『鬼滅の刃』の特大ヒットは「規格外のすごさ」。コロナ禍の映画産業を救う突破口になるか

アメリカのメディアにも報じられる、驚きの興行収入。コロナ禍で苦境の映画産業にとって成功事例となった一方、残された課題は「洋画の復活」だ。
『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』
『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』
(c)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

『劇場版「鬼滅の刃」 無限列車編』が、3日間(10月16日〜18日)の興行収入が46億円超えという驚異的な数字でスタートを切った。

最終興行収入が100億円に達すれば「大台に乗った」と言われる映画産業において、3日でおよそその半分の数字を稼ぐという、異例の出来事が起こった。

映画業界でデータ分析やマーケティングなどを行うGEM Partnersの梅津文さんに、ヒットの理由を分析してもらった。

100億超えは確実。200億円も見込めるか

2019年の邦画部門で年間興行収入成績1位の『天気の子』は、初日から3日間でおよそ16億円超(年間140.6億円)、洋画部門で1位の『アナと雪の女王2』は、19億円超(年間127.9億円)であることから、『鬼滅の刃』の46億円という数字が、いかに驚異的であるかがわかる(数字は、日本映画製作者連盟オリコンニュースより)。

梅津さんはこの数字について、「46億円というのは、予測を遥かに上回る数字でした。異例のあまり、過去のデータが当てにならない。規格外のすごさです」と話す。

今後の興行収入の伸びについては、「100億円はまず超えるはず。早くて今週末には累計100億円に上ってもおかしくはない状況」だと分析する。

本作の興行収入は、土日2日間で33億円を超えている。過去のデータから、最終興行収入については、公開初週の土日の少なくとも5倍、通常7〜8倍の数字になるという。

『鬼滅の刃』の場合、5倍なら165億円、7〜8倍なら231〜264億円となり、最終的には200億円を超える可能性も十分ある。

コアなファンが多い作品は、公開当初に動員が集中し、その後は伸び悩むこともある。しかし、『鬼滅の刃』は連日メディアやSNSで取り上げられ、極めて話題性が高い。今後さらに広い層にアプローチし、ロングヒットが見込める。

映画館ジャック。なぜできた?

『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』
『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』
(c)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

公開前から話題になったのは、本作を上映するスクリーン数の多さだ。全国403の映画館で公開が始まり、各劇場の1日の上映回数は、20~30回を超えていた。

ここまで座席数を抑えることができた背景には、コロナ禍の特殊な事情も考えられる。

「通常、大作は、ゴールデンウィークや夏休み、冬休みなど、子どもや学生が休みの期間に上映することが多いです。10月前後は中規模作品が多く、大手シネコンのスクリーンに空きがあります。

さらに、当初は10月公開予定だった『ワンダーウーマン 1984』の公開日が年末に延期するなど、コロナ禍で洋画大作の公開が止まってしまいました。

『鬼滅の刃』はこの秋唯一の超大作です。これだけ多くのスクリーン数を充てることができた

自粛期間、配信でファン増やす

『鬼滅の刃』の漫画やアニメが社会現象になるほどの人気であり、大ヒットするための下地はすでに作られていた。

加えて、東京スカイツリーの特別ライティングや、コンビニなどでのコラボグッズ販売など多くの企業コラボを打ち出し、相乗効果を高めていた。

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mphillips007 via Getty Images

また、大きな要因となったのは、多くの配信サイトでTVアニメ版が配信されていたことだと、梅津さんは分析する。

「自粛期間中、NetflixやAmazonプライム・ビデオなどの動画配信サービスは着実に利用者数を増やしていました。その中でも、『鬼滅の刃』は視聴ランキング上位の常連。映画と配信サービスは対立関係だと思われることもありますが、『鬼滅の刃』はうまく配信を活用し、人気を加速度的に高めていった

地上波でも、フジテレビで2週連続放送された特別編集版が、ともに視聴率は15%を超える好成績でした」

映画館に行く「習慣」を取り戻すために

コロナ禍では、シネコンなど多くの映画館で、体温測定を行い、席を半減するか、飲食を禁止するなどして、感染防止対策を講じている。また、懸念される「換気」についても動画を公開し、映画館の高い換気能力を示した。

「映画館に行くのは、習慣性のある行動です。新型コロナによって、足が遠のいた人々を、再び映画館に向かわせることが、今、映画産業にとって課題の一つ。『鬼滅の刃』のヒットは、その突破口になるのではないでしょうか。

たとえば、映画館では今後公開予定の作品のポスターなどが大きく張り出され、予告映像も流れます。『鬼滅の刃』の上映前には、『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||(本来は右縦線が太字)』の特報が流れ、公開日がいち早く解禁されました。

大きなスクリーンで予告映像を流してPRすることで、観客の興味関心を喚起し、もう一度映画館に来よう、と思ってもらうこともできます」

残す課題は、洋画の復活

『鬼滅の刃』の大ヒットは、映画産業にとって明るいニュースだ。

一方で課題として残っているのは、洋画の復活だ。

梅津さんによると、日本の映画興行市場は、半分ほどは洋画によって支えられているという。しかし、アメリカのニューヨークやロサンゼルスなどの主要都市では映画館の休業が続いており、ディズニーやワーナー・ブラザースなど大手スタジオの作品は、ほとんどが公開延期、または配信に切り替えるなどし、新作はほぼ止まっている。

アメリカの映画館チェーン大手AMCの映画館。コロナ禍での経営難が報じられている。
アメリカの映画館チェーン大手AMCの映画館。コロナ禍での経営難が報じられている。
Alexi Rosenfeld via Getty Images

そんな中で、日本で9月に公開された、クリストファー・ノーラン監督の『TENET テネット』はロングヒットし、興行成績の好調がアメリカでも話題になっている。

「『テネット』は、アメリカに先駆けて欧州・アジア圏から順次公開されました。ハリウッド映画は、グローバルで一体となった宣伝の仕方や、海賊版流出などの問題から、全世界ほぼ一斉公開を慣例としてきました。

その慣例を覆すことは難しいですが、アメリカの映画産業が止まっている中で、今後は『テネット』のように海外で先に上映することも、一つの選択肢として考えられるかもしれません。

アメリカの映画産業は、先行きが見えない状況が続きますが、『鬼滅の刃』のヒットは、アメリカのメディアでも伝えられています。

成功事例として広く伝われば、そこからヒントを得て、世界の映画興行にとっても希望が見えるのではないでしょうか。そういった意味でも、『鬼滅の刃』の大ヒットが残した意義は、とても大きいと思います」

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