世界が注目するデンマークのコロナ規制撤廃。背景にあるHOPEプロジェクトとは

2022年2月からコロナ規制が全て撤廃されたデンマーク。どのようなデータにもとづいて規制撤廃に踏み切ったのか? コロナ禍での民主主義社会がどうやって危機に向き合ってきたのかを検証するHOPEプロジェクトとともに紹介します。
コロナ規制撤廃後のデンマーク 2022年02月01日
コロナ規制撤廃後のデンマーク 2022年02月01日
LISELOTTE SABROE via AFPŽžŽ–

今年2月1日からコロナ規制が全て撤廃されたデンマーク。日本でも連日デンマークの規制撤廃が話題になっていると、日本の家族や友人から連絡が届くようになった。

なぜデンマークがこのような判断に踏み切ったのかについては、日本だけでなく世界中のメディアが連日さまざまな角度から分析し報道している。とはいえ、普段あまり注目されることのない小さな北ヨーロッパの国の取りくみは、全容を深く理解して伝えられることが難しく、ときには一部のデータが切り取られ、都合の良い解釈とともに伝えられることもあるのだそうだ。

今回の記事では、デンマークの判断が他国に与えている影響と、実際にデンマークがどのようなデータにもとづいて規制撤廃に踏み切ったのかについて書いてみたい。特にコンピューターサイエンス、行動心理学、政治学を組み合わせ、コロナ禍での民主主義社会がどのように危機に向き合ってきたのかを検証してきたHOPEプロジェクトについても紹介したい。

切りとられたデータが独り歩きすることも

オーフス大学政治学科のMichael Bang Petersen(ミカエル・バン・ピーターセン)教授によると、アメリカではデンマークのコロナ規制撤廃にかんするニュースが政治的に利用されているという。

アメリカのFOXニュースにゲスト出演したピーターセン教授は、二極化が非常に進んでいるアメリカの状況について、各州の党派性がコロナ感染やコロナ感染対策と深く関連しているとしながら、次のように語っている。

政治学や心理学の研究からもわかっていることですが、2年間ものあいだ自由や命について議論し続けていると、それぞれの意見はもはや単なる意見ではなく、それを語る人々自身を表すものとなっていきます。そうなると、何が事実であるかという解釈も、立場によって変わってくるのです。たとえば、共和党側であればワクチンの副作用を過剰に認識し、民主党側であれば、コロナに感染する危険性を過剰に認識する。そして何が事実なのかという判断が感情によって影響されるようになるのです。

実際に、デンマークの国立血清研究所は、2月1日以降、同研究所のデータがSNS上で誤解されリツイートされているとして、英語での情報開示やデータの読み方についても発信を始めている。

結論ありきで用いられるデータ

ピーターセン教授によると、たとえば共和党側はデンマークに規制撤廃ができるのであればアメリカでも可能であるとして、規制撤廃を早める議論を正当化するためにデンマークが成功例として用いられているのだそうだ。その一方で、民主党側にとっては、規制撤廃を急げばいかに失敗するかという文脈でデンマークの一部のデータが用いられているという。どちらの立場もすでに結論ありきで、それを裏付けるためにデンマークが利用されているとピーターセン教授は語る。そして、データの解釈に誤解があったり、さらには社会の様々な文脈を無視して、限られたデータをもとに成功か失敗かを判断している専門家らに対しピーターセン教授は懸念を示している。

デンマークのコロナ規制撤廃は、アメリカ以外の国々でもさまざまな議論を呼んでいる。ドイツでも「デンマークには何が起こっているのか?」という見出しでデンマークの規制撤廃が政治的な議論にも発展している。コペンハーゲン大学で国際保健学が専門のコンラッセン教授は、あるブラジルのジャーナリストから、デンマークの早急な規制撤廃によってブラジル国民がもうウイルスを恐れなくなる可能性があるとして、非常に大きな問題だと批判を受けたと語っている

HOPEプロジェクト

それではいったいどのような背景から、デンマークは規制撤廃に踏み切ったのか。ワクチン接種率の高さ、政府への信頼感、首相会見を頻繁に行うなどの情報開示、検査数の多さなど、すでに多くの分析や情報が日本のメディアでも発信されているが、ここでは引き続きピーターセン教授の発信をもとに、もう少し違った角度から紹介してみたい。

