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2021年03月23日 08時14分 JST

デジタル化で、日本がインドや中国に敗北した理由。新型コロナで露呈したその違いとは

日本のデジタル化の遅れを打開するヒントは「新興国」。そこでは、試行錯誤を経ながらも、コロナ禍に立ち向かうデジタル技術が実装されているという。

なぜ、10万円給付はあそこまで遅れたのか。

なぜ、接触確認アプリ「COCOA」は不具合が連発したのか。

なぜ、テレワーク中の社員がハンコを取りに出社しなければいけないのかー。

新型コロナは日本のデジタル化の遅れぶりを浮き彫りにした。行政からビジネスの現場まで、不満の声が後を絶たない。

この状況を打開するヒントは「新興国」にあるかもしれない。そこでは、試行錯誤を経ながらも、コロナ禍に立ち向かうデジタル技術が実装されているという。

新興国で社会実装される最先端技術について考察した「デジタル化する新興国」(中公新書)の著者で、中国経済の専門家でもある伊藤亜聖・東京大学社会科学研究所准教授に話を聞いた。

Fumiya Takahashi
東京大学社会科学研究所の伊藤亜聖・准教授

■「南のための南のデジタル化」

“位置情報や個人名を記録しないのに、濃厚接触者の把握に役立つ”

接触確認アプリ・COCOAはそんな触れ込みだった。安倍晋三首相(当時)や山中伸弥教授(京都大)らも利用を呼びかけ、2月末時点でダウンロード数は2500万を超える。

しかし2021年2月には、4か月余りにわたってグーグルのOS「アンドロイド」のスマホで通知機能が動作していなかったことが発覚。ソースコードが公開されている「Github」では11月時点で指摘があったにも関わらず、見過ごされていた。

「出来のいいアプリではなかった」。

「デジタル庁」の旗振り役を担う平井卓也・デジタル改革相はそう切り捨てた。その1ヶ月後には、iOSとアンドロイドの両方で最新仕様への対応を怠っていたことも判明した。

時事通信社
新型コロナウイルス感染者との接触を知らせるスマートフォン用アプリ「COCOA(ココア)」の表紙画像と夜の繁華街。

行政レベルのデジタル化の遅れは顕著だ。現金10万円の一律支給は遅れ、感染者情報を電子化しようとした自治体向けシステム「ハーシス」には現場から不満の声もあがった

海外はどうだったか。

東京大学社会科学研究所の伊藤亜聖・准教授は、先進国に限らない「新興国」でもデジタル技術が活用されたと指摘する。(便宜的にOECD諸国以外を新興国と分類している)

例えばインド。国民に普及した個人識別番号制度・通称「アダール」を活用し、貧しい農家を対象に現金を配った。インドでは給付金が行き渡る過程の「中抜き」が問題だったが、指紋や虹彩、顔写真などの生体情報とデジタル技術を結びつけることにより、本人への直接給付を可能にした。

Photo credit should read NARINDER NANU/AFP via Getty Images
アダールに指紋情報を登録する女性

また、中国ではスマホの「健康コード」が社会インフラに。赤・黄色・緑の三色で自身の感染リスクを示すもので、商業施設などの出入りには必須となる。開発には「アリババ」「テンセント」といった中国発の巨大IT企業が携わった。

こうした技術は「コロナテック」と呼ばれる。しかし伊藤さんによると、これらは新しい発明ではなく、元々準備されていたものが活用された結果だという。

「先進国、例えばベルリンやシリコンバレー以外にも、クアラルンプールや上海にもデジタル技術を使う人材が行き渡っています。技術情報も共有されていて、先進国と新興国で大きな技術格差がある南北問題(※)の時代とはかなり違う。エンジニアがいて、政策が実行できる条件があれば、新興国でもデジタル化は可能だという事実をハッキリと見せたのではないでしょうか」

