夏の全国高校野球選手権大会が8月6日、甲子園球場(兵庫県西宮市)で開幕する。
声援や歓声が響く華やかな球場の陰で問題となっているのが、チアリーダーたちの盗撮被害だ。
近年、応援席のチア部員たちを狙う隠し撮りや、不適切なアングルでの撮影行為が相次いで報告されている。
被害が確認されたことで、部員のユニフォームを見直した学校も。
盗撮された画像や映像がネット上でひとたび拡散されれば完全に削除することは難しく、残り続ける恐れがある。生徒たちを守るために、どう対策するべきなのか。
「夜眠れない」顔が真っ青に
今大会で、2年連続8度目の夏の甲子園出場を決めた大分の明豊高校。
数年前、春のセンバツ大会に出場した際、チア部の女子生徒が盗撮被害に遭った。
同校によると、チア部員たちがアルプススタンドで応援中、保護者席に座っていた男が一人の部員のスカート内にスマートフォンを差し込んでいたという。
試合終了後、目撃者から報告を受けた学校関係者が大会本部に通報し被害届を出したが、男の行方は分からず身元も特定できなかった。
撮影された画像などは幸いネット上で拡散されなかったものの、同校は事態を重く受け止め、チア部のユニフォームの見直しを部員と保護者に提案した。
同校チア部顧問の笠松紗佐さんは、「被害に遭った次の日、その部員の顔が真っ青になっていました。『夜眠れない』と訴えるのを聞いて、これは早急に動かなければいけないと判断しました」と振り返る。
もともと同校は、下着や脇まわりの露出を防ぐため、夏の衣装もノースリーブではなく半袖を採用していた。
センバツ大会での盗撮被害を受け、スカートの下にアンダーパンツという従来のスタイルを見直した。現在は夏はスカートの下に黒いレギンス、冬はスカートではなくスキニーパンツに変更している。
ユニフォームの見直しに、部員側から反対の声は上がらなかったのか?
「最初は、保護者から『あの衣装が可愛かったのに』という意見もありました。ですが盗撮が実際に起きてしまったことや、将来ネットに残り続ける“デジタルタトゥー”の危険性を伝えたところ、部員にも保護者にもすぐに理解してもらえました」
レギンスやスキニーパンツであれば、春夏でそれぞれ寒さや日焼け対策にもなることから、部員からも自然に受け入れられているという。
「たくさんの人が出入りする球場内の警備で、全ての不正な撮影を防ぐというのは不可能だと感じています。生徒たちの将来を守ろうと思ったら、衣装を見直す以外に方法はないと考えました」
一方で、全ての学校が衣装を変えるべきとは考えていないと笠松さんは強調する。
「私たちのチア部は競技チアではありません。このほか、地方の学校ということもあり、盗撮被害の噂が広まれば全校に知られてしまうといった懸念も部員や保護者と共有できました。
こうした要件がそろい、理解を得やすかったからユニフォームの見直しができましたが、学校ごとに事情は違います。それぞれの学校で、どんな衣装にするか選択の自由を増やすことが大事なのではないでしょうか」
その上で、笠松さんは「撮影者に対して、学校関係者などが(被害防止のため)データの確認を求める場合があると大会主催者から呼びかけてもらえると、抑止力になるのでは」と提案する。
高野連の対応は
大会を主催する日本高校野球連盟も対策を始めている。
日本高野連はハフポスト日本版の取材に文書などで回答。盗撮被害の把握状況を問うと、「疑わしい事例も含めて例年、大会期間中に1〜2件は被害の報告を受ける」と説明した。
全国大会の開催にあたっては、
・代表校に配布する手引きに、盗撮に関する注意喚起を記載する
・試合前に、各校応援団の責任者と高野連の担当者が打ち合わせを行い、注意を呼びかける
・学校関係者が応援の様子を撮影する場合には、腕章やゼッケンを着用する
といった対策を講じているという。
腕章やゼッケンの着用は、学校関係者以外の保護者やOB・OG、一般の来場者には求めていない。
このほか、盗撮や置き引き被害などを防ぐため、チアリーダーの周囲には学校や応援団の関係者が着席するよう呼びかけているという。
一方、地方大会では「都道府県によって球場の形状が違うので、全国大会の取り組みを参考にしてもらいながら、それぞれに合った対策を実施してもらっている」と説明。具体的な指示はないとしている。
被害の実態調査については「検討中」と述べるにとどめた。
識者「正面から向き合わず」
スポーツとジェンダーの問題に詳しい明治大の高峰修教授(スポーツ社会学)は、「チアリーダーやアスリートの盗撮は以前からずっとあったものの、この2、3年でようやく社会問題として認知されるようになった」と指摘する。
アスリートの盗撮問題を巡って、転換点になったのは2020年夏。陸上の女性選手が、競技会場で体の一部をアップにした写真を無断撮影されたとして日本陸上競技連盟(日本陸連)に被害を訴えた。その後、日本陸連は実態調査に乗り出した。
さらに同年11月には、日本オリンピック委員会(JOC)などスポーツ関係団体が、「スポーツ界全体でアスリートへの写真・動画による性的ハラスメント防止に取り組む」とする共同声明を発表した。
ただ、こうした大会運営や競技団体側の対策は依然として遅れていると高峰教授は指摘する。
「国内のスポーツ連盟や協会、大会の主催団体は、概して選手たちの性被害の問題に正面から向き合おうとしてきませんでした。調査や対策に取り組む体力が団体側にない場合もありますが、解決すべき課題という意識がそもそも極めて薄いように感じます」
「抑止」に最も重要なこと
スマホの普及やカメラ機能の向上を背景に盗撮行為をしやすくなった上、ネットで拡散した画像や映像は残り続けてしまい、被害の深刻さは増している。
チアリーダーの盗撮防止のために、大会主催者や送り出し校はどんな対策を取るべきなのか。
高峰教授は、ユニフォームを見直す場合は「生徒たち自身の意思を尊重できるかどうかがポイント」だと主張する。
「被害に遭わないようにと大人の判断で強引に変えさせるのであれば、『被害に遭う側が行動を変えないといけない』という誤ったメッセージになりかねず、問題の本質とズレてしまいます。
盗撮被害が実際に起きていることや、ユニフォームを変える選択肢もあることを説明した上で、話し合いを経て最終的に本人たちに決めてもらう。その判断を尊重した上で、被害が起きないよう学校として取りうる対策を講じるのが望ましいのでは」
高峰教授によると、小学生年代の競泳大会のなかには、撮影を希望する保護者は所属クラブを通じて事前に運営側に申請する仕組みを取り入れているケースもあるという。当日は撮影許可を得た人にだけゼッケンが配られ、これを着ていない人はスマホを含む全ての撮影機器の使用を認められない。
このように撮影を事前許可制にして厳密に制限するほか、撮影可能なエリアを限定するなどの方法も提案する。
「野球場ではチア部員に限らず、応援席にいる制服姿の女子生徒らの隠し撮りも起きています。被害を完全に防ぐことは難しいかもしれませんが、運営側の工夫次第で抑止力を高めることはできます」
その上で、最も重要なのは「加害行為を許さない雰囲気づくりの徹底」だと高峰教授は話す。
「球場のアナウンスや看板で注意を呼びかけるなど、『性被害を起こさせない』というメッセージを繰り返し出すことです。大会主催者が、盗撮を野放しにせず問題として認識しているという雰囲気を醸成することは、加害者への心理的な圧力になり得ます」
<取材・文=國崎万智@machiruda0702/ハフポスト日本版>