー役で登場し、その後も「梨泰院の主」的な存在として、セロイやスアをバックアップする。実際にホン・ソクチョンは、梨泰院で多数の店を展開する事業家でもある(ただし、新型コロナウイルスの拡散で客足が落ちて大打撃を被り、ほとんどの店が閉店を余儀なくされたという)。 

ホン・ソクチョンは1990年代、スキンヘッドと独特の「オネエ言葉」でテレビで人気者になったが、「ゲイではないか」と噂が立ち、2000年に同性愛をテレビでカミングアウトした。スポーツ新聞の1面に「ホン・ソクチョンはホモだ」といった見出しが躍るなど、当時の韓国社会で否定的な反応が広がり、すべての番組を一度、降板せざるを得なくなった。しかし独自の話術や演技力で徐々に活動の場を取り戻し、今では地上波にも普通に出演している。時代は変わり、性的マイノリティーをテーマにした番組も持つなど、韓国の性的マイノリティーの地位向上に大きな役割を果たした人物でもある。

テレビを干されていた間、生活のために梨泰院で飲食店経営を始めた。店を構えた通称「経理団通り」で、街全体で飲食店のサービスを向上させ、環境を美化して活性化を図るなど、地域への貢献でも知られる。ドラマの中で主人公パク・セロイが、来客を増やすために周囲の店を助ける場面があるが、ホン・ソクチョンが実際に取り組んだことだ。さらに先に紹介した「トニー」は、ホン・ソクチョンが名乗る英語名でもあるなど、ドラマには、ホン・ソクチョンへのオマージュが、あちこちにちりばめられている。

 

「束縛されない。梨泰院と言えば自由」 

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『梨泰院クラス』

梨泰院はソウル有数の繁華街だ。しかし繁華街はほかにもある。なぜこのドラマは「鍾路クラス」「弘大クラス」「江南クラス」ではないのだろう。店舗を借りるにも家主への権利金が高く、開業のハードルが著しく高いと言われる梨泰院の街に、パク・セロイはなぜ魅せられ、様々な妨害や障害があってもこの街を動こうとしなかったのだろうか。

その答えは第9回で明かされる。居酒屋タンバムの法人名を「梨泰院クラス」に決めた理由を(実際には縮めてICとなるが)、セロイは「自由」という言葉で表現している。「多様な文化が自由に入り交じり、束縛されない感じ。梨泰院といえば自由」。

Netflixオリジナルシリーズ『梨泰院クラス』独占配信中
『梨泰院クラス』

いじめを見過ごせずに財閥会長の息子を殴って高校を退学になったセロイの人生には、その後も様々な理不尽が降りかかってくる。弱者が強者に圧迫されず、生存を脅かされることのない社会、その理想像をセロイは、人種や性的指向など、様々な背景を持った人が集まり、互いを認め合って暮らす梨泰院に見いだしている。

韓国社会に潜む人種や性的マイノリティーへの偏見など、「多様性」の現実をさりげなく、それでいて力強く描いているのも特徴だ。日本社会にも程度の差はあれ共通するテーマだけに、多くの視聴者に感じ取ってもらいたいと思う。新型コロナウイルスが収束し、また自由に海外に渡航できるようになったら、そんな視点からもう一度、梨泰院の街を歩いてみたい。