南北問題とは1960年代ごろから指摘される現象で、地図上の南側にある貧しい国々と北側の豊かな国々の間で、経済力や技術力などの大きな格差が生じたことを指す。

これまでは先進国のための生産や下請けを担っていた「南側」の国々。しかし、デジタル分野では違う現象が起きていた。コロナが流行する前からだ。

インドでは2009年に、現地IT企業「インフォシス」の共同創業者ナンダン・ニレカニ氏が「アダール」の推進役として固有識別番号庁の長官に起用された。

ニレカニ氏はシリコンバレーでも活躍したエンジニアらと協力し、アダールの定着を進めていく。コロナが世界的に流行する前の2019年12月時点で、成人の95%が登録したというデータもある。

「アメリカなどの下請けではなく、現地のエンジニアたちがすでに自国のデジタル化に着手していたのは象徴的。人材・事業構想の両面で、先進国のためではなく、“南のための南のデジタル化”が動いていたわけです」と伊藤さんは指摘する。

■隣の国でやっているぞ、ではない

こうした新興国のデジタル技術から、日本は何かを学べるだろうか。新興国の経験をそのまま“移植”するのは現実的とは思えない。

「キャッシュレス決済は日本でも普及しましたし、宅配でも“置き配”が広がりました。参照しながら日本の文脈に落とし込んでいく。その参照先として、アメリカやヨーロッパがあると思いますが、そこに加えて新興国の社会実装にも視野を広げていく。それは少なくともやるべきだと思います」

しかし疑問もある。インドの「アダール」は指紋や虹彩などの生体情報の登録が必要だし、中国の「健康コード」に至っては新幹線や飛行機の利用記録などを当局が把握していることが大前提だ。

雲南省消防当局のウェイボーより
雲南省の健康コード

効率的なシステムと個人情報の保護は両立できないこともある。日本社会に適していると言えるのだろうか。

「日本では個人情報を他者に流用される抵抗感が強いという、緩やかな原則があります。そこに抵触しないことが大事です。中国は特殊な例としても、もうちょっと日本に近いと思われる韓国や台湾ですらかなり状況が違います。

韓国の住民登録番号は朴正煕(パク・チョンヒ)政権、つまり軍事政権下で整備されました。北朝鮮という安全保障上の脅威がすぐそばにあったのです。台湾も1987年まで戒厳令が敷かれるなど、国民を“管理”する必然性があったわけです。

“ほら隣の国や地域でやっているぞ”ではなく、そこには歴史的な文脈がある。日本のプライバシー意識の中で利便性を向上させるべく実行可能なことを考えるべきです」

■「支援してあげる国」ではない

日本が新興国からヒントを得られるようにするため、伊藤さんはあえて「手足を使った情報収集を」と呼びかける。

「想像の斜め上を行くアプローチがどんどん出ています。同じUber(配車サービス)でも、インドでは三輪バイクが来るんです。本当に来るのかなと思ったら、本当にぴったり来る。地図上でバイクが向かってくるのも見える。“ああ、あのおじさんだ”と。土埃舞う発展途上の現場に、デジタル社会が実装されているわけです。私はワクワクする話だと思うんです(笑)」

その上で、すでに存在する海外拠点を有効に利用するべきだとする。

「日本企業はアジアに海外拠点を多く持っていますが、訪問する中で感じるのは、それは工業化や貿易など既存ビジネスのための拠点だということ。現地社会から生まれてくるものにアンテナを張り、日本とどう融合させ、ビジネスチャンスに変えるかという力はまだ弱い。

大使館や領事館などの在外公館の場合、邦人保護などが主な職務ですが、新興国がデジタル化するなかの情報収集という新しい役割を加えていくべきだと思います」

図らずもコロナの流行で露呈した、先進国・日本のデジタル化の遅れ。かつては「支援する」対象だった国々から、学びを得る時代がすでに来ていると言っても過言ではなさそうだ。伊藤さんはこう締めくくった。

「現実を見るということ。海外から大いに学ぶべきだということです。海外は先進国だけではない。新興国だけを見ろということではありませんが、視野を広げる時に、“南”と呼ばれた地域に大いに目を広げようと。割と大胆に書いたつもりです」