新型コロナウイルスが世界に拡大し始めた2020年3月。カールスバーグ財団から2500万デンマーククローネ(約4.3億円)の支援金を受けて、デンマークではある研究が開始された。不安と恐怖の真っただ中に始まった研究プロジェクトのタイトルはHOPE。「希望:民主主義国家はいかにしてCovid19に対処するか―データ分析をもとにしたアプローチ」と名づけられたこの研究チームのリーダーがピーターセン教授だった。

コペンハーゲン大学、デンマーク工科大学(DTU)などとの共同プロジェクトとして開始されたこのHOPEプロジェクトは、コンピューターサイエンス、行動心理学、政治学を組み合わせて、コロナ禍で民主主義社会がどのように反応し、危機に向き合ったのか、また危機管理は上手くいったのか、などを検証してきたのだという。

具体的には、パンデミックの状況を追跡し、政府および国際機関の決定や、メディアとSNSの影響力、市民の行動やウェルビーイングなどが互いにどのように関連し合っているのかを検証する、前例のない研究プロジェクトなのだそうだ。

さらにこのHOPEプロジェクトは、2020年11月から感染防止のための様々な規制を実施する上でデンマーク政府が参照すべきプロジェクトにも加えられた。そして今日まで、HOPEプロジェクトは政府へさまざまな提案をおこなってきた。

人々の不安要素やウェルビーイングも判断の根拠に

このHOPEプロジェクトの代表でもあるピーターセン教授は、2月1日、デンマークのコロナ規制撤廃について、19個ものスレッドをつないでツイートしている。

この一連のツイートの中で、ピーターセン教授はオミクロン株の感染者数が増加傾向にあったにもかかわらず、なぜデンマーク政府がコロナ規制を撤廃したのかについて、自身の研究プロジェクトからいくつものデータを引用して説明している。

例えば、オミクロン拡大以降もICUの患者数は減少傾向にあること、国内の新型コロナウイルス感染者のほとんどがオミクロン株であること、ワクチン接種が後遺症(ロングコービッド)を抑える働きがあること、子どもの後遺症は非常にまれであること、ワクチン接種率が80%を超え、ブースター接種も(当時の段階で)61%以上であることなどを、それぞれ個別のデータで示している。

感染と直接関係するこのようなデータだけでなく、人々の行動や心理にかんするデータについてもピーターセン教授は示している。例えば、規制を撤廃することに安心感を感じている人々の割合(60%以上、不安である人の割合は28%)、デンマーク社会においてコロナウイルスは脅威であると感じる人々の割合がどのように推移してきたかについても示し、規制撤廃前の時点で、脅威だと感じている人々がそれほど多くないことを示している。

さらに、人々が何に不安を感じるているかについてのデータも興味深い。

Michael Bang Petersen のツイートより

これによれば、人々は病院の対応力や基礎疾患のある人々への社会的対応が可能であるかをもっとも懸念しているが、自身や家族の健康への不安はあまり感じていない。むしろロックダウンが再開することへの不安の方が高い。

その他にも、孤独を感じる人々の割合が国際的に比較しても低いことや、政府や専門機関への人々の信頼度の高さについても示している。

さらにピーターセン教授は、あらゆる不安がすべて解消するまで規制撤廃を待つことにもリスクがあり、人々のウェルビーイングや生活にかかわる様々な権利、経済などへの影響も無視はできないとしている。このようなコストは人々に疲労を生み、それが不信感にもつながると述べている。そして、デンマークはパンデミック下でも幸福度が比較的高かったのは、規制が厳しすぎず、可能な限り緩和されてきたためでもあるとしながら、パンデミックの取り組み方には唯一の正当な戦略というものは存在せず、むしろ民主的な合意が重要であるとしている。

現在、世界中が注目しているこの北欧の小さな国の判断は、結局のところ、さまざまな角度から多くのデータを地道に採取し、それを掛け合わせながら出した決定のようだ。そしてこのデータはあくまでもこの国の人々にかんするデータであり、たとえ同じウイルスの感染であっても、他国にそのまま当てはめることはできない。ましてや、その一部だけを切りとって伝えることは、誤解や誤情報となる可能性さえあり注意が必要だ。そして忘れてはいけないのは、デンマークはまだパンデミックは終わっていないと認識していることだ。HOPEプロジェクトはパンデミックが収束した際にもデータを取り続け、分析を続けていくのだそうだ。今後も引き続きこの国はデータにもとに機敏に方向性を変えていくのだろう。