「83歳の冗談じゃないか」という声も上がるスポーツ界の空気感。 森喜朗氏の発言、取材現場で感じたこと

社会や企業の感覚とかけ離れた「冗談」が公の場の挨拶で出てしまうーー。背景にあるスポーツ界の構造とは。

「83歳の会長の冗談じゃないか」

2月3日、日本オリンピック委員会(JOC)の臨時評議員会で、東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長による「女性がたくさん入っている会議は時間がかかります」という発言を取材した

その後、複数のスポーツ関係者から直接、冒頭の言葉を言われた。1人ではない。一連の発言により森会長の辞任意向が報じられている今も、そう考えている人はいると思う。

一方で、あるスポンサー企業で働く30代の知り合いは言った。

「『一般企業なら』、アウトだよね」

JOCの臨時評議員会で問題に感じたのは、社会や企業の感覚とかけ離れた「冗談」が公の場の挨拶で通用してしまう空気感だった。

その背景にあるのは、何なのかーー。スポーツ界や競技団体の取材をしてきて感じるのは、意思決定に女性や若い世代が関わりづらい構造だ。

発言が出たのは、森氏が話し始めて27分が経ったころだった

まず、あの日の会議の位置づけから考えたい。

3日の臨時評議員会はまさに「女性理事を40%以上にする」などガバナンス強化の方針を確認しあう場だった。JOCの理事は現在、25人中女性は5人で20%だ。

しかし、最後に挨拶をした森会長の言葉は、スポーツ界が進もうとする方向とは真逆だった。会場内の別室からオンラインの画面越しで聞いていた私は、驚いた。

森喜朗会長=2021年2月4日
森喜朗会長=2021年2月4日
KIM KYUNG-HOON via Getty Images

森会長が女性理事に関する私見を述べ始めたのは、森氏が話し始めてから27分が経ったころ。なお、森会長の話は40分に及んだ。

「女性がたくさん入っている理事会は、会議の時間がかかります」。ラグビー協会の例を持ち出し、女性理事について私見を2分ほど話した。「あんまりいうと、新聞に書かれるな」。冗談めかした口調に、会場からは笑い声もあがった。

「これはダメだよな」。一緒に聞いていた先輩の男性記者も言った。同感だった。

一つの失言だけでなく、森氏の発言や認識は、これまで取材してきたスポーツ界の体質を表している、と思ったからだ。

なかなか変わらない構造。取材でさまざまな背景を聞いた

JOCが女性役員を増やす、という方針を確認したのは2017年4月。スポーツ庁、JOCなどが「ブライトン・プラス・ヘルシンキ宣言」に署名した。役員の女性枠を設けた日本セーリング連盟など意欲的な団体もある。4年が経ち、一部の競技団体では意識も変わったように思う。

それでも、2020年11月の笹川スポーツ財団の調査では、調査対象だった中央競技団体役員1615人中、女性は15%にとどまる。

JOCの理事会=2020年1月29日、東京都新宿区[代表撮影]
JOCの理事会=2020年1月29日、東京都新宿区[代表撮影]
時事通信社

取材で聞いてきた背景はさまざまだ。

  • 出産など女性アスリートのライフプランやセカンドキャリアを支える仕組みが確立されておらず、引退後に競技から離れてしまう
  • 女性指導者の数も十分ではなく、スポーツ界で経験を積んだ人材が競技団体に関わる機会が少ない
  • そもそも会長や専務理事など幹部が男性中心のため、意志決定に女性が関わりづらい
  • 男女を問わず、子育て中や企業で働く若手にとって、休日や平日夜にある手弁当の理事会や競技会運営の負担が大きく、参加しづらい――など。

スポーツビジネスに関心がある女性や、スポーツ界を学び、問題意識を感じている人は少なくない。

それでも構造が大きく変わらないのは、JOCを中心に、これまで日本の競技団体が選んできた「スポーツを理解している人材」の定義が狭く、外部などから受け入れてこなかったからだと思う。

「選びたいけど、女性がいない」その言葉の背景

JOC理事を選ぶ立場のある選考委員が「選びたいけど、女性がいないんだよな」と嘆いたのを聞いたことがある。

そもそも、五輪に参加する女子代表選手の数は増え、実績も確実に残している今、「女性がいない」という指摘はあたらないだろうが、この発言の背景には「競技実績」重視の考え方があった。

選考委員たちが見ていたのは、元金メダリストなどアスリート時代の肩書きや、「結果を出した元代表監督」という“強化”の実績だ。さらに自戒を込めていえば、我々メディアも、著名なアスリートの人事は「○○が就任へ」「金メダリストが長官に」などと書き、この構造をあおってきた。

もちろん、トップアスリートの意見は貴重だし、スポーツ界の「顔」としての役割もあるだろう。だけど、「強化の実績」が重視されるあまり、「バリバリとスポーツをしてきた・し続けられる環境にある人」しか関わりにくい世界になっていなかっただろうか。

スポーツ界の構図は、日本社会に通じるものもある

競技団体に限った話ではない。

例えば、土日の試合や国際大会の海外出張、ナイター取材など拘束時間が長いスポーツ取材の現場には男性記者が多い。自分も含めて大学の体育会まで競技をしていた人も多く、周囲にいるのは「スポーツをわかっている(であろう)男性」ばかりだ。多様性がある、とは言いづらい。

内閣府によると、公務員(市町村)の管理職に占める女性の割合は15・6%。2020年7月の上場企業における女性役員数の割合も6・2%。スポーツ界の構図は、日本社会に通じるものもあるだろう。

「五輪を機に、共生社会に」そんな声を聞いてきたからこそ重く受け止めた

なぜ、五輪・パラリンピックを開くのだろうか。

五輪マークのオブジェ
五輪マークのオブジェ
CHARLY TRIBALLEAU via Getty Images

五輪開催に対して否定的な意見も相次ぐ中、オリパラを機に多様性のある社会を目指そうと動いている人たちを取材してきた。「女性は扱いにくい」とコーチに言われて悩んだ元アスリートの話も聞いた。「五輪を機に、共生社会になるなら」。そんな人たちを見てきたからこそ、トップのこの発言は重いと思った。

この夏。今のまま、五輪・パラリンピックが開かれたとき、開会式で入場行進するのが男性幹部ばかりだったら「多様性をうたう大会」だと思えるだろうか。

JOCの山下泰裕会長は9日の会見で「スポーツ界にかかわる一人一人が他人事ではなく、自分事として考えていく、目に見えて変わっていくことが大事」と言った。

「社会の一部」というオリパラを開こうとしている国であるのならば、社会感覚と一致したスポーツ界であるべきだと思う。

私自身も、自分事として考えたい。森会長のような発言する人がいたときに、「そんなことはないですよ」と言える感覚をもった自分でありたい。

(文・照屋健 @Teruya1206/朝日新聞 編集・湊彬子@minato_a1/ハフポスト日本版)

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