地べたに毛布を敷いて横になる。隣の人との間に、仕切りはない。
被災者が身を寄せる避難所。東日本大震災の後も、豪雨災害や地震が発生するたび、「雑魚寝」や不衛生なトイレなどの問題、性暴力の問題が表面化した。
この10年で、日本の避難所は変わったのか?
「避難所・避難生活学会」常務理事で新潟大特任教授の榛沢和彦(はんざわ・かずひこ)氏(心臓血管外科)と、災害復興に詳しい追手門学院大教授の田中正人氏(都市計画)に聞いた。
相次ぐ震災関連死
榛沢氏は2004年の新潟県中越地震以降、国内外の避難所を調査し、改善策を提唱してきた。「避難所の環境と下肢静脈血栓(軽症のエコノミークラス症候群)の発症との関連を調べたところ、環境の良い避難所ほど血栓ができにくいことが分かりました」
復興庁の2012年の報告書によると、東日本大震災の被災地で同年3月末までに震災関連死と認定された1263人のうち、「避難所などにおける生活の肉体・精神的疲労」が原因で死亡した人は638人に上った。
「冷たい床の上に薄い毛布1枚を敷く」
「出入り口付近にいたため、足元のホコリにより不衛生な環境」
「狭いスペースに詰め込まれ、精神・体力的に疲労困憊の状態」
死亡原因の事例からは、劣悪な環境を読み取ることができる。
避難所のあり方を変えるため、「避難所・避難生活学会」は特にトイレ(T)、食事(K)、簡易ベッド(B)の「TKB」を避難所に整備するよう各地で呼びかけてきた。
「一定の高さのある段ボールベッドなどの簡易ベッドを使用することで、雑魚寝の時よりも立ち上がりやすくなり、活動するようになります。簡易ベッドの使用は、エコノミークラス症候群の予防になるのです」(榛沢氏)
榛沢氏は、コロナ禍での雑魚寝のリスクも指摘する。
「細菌やウイルスの多くは、チリやホコリにくっついて存在し、重力のため床付近に多くあります。ソーシャルディスタンスを取ることに加えて、簡易ベッドを使って床から距離を取ることが重要です」
コロナ交付金を活用する動き
自治体が対策を進める動きもある。
熊本地震で震度7を2度観測した熊本県益城町。避難者数は最大で1万6000人を超え、被災者があふれて通路を確保できない避難所もあった。
町は熊本地震の教訓を踏まえ、他自治体や民間企業との災害協定の締結、防災倉庫の整備など防災政策を進めてきた。
2020年9月の台風10号の接近時には、総合体育館に約210台の段ボールベッドとパーテーションを整備するなど、迅速な対応が注目された。
コロナが対策を後押しした面もある。
2018年の北海道胆振(いぶり)東部地震では、ブラックアウトで電気が止まり、燃料が供給されず現地で段ボールベッドの生産ができなくなった。
この教訓から、道は内閣府のコロナ対応の「地域創生臨時交付金」を活用し、段ボールベッドなどの分散備蓄を進めた。道危機対策課によると、2020年11月時点で、段ボールベッドを含む2万4000台の簡易ベッドを用意しているという。
自治体で差
災害対策基本法が2013年に改正され、市町村に避難所の生活環境整備の努力義務が課された。だが榛沢氏は、益城町や北海道のように「備えが進む自治体は少数」とみている。
「東日本大震災後、内閣府の避難所運営ガイドラインにも簡易ベッドの導入を目指すことが明記されるなど、避難所の環境を改善しなければいけないという認識は少しずつ広まりました。
一方で、自治体によって取り組みに差が出ています。例えば、西日本豪雨や台風19号の被災自治体では、段ボールベッドが被災者の健康のために必要だと理解されず、提案しても使わないところがいくつもありました。
ほとんどの自治体は民間企業などと防災協定を結んでいても、十分な備蓄がありません。そのため災害が起きても、短時間で必要な物資を調達することが困難です」
「質の向上」盛り込まれたが...
内閣府のガイドラインには、避難所を開設するだけでなく「質の向上に前向きに取り組むことは、被災者の健康を守り、その後の生活再建への活力を支える基礎となる」と明記された。
追手門学院大の田中氏は「これまでは、避難所は早く解消することを目指すあまり、質を向上するという考えがありませんでした。ガイドラインに盛り込まれたことは大きな一歩です」と評価する。「この十数年間で、段ボールベッドやパーテーションの普及に取り組む民間団体の動きが環境改善を促したという面が大きい」
一方で、田中氏は「最も改善されるべきことが変わっていない」と指摘する。
「『被災者はともかく我慢しないといけない、避難所が厳しい状況にあるのは仕方がない』という意識はいまだに一般的です。
避難所は、災害を生き延びた命を保護し、安定を提供する場であるはずです。避難所が『緊急シェルター』と認識されたままでは、生活環境の悪さは根本的には改善されず、災害関連死の発生をこの先も食い止めることはできません」
「全国どこでも同じ支援」の欧米
海外の避難所とは何が違うのか?榛沢氏によると、「欧米の避難所は一人当たり4平方メートルの広さが必要とされ、簡易ベッドを全員使用することになっています。食事はキッチンカーで作ってできる限り温かいものが提供され、トイレとシャワー付きのコンテナも備えられています」という。
欧米では「災害がどこで発生したとしても、全国で同じ支援を受けることができる」という。なぜか?
榛沢氏は、災害支援制度の仕組みの違いを指摘する。
「欧米には災害専門の省庁があり、備えから災害発生後の被災者支援を国が主導します。
例えば災害が多いイタリアは、政府の市民保護庁が指揮をとり、州や自治体には災害専門の市民保護局があります。被災した州だけでは支援できないと市民保護庁が判断すると、周辺州の市民保護局に支援を要請し、要請された州は現地の支援に迅速に入ることができます」
「一方、日本は被災した市町村が災害支援の中心の役割を担います。災害対策に当てられる予算は不十分で、自治体ごとに備えもバラバラです」
榛沢氏は、日本でも専門省庁を創設することを提案する。
「平時には各自治体の防災課、内閣府などが災害対策を担っていますが、職員は数年で異動するため災害対応の経験が蓄積されません。
さらに、現状では災害が発生した後に災害救助法が適用され、国から予算が出る流れのため、対応が後手後手に回っています。専門省庁を設けることで、事前に国からまとまった予算を確保でき、全ての地域に必要な支援物資の備蓄ができるのです」
「困っているから助ける」ではない
災害や紛争などの被災者に対する人道支援をする上での最低基準として国際的に知られている「スフィア基準」。基本理念の一つとして「災害や紛争の影響を受けた人びとには、尊厳ある生活を営む権利があり、 従って、支援を受ける権利がある」と定めている。
田中氏はこの理念に触れ、「当たり前の日常が災害によって損なわれている、しかしそのような状況にあっても、尊厳ある生活を営む権利は守られなければならないという主張です。それは『被災者が困っているから助けてあげる』という考え方とは全く異なります」と話す。
「被害者は我慢をし続け災害関連死もやむなしという社会を続けるのか、できるだけ被災前と同じ暮らしを保障するのが当たり前の社会を目指すのか。私たちは今まさにその選択を迫られているのではないでしょうか」
(國崎万智@machiruda0702/ハフポスト日本版)