伝説の中国版エヴァンゲリオン『天鷹戦士』とは? 厳しい検閲が生み出した「怪物」の記憶

主題歌も、「残酷な〜」から始まるはずの歌い出しは「美しい天使が遠くであなたを呼ぶ 勇敢な少年よ早く奇跡を起こせ」と全く意味が違う。

公開から2週間で興行収入が49億円を超えるなど快進撃の「シン・エヴァンゲリオン劇場版」。唇を噛む思いで見つめるのは、シリーズのファンも多い中国ではないだろうか。

中国大陸では歴代の映画に加え、今作も劇場公開の予定はない。海外映画の間口が限られている上、性的な描写などもある「エヴァ」は中国に不向きといえるが、過去には堂々とテレビで放映された中国版エヴァがある。その名も「新世紀天鷹戦士」だ。

人型決戦兵器「エヴァンゲリオン初号機」の巨大像(2015年、東名高速下り線足柄サービスエリア)
人型決戦兵器「エヴァンゲリオン初号機」の巨大像(2015年、東名高速下り線足柄サービスエリア)
時事通信社

■カット、そしてカット

「天鷹戦士」に関する記録は少ない。中国のアニメファンたちがネットに投稿している情報を統合すると、元になったのは1995年から日本で放映されたTVシリーズ。この映像を広東省のテレビ局が購入すると、東北部・遼寧省にある「遼寧人民芸術劇院」が中国版への加工を担うことになったという。

なお、テレビシリーズを広東省のテレビ局が買ったとされるが、この時日本側の同意を経ずに香港などから購入したのでは、との指摘もある。2021年現在「エヴァ」シリーズの著作権を管理している「グラウンドワークス:」に確認したが「昔のことなので、はっきりしたことは分からない」とのことだった。

さて、中国版への改造を担った遼寧人民芸術劇院だが、舞台などを手がける傍ら、当時の日本産アニメの中国語への吹き替えなども積極的に行っていたとされる。

しかし、難解な設定や言葉が頻繁に登場するうえ、中国では厳しく禁止されていた性的な描写やグロテスクなシーンはすべて取り除く必要がある。当局の審査を合格するまでに切り詰めに切り詰めた結果、生まれたのが「天鷹戦士」なのだ。

ちなみに「エヴァンゲリオン」は通常中国語で「福音戦士」と書く。なぜ当時「天鷹」とされたかは判然としないが、宗教的なイメージを避けたのではという推測もされている。

■早く奇跡を起こせ

数々の困難を乗り越え、「天鷹」は2001年に中国のテレビ画面に登場する。

しかし、待っていたのは中国の「エヴァ」ファンからの大ブーイングだった。血液が噴き出すなどの描写はもちろん、性的な要素のあるパートは大きく加工ないしはカットされ不自然な出来になったからだ。

現地のアニメファンが記憶を頼りに改変箇所をまとめている。それによると、例えば15話では本来、主人公・碇シンジがパイロットの一人・アスカとキスをするシーンがある。

だが、キスシーンなんぞは当然ご法度だ。ここは「キス」がまるっと「歌を歌う」に入れ替わっているという。

「シンジ、歌を歌いましょう。退屈だからよ」と誘いかけるアスカ、動揺するシンジ...改変前を知らなければ、意味を理解することはできないだろう。

ちなみに原作ではこの後、アスカがうがいをするのだが、「天鷹」ではこちらも丸ごと削除されているという。確かに、歌った後にうがいをする必要はあまりないのでむしろカットする方が自然だ。

さらに主題歌も、メロディーこそ高橋洋子さんの歌う「残酷な天使のテーゼ」だが、歌詞が大きく改変された。

例えば本来なら「残酷な〜」から始まるはずの歌い出しは、「美麗的天使在遠方召喚你 勇敢的少年啊 快去創造奇跡(美しい天使が遠くであなたを呼ぶ 勇敢な少年よ早く奇跡を起こせ)」と全く意味が違う。

このオープニングも比較的不評で、中国の動画サイトでは懐かしむ声もあるものの「画面と歌詞がバラバラ」「悪い意味で鳥肌が立つ」など辛辣なコメントも寄せられている。

放送当時、リアルタイムで「天鷹戦士」を見たという中国人男性はハフポスト日本版の取材に対し、「子どもの頃の私にとっては、ただただ怖い存在でした。当時は“英雄が怪獣を倒す”という物語が主流なのに、初号機が暴走するシーンなどは斬新というより変なものに映りました」と振り返った。

■実はテレビ放送前から有名だった

しかし、なぜここまで不評だったのか。

中国でのアニメ関連のイベントなどを手がけ、現地のサブカルチャー事情に詳しい北京動卡動優文化傳媒有限公司の峰岸宏行さんは、2001年の放送前から「エヴァ」がある程度中国に浸透していたことが背景にあると指摘する。

北京動卡動優文化傳媒有限公司の峰岸宏行さん
北京動卡動優文化傳媒有限公司の峰岸宏行さん
Fumiya Takahashi

「当時から中国には、カットされていない海賊版が出回っていましたし、何より雑誌の影響力が大きかったのです。エヴァのスタッフやキャスト、それに物語の背景を特集した記事などは多くあり、改変後のおかしさに気づく事が出来ました」

1997年、中国の雑誌で紹介された「エヴァンゲリオン」(峰岸宏行さん提供)
1997年、中国の雑誌で紹介された「エヴァンゲリオン」(峰岸宏行さん提供)
峰岸宏行さん提供

放送からちょうど20年。「天鷹」は中国のアニメファンからどのように評価されているのだろうか。

「もうネタというか、伝説というか...。ただ検閲という都合があるため、“仕方がないよね”という受け止め方はされていると思います。当時はアニメ作品が(中国国内の放送のため)改変されることを知らなかった人もいましたが、“テレビ放送でこれだけ変わるんだ”と気づかされた作品です」

またエヴァの魅力とも言える部分も、結果的に大きく削がれてしまったという。

「コンテキスト(文脈)を読み解くという深いことはしていませんでした。作品全体が何を伝えたいか、ではなく、ヒーローが世界を救うという事象しか見ていないのだと思います。性的描写も物語上、意味があったのですが、全て削除されてしまいました」

新作の劇場公開は多くの中国メディアも取り上げている。しかし、今のところ中国大陸で実現する予定はない。峰岸さんは「エヴァ」は今後も厳しいとの見方を示す。

「中国の検閲は当時よりも厳しくなっています。元々、当局が保守的なことに加え、性描写やグロテスクなシーンにクレームを入れる人も増えている事が背景にあります。共産党にとっては“全ての人が見られる”ことがいい作品の条件です」

中国のテレビでは、2021年2月から国営放送・CCTVで清水茜さん原作の「はたらく細胞」が放送され「異例中の異例」と話題になった。姿を大きく変えながらもテレビデビューを果たした「天鷹戦士」は、実は偉大な先駆者なのかもしれない。

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