産後うつのリスク、コロナ禍で「倍増・長期化」の調査結果。“通院控え”の母親も

うつと診断された女性は、「子どもに感染させるわけにはいかない」という強い不安や孤立感があったと訴えている
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コロナ禍で、女性の産後うつのリスクが深刻化している。国の調査で10人に1人が発症すると報告されているが、10月の専門家の調査では、産後うつを発症している可能性のある割合が従来の2倍以上との結果が出た。コロナ禍で妊娠・出産し、うつと診断された母親からは、感染への強い不安や孤独感を訴える声が上がる。

「子どもに感染させるわけには」

全身の関節が痛み、抱っこさえままならない。母乳がうまく出ず、自分を責めた。睡眠時間は激減。頭がぼーっとして、ふとしたときに涙があふれる。

7月に第一子の男児を出産した東京都内の30代女性は、産後2か月でうつ病になった時の状況を語った。コロナの収束が見通せない中、周囲にサポートを求めることができなかったという。

「この子をコロナに感染させるわけにはいかないと思うと、自分や子どもの体調が悪くても病院に行くのをためらいました。家事代行や託児サービスも、感染への不安から利用をあきらめました。だれも頼れず、負荷がピークになってしまいました」

夫は1か月の育休を取得して共に子どもの世話をしていたが、それでもコロナへの不安や母乳育児の苦悩を共有できないことなどで、夫と“埋められない溝”を感じた。夫の育休期間が終わると、女性はさらに孤立感を深め、気分の落ち込みが激しくなった。

心療内科でうつ病と診断された後、女性は自治体の産後ケア事業を利用し、子どもと一緒に病院に短期入所(ショートステイ)した。食事や入浴など、病院スタッフのサポートを受けながら1週間を過ごした。助産師からの「健康そうに育っていますね」といった声かけで、女性は「自分の育て方は間違っていないんだとほっとして、肯定されていると感じた」と振り返る。

入院をきっかけに夫と向き合い、今まで「言っても無駄」と呑み込んでいた気持ちや育児の分担などを話し合うようになり、孤独や不安がかなり解消されたという。「この先コロナ禍が続く中でも、母親が孤立しないために家族や周りの人たちにできることはあると思います」

コロナで「リスク2倍、長期化」の調査結果

筑波大准教授の松島みどり氏(公共政策)などの研究グループは10月、1年以内に出産した母親らを対象にメンタルヘルスに関する調査を実施した。「カラダノート」「ベビーカレンダー」の2社が提供する子育て支援のアプリやメルマガに登録しているユーザーを対象に、「エジンバラ産後うつ病質問票」(EPDS)を使って調べた。その結果、産後1年未満の母親2132人のうち「産後にうつ症状がある」人の割合は約24%に上った。

厚生労働省の2013年度の調査によると、出産した女性のうち約10人に1人に産後のうつ症状が確認されており、単純比較はできないが、研究グループの今回の調査結果はそのリスクが2倍以上となっている。

さらに今回の調査で、産後にうつ症状がある人のうち3人に2人は、「抑うつ状態にある」ことを自分では認識していなかった。松島氏によると、コロナ禍で収入が減少したり、子どもを公共施設に連れていくことに対して他者から批判された経験があったりする人は、そうではない人に比べて発症のリスクが高い結果が出たという。

松島氏は「調査結果はあくまで速報値で、今後詳しい分析が必要」と前置きし
た上で、「子育てサポートの欠如や低収入は平常時においても産後のうつにつながる要因のひとつ。現在は通常時よりもサポートが得づらい状況にあり、また収入の減少を経験している人が増加していることを考えると、母親の精神的健康が阻害されるリスクが高まっていると考えられます」とみる。

日本産婦人科医会の資料によると、「産後うつ病は産後数か月以内に発症し、好発(発症しやすい)時期は産後4週以内」とされるが、今回の調査では子どもの月齢が6か月〜11か月を迎えてもうつ傾向の割合が減少せず、発症リスクが長期化している。

「人と人との交流制限は少しずつ緩和されてきていますが、経済的な打撃とそ
の影響は長引く恐れがあります。家計の不安を和らげる支援を拡充することが必要だと考えます」(松島氏)

筑波大准教授の松島みどり氏
筑波大准教授の松島みどり氏
HuffPost Japan

保健師や助産師との接点が減少

産後うつを防ぐために、母親を孤立させないことは極めて重要だ。だが、コロナ禍では保健師や助産師ら専門職からのサポートが行き届きにくくなっている実態がある。産後うつに詳しい北里大学准教授で、助産師の新井陽子さん(周産期メンタルヘルス)は、コロナ禍での育児支援の難しさを明かす。

「コロナによって、自治体や助産院などの両親学級が中止になったり、人数が制限されたりして父母が希望しても十分に参加できなくなっています。今までは妊娠中の両親学級で、うつ傾向や虐待のリスクがある人をピックアップして産後まで継続して支援することができましたが、保健師らとの接点が少なくなったことで、そうした早期の介入が難しくなっています」

新井さんによると、一部の医療機関ではオンラインでの両親学級を始めたが、「セキュリティーや個人情報保護の壁があり、行政のオンライン化が進まずニーズに対応できていない」という。

産後ケア事業、利用に課題も

市町村が実施主体で、国が費用の半分を助成する「産後ケア事業」で、通所(デイケア)やショートステイなどのサービスを利用することもできる。厚労省によると、2019年度は全1741市町村のうち941市町村がこの事業を実施している。しかし、自治体によっては自己負担額が数千円〜数万円に上ることもある。新井さんは「コロナ禍で収入減になった世帯にとって負担は大きい。レスパイト(休息)を必要とするすべてのお母さんたちが利用しやすいような手厚い助成が必要です」と訴える。

費用の問題に限らない。新井さんは、特に都市部では保健師や助産師らのマンパワー不足もあり、産後ケア事業を利用したくても施設数が不十分な地域もあるとして「民間団体を活用するなど、施設数を確保することも求められます」という。

新型コロナウイルスの感染拡大で、産後まもない母子の自宅に保健師や助産師などが訪れる新生児訪問・乳児訪問を一時中止とした自治体もある。新井さんは「訪問支援が再開されて初めてお母さんが抑うつ状態だと分かり、そのときにはすでに重症化していることもある」と指摘する。

うつ傾向の「サイン」は?

新井さんは「抑うつ状態の発見が遅れ、症状が深刻になるほど回復に時間がかかる」という。母親のどのような様子から、うつ症状に気づけるのか?

新井さんは、以下のような「サイン」があった場合、自治体の相談窓口の保健師や助産師、心療内科など専門職に相談するよう呼びかけている。

・眠れない、夜に目が覚めた後なかなか寝付けない

・食欲がない、体重が落ちる

・表情に余裕がなくなっている、笑わなくなった

・焦燥感を訴える

「コロナ禍の育児で気づかないうちに無理をしている人は多い。話すことで解消できることもあるので、不調や不安があれば地域の保健師や助産師を頼ってほしい」と話している。

<相談したい時は>

電話やSNSなどで相談を受け付ける窓口を検索できる厚労省の専用サイトはこちら。

「まもろうよ こころ」

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