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2021年02月15日 12時50分 JST | 更新 2021年02月16日 08時16分 JST

新型コロナ、日本政府の危機対応は「結果オーライ」。第3波への警鐘鳴らした弁護士の思い

弁護士の塩崎彰久さんは、新型コロナ民間臨調で共同主査を務めた。政策起業にどんな思いで取り組んでいるのか?聞いた。

新型コロナウイルスへの政府対応を、首相や官房長官へのインタビューも交えて民間組織が検証するーー。

そんな壮大な「新型コロナ対応・民間臨時調査会」で、共同主査を務めたのが弁護士の塩崎彰久さん(長島・大野・常松法律事務所パートナー)だ。

塩崎さんは、これまでオリンパス粉飾決算事件や、エアバッグの世界的なリコールなど世間を騒がせた大きな問題を手がけてきた危機管理やコーポレートガバナンスの専門家だ。

「苦い薬をどう飲んでもらうか。危機を乗り越えて、より強い組織・会社になっていくための道をどう進んでいくか。その提言や実行をサポートすること」。

危機管理の仕事を、塩崎さんはこう表現する。その点で、政府の対応を検証するという「政策起業」は、本業の延長線上にあるのだという。そこにかける思いを聞いた。

 

Zoom画面より
塩崎彰久弁護士

 

世の中を動かすのは法律…弁護士目指す

「法律が社会の形を変える」。

それが、塩崎さんが法律家を目指した原点だ。

子ども時代は、愛媛県松山市で過ごした。日米貿易摩擦が問題となり、政府は1987年にアメリカからの「オレンジの輸入自由化」方針を決定した。それは、みかんの産地にとって「生きるか・死ぬか」を左右する重大な取り決めだ。小学生だった塩崎さんは、当時衆院議員だった祖父が、地元との板挟みに苦しむのを見ていた。

「世の中を動かすのは法律なんだなぁと、それが子供ながらに法律というものを感じた最初の出来事かもしれません。正確には自由化は法律ではなく条約だということを後で知ったのですが...」

高校時代にアメリカに留学。当時は弁護士出身のクリントン大統領が活躍していた。また、アメリカで日米の貿易交渉から、地元のボランティアまで、幅広くダイナミックな仕事に取り組む若い弁護士たちの姿を眩しく感じ、法律家という仕事の大きな可能性を感じた。

 

官邸時代の「挫折」

その後、弁護士となった塩崎さんが、危機管理の専門家としての現在のキャリアを歩むようになった転換点は、首相官邸勤務時代の「挫折」だったという。

父の塩崎恭久・衆院議員が2006年にスタートした第1次安倍晋三内閣で内閣官房長官に就任。秘書官予定者が急遽辞退したため、思いがけず父のもとで1年間、秘書官として働くこととなったのだ。

しかし、次々に大臣のスキャンダルや失言が取り沙汰され、野党による「消えた年金」記録問題追究などで、高かった支持率が急激に低下していった。

官房長官による毎日2回の記者会見にも立ち会った塩崎さん。メディアからの厳しい質問に対応し続ける毎日だった。

「危機管理ができていない」。新聞は連日のように指摘していた。政権はわずか1年に満たず終わりを迎えた。

「最後の安倍総理の退任会見を見て、悔し涙が流れました。もっと自分にできることがあったんじゃないか。自分にもっと力があればと、無力感を感じました。どうしたら悪い中でも流れを変えられたのか。たくさんの重要な政策が実現に向けて動いていた。それが全部ここで終わってしまった。日本社会にとって取り返しのつかないことをしてしまったのでは。そんな後悔と絶望感でした」

 

自分を取り戻したMBA留学

官邸勤務を終えた塩崎さんは、留学を決意する。

挫折感を引きずり、弁護士をやめて就職や起業することも考えていた。「自分の知らない自分を見つけたい」。キャリアを捉え直す目的で、あえて選んだのは法律系ではなくビジネススクール(経営大学院)だった。

2008年、留学先はペンシルベニア大学ウォートン校。

「最初に言われた言葉が”get out of your comfort zone”でした。「君たちの過去の経歴はどうでもいい」「この2年間でできるだけ多くの失敗をしろ」と。

愚直にその言葉に従った。クラスメイトたちの前でスタンドアップコメディに挑戦したこともある。

「結果は…ややウケ程度でしたかね。それでも『よく挑戦したな!自分には絶対できないよ!すごい!』と。失敗しても挑戦した人の方が素晴らしい。そういうマインドが広く共有されていましたから」

1500人以上もいる学生代表となる自治会長を決める選挙にも挑戦し、日本人として初の会長の座を得た。

「学生といっても、30代から40代、世界中から集まった優秀な人々ばかり。パーティー中の喧嘩の処理から、国際会議の資金不足の相談まで、毎日のように携帯は鳴りっぱなしでした」。想像を絶する忙しさだったが、頼られる喜びや充実感などで塩崎さんは、徐々に自信を取り戻して行った。

