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2021年07月17日 11時35分 JST | 更新 2021年07月17日 11時35分 JST

コロナ禍でレース中止のランニング界、マイクロレース「TAMAGAWA FKT」が示した新しいスタイル

コロナ禍でオンラインを介したバーチャルレースが多く誕生した。シューズメーカー「ニューバランス」が実施した、「マイクロツーリズム」ならぬ、地元でランニングレース「マイクロレース」を実際に走ってみた。

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多摩川河川敷を舞台に、シューズメーカーのニューバランスジャパンをはじめ公益財団法人世田谷区スポーツ振興財団、オトナのタイムトライアル(OTT)、Stravaらが、マイクロレースを実施した。5〜6月にかけて開催され「TAMAGAWA FKT」だ。これは、多摩川河川敷(二子玉川緑地運動場)に設置された約1.6km(1マイル)のコースを競うもの。「FKT」は「Fastest Known Time」の略で、「知られている限り最も速いタイム」を意味する。学生時代の授業で中距離を走ったランナーも、日々のランニングではこの距離を全力で走り抜く機会は少ないだろう。オンラインが可能にした“小さなレース”を走ってみた。   

 

ランナー同士の接触機会を減らしたレース

コロナ禍において、「マイクロツーリズム」という言葉が聞かれるようになった。「マイクロ」とは接頭語的に使うと「(非常に)小さいこと。微小な」を表し、自宅から1、2時間圏内のリゾートで過ごすという旅行スタイルで、星野リゾートも採用している考え方だ。

地域によって感染率の差が出る新型コロナ。首都圏を中心に感染が広まっていても、地方ではまた状況が異なる。感染が広がっているエリアからそうでないエリアへの移動は難しいが、地方なら地方で、首都圏なら首都圏で楽しむ旅行のスタイルがあってもいい、そういう背景から「マイクロツーリズム」が一般化された。

では、ランナーはどうすべきか。2020年の1年間、多くのレース・イベントが「中止」の選択肢を受け入れた。その選択を疑うランナーはいないだろう。しかし、2021年も後半に差しかかろうとする今、「ひょっとするとこの1年も、昨年度のそれと同じようになるのでは…」との思いが現実味を帯びてきた。そこで登場したのが、今回のマイクロレースである。

コロナ禍でオンラインを介したバーチャルレースが多く誕生した。ランナーがそれぞれの場所で個々にチャレンジをするというものだ。しかし、バーチャルレースは走るコースが、皆、それぞれ。そして、1人で走るということもあり、“レース”という実感が得られない。「こういった課題に応えるべく生まれたのがTAMAGAWA FKT」と、ニューバランスのマーケティング部PRシニアスペシャリスト・小澤真琴さんは話す。

「TAMAGAWA FKTはバーチャルでありながらも、実際にレース会場があり、スタートラインとフィニッシュラインがセットされている。何よりも、他のランナーとタイムを競い合うことができるので、レース参加の実感が得られる」と続ける。

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今回のイベントでは、何度もこのコースを走ることができ、ランナーは自身でタイムを測定する。GPSアプリのStravaを起動させることでチャレンジは記録され、タイムを公開することでレースに参加した事になる。ランキング形式で参加者のタイムを表示。トップランナーや仲間たちとの記録を競うことができる。もちろん、自分自身の記録ともだ。 

舞台となる多摩川河川敷は、ランナーなら一度は走ってみたい場所だ。常に緑を確認できるコースとなっており、信号もなくストレスなしで走れる。並行して走るJR南北線の電車を利用すれば、片道だけのランニングでもOK。地元のランナーをはじめ、箱根駅伝に出場する学生や日本記録を保持するオリンピアンも活用している。2019年10月の台風では、大きな被害を受け、サッカーコート野球場が水没してしまったこの場所は、ようやく日常の風景を取り戻しつつある。

レース実施において、公益財団法人世田谷区スポーツ振興財団の協力を得て、路面の凸凹を緩和する工事を行い、フラットで急な曲がり角を除いた周回コース設定。また、わかりやすい道標となるようなサイン表示も。これで誰でもが参加できるレースが整った。オンラインチャレンジなので、ランナー同士の接触の機会を減らせることにもつながる。大きなマラソン大会のような大規模な集客や警備体制、観客を収容するような大掛かりな設備も不要だ。

 

「自分史上最も速いタイム」でゴールを目指す

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OMM LITE EAST 2019男子優勝チームの高橋龍宇選手

山での総合力が問われる山岳レース「OMM LITE」で優勝経験もある高橋龍宇選手と、実際にコースに訪れた。スタート時は緊張した空気に包まれる。特に普段からトップスピードで走っていないランナーからすると、どのようなレースになるのか、想像が膨らまない。自身のタイミングでスタートできるが、周囲に人がいないかを確認。1kmを何分で走るのか、どこでギアを上げるか、息が上がってしまったらどうするかと、自問する事項は多い。ただ、走り出したらアドレナリン全開。いつものレースが戻ってきた瞬間だ。

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走り出してすぐに気付くのは、多摩川河川敷の走りやすさだ。フラットなコース設定であるのも影響しているが、抜ける景色と逞しく育つ草木の存在がランナーの背中を押す。行き交う人たちを邪魔せずに走ることは当然だが、並走する自転車がちょうどいいペーサーになったりもする。

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OMM LITE EAST 2019男子優勝チームの高橋龍宇選手

しかし、1600mという距離を全力で走るのはなかなかキツイ。自分を追い込むにはちょうど良い距離であることがわかる。1000mを超える頃から体が一気に重たくなるからだ。そこからは気力勝負。残りの体力を出し切れるかが問われる。ひたすら腕を振って、腹筋を使って、一歩一歩を踏みしめる。手を抜けばそこまでなのだが、久しぶりのレースともなるとそうはいかない。

姿勢が崩れようが、呼吸が乱れようが、ライバルたちが辿り着いたゴールに向かって、「自分史上最も速いタイム」で駆け込む。当然、ゴール後は動けない。

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緊張感や達成感を含んだ疲労感は、ここ数カ月あまり体験することができなかった。全力で走ること全てを良しとはしないが、自然と体が動いてしまったレースとも言える。

「こういうのを待っていた」

実際にレースに参加した人の声も聞こえてくる。

「会場はいつもの河川敷の道なのに、レース会場ということでスタート時に緊張した」

「参加ランナーのレベルが非常に高い。大学駅伝や世界的な大会での実績があるアスリートも参加していた」

最初の挑戦で満足できず、自己新を目指して複数回走った人も。最多は40回と小澤さんが教えてくれた。

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「TAMAGAWA FKT」で実現したかった価値について、小澤さんはこう振り返ってくれた。

「この状況ならではの新しいランニングの楽しみ方を提示したかった。実際に多くのランナーが参加してくれたことに、大きな可能性と未来への期待を感じています。Stravaアプリ活用のチャレンジは終了ですが、スタートライン・フィニッシュラインなどのコース表示は、世田谷区スポーツ振興財団のご協力もあり、このまま河川敷に残ります。多摩川は多くのランナーが走る聖地でもありますので、この先もTAMAGAWA FKTのコースを地元の方々を中心に楽しんでいただき、地域区民のメンタルヘルス向上に向けても一助になればと考えます」

新しいレースのかたちとして始まったマイクロレース「TAMAGAWA FKT」。

最後に筆者も1周走ってみたが、ゴールシーンはどうしてもこうなる。

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筆者

ただ、ゴールした人同士が「お疲れ様」と声を掛け合う姿は、レースのそれのように充実感があるものだった。 

(取材・文:上沼祐樹 編集:毛谷村真木/ハフポスト日本版)