BTSのJINも大好物「ムルフェ(水刺身)」韓国ノワールに登場する名物料理を食べてみた

ライターの西森路代さんと白央篤司さんによる「食」をめぐるリレーコラム。今回は、韓国のノワール(犯罪映画)をテーマにした西森さんの新著にも登場する料理の実食レポ。お刺身に甘酸っぱいだしをあわせた「ムルフェ(水刺身)」のお味は?
ムルフェ
HuffPost Japan
ムルフェ

前回、白央さんのコラムにおいしそうな冷やし中華の写真が添えられていたのを見て、私も思わず冷やし中華を作って食べてしまった。

冷たい麺と言えば、韓国にもある。焼き肉屋で締めに食べた本格的な韓国の冷麺は、日本のごまだれや酢醤油で食べるものとは違って、冷たいつゆのだしの味がおいしくてびっくりしたものだ。

私事だが、今年の6月に韓国のノワール(犯罪映画)についての本『韓国ノワール その激情と成熟』(Pヴァイン)を執筆した。そのなかには、食べ物に関する記述もときおり出てくる。Netflixのオリジナル映画『楽園の夜』という作品について書いている章でも、ある食べ物について書いた。

この映画は、韓国ノワールの金字塔と言われている『新しき世界』のパク・フンジョン監督の作品で、ほかの映画ではバイプレイヤー的な立ち位置のオム・テグが主演で、抑えたトーンの映像や、オム・テグの独特なハスキーな声などから発せられる色気にあてられてしまった。この映画を見て、オム・テグのこれまでの作品を見返したほどだった。

BTSのJINも大好物

物語は、オム・テグ演じる主人公が、敵対する組織のボスを殺し、ウラジオストクに逃亡するために済州島に身を隠す数日間を描いている。

彼が済州島で出会うのが、ジェヨン(チョン・ヨビン)という女性なのだが、ふたりの距離が次第に近づいていく(といっても、恋愛と括れないような関係性もよかった)なかで登場するのが、「ムルフェ(水刺身)」という食べ物だ。

シリアスで抑えたトーンで映画が進んでいく中、海辺の街にある古びた食堂でムルフェを食べるシーンだけがすごく清々しい感覚をもたらしていて、