そして、官邸時代の経験も、やっと直視できるようになったという。

「あのような修羅場を経験した弁護士は自分だけ。自分にできる役割を果たせないか」

そして帰国後、塩崎さんは元の弁護士事務所に復帰。当時まだ日本で浸透していなかった企業の「危機管理」を扱う分野の開拓を提言し、その分野を専門としようと考えた。

 

企業の不祥事案件、背景には「構造的な問題」

2011年に明るみに出た「オリンパス事件」。塩崎さんは、同社が不正会計を行っていると告発し解任されたマイケル・ウッドフォード元社長の代理人を務めた。

 

時事通信社

オリンパスという有名な大企業が損失を隠し、粉飾決算で負債を密かに処理していたという事件は、国内外から注目を集めていた。メディアからの取材も殺到し、官邸勤務時代に毎日2回の記者会見に臨んでいた経験も生かされた。

刑事事件にもなり、最終的に会社側も非を認め、第三者委員会を設立して再発防止策を発表することになった。

「企業の不祥事案件には、目の前の問題だけでなく、根底に制度や法の歪みなど構造的な問題が存在していることが多い。当時は、日本の企業でコーポレート・ガバナンスが機能していなかった問題があり、オリンパス事件の告発をきっかけに制度やルールの改正につながっていきました」

弁護士の立場から、社会の形を変える手応えを感じることができた。塩崎さんにとってそんな経験だったという。

「危機管理にとって重要なのは、組織や個人が、自らに過ちがあったらそれを認め、二度と起こらないように再発防止の道を歩んでいくこと。しかし、自分で自分の過ちを認めるのは難しい。だから私たちが後押しする。不都合な真実を受け入れることで、信頼回復の第一歩が始まります。苦い薬をどう飲んでいくか。危機を乗り越えて、より強い組織・会社になっていくための道をどう進んでいくか。その提言や実行をサポートすること。それが私の仕事です」。

 

コロナ禍での政策検証が、未来への手がかり

ちょうど同じ2011年、東日本大震災と福島第一原発事故が起こっていた。

原発事故の悲劇を二度と繰り返さないために、民間が検証する必要がある。そう考えた船橋洋一さんは、シンクタンクを設立して検証作業を始めることを考えていた。そこで声をかけられたのが、塩崎さんだった。

原発事故の調査委員会は、政府や国会が主体となって行われたものもあった。しかし、民間のスタートは国会よりも早かった。塩崎さんも、原発に詳しいわけではなかったが、これまで手がけてきた不正調査で培った自分の能力を生かせる可能性があると考え、福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)ワーキンググループメンバーとしての仕事を引き受けたという。

「リソースは圧倒的に少ないですが、民間にできることは、国民が知りたいことを一番早くに出すこと。そこにバリューがーあると思いました。客観的に誰が、何をどう行っていったのかをきちんと事実認定して、教訓や反省点を導く。これは、民間企業の危機管理と変わらないと思います」

さらに、2020年にはコロナ民間臨調の仕事を手掛けることになる。2020年春〜夏にかけての、新型コロナ危機に対応した政府のあり方を検証する調査だった。

検証では、当時の安倍首相や菅義偉官房長官をはじめとする関係者に、100回以上のインタビューを行い、客観的な事実を積み上げて報告書が作成された。

「コロナ民間臨調の報告書は、日本が海外の感染者数と比べて低く抑えられたのは『結果オーライだった』と結論づけました。つまり、次もまた、上手くいく保証はないという警鐘を鳴らしました」

「残念ながら私たちの警鐘は、第3波の到来とともに現実のものになってしまいましたが…。民間の政策検証だけで、感染症を抑えられるとは考えていません。しかし、危機における行政対応をしっかり客観的に検証して記録に残すことは、多くの人々が今後起こり得る危機を自分のこととして考えるために、必ず役に立つものだと思います。政策起業の一つのあり方として、政策検証を通じて世の中に問題提起をしていく方法もあるのではないでしょうか」。

新型コロナはこの先まだいくつかの波を日本に持ち込むことになるのだろう。第4波、第5波、あるいは別の新たな危機に対処できるように…。

調査・検証という政策起業は、地道な活動だ。しかし、未来の私たちが、思いもよらなかった危機に対処するときに、どんなことが必要になるのか。その大きな手がかりを残してくれるものだろう。 

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社会課題解決のため、政策を「起業」する時代が到来しています。

官僚や政治家だけでは解決できない複雑な政策課題に向き合い、課題の政策アジェンダ化に尽力し、その政策の実装に影響力を与える個人のことを「政策起業家」と呼びます。そんな社会を変える「政策起業家」を紹介する企画をシリーズでお届けします。

(執筆:貫井光、相部匡佑、向山淳 編集:泉谷由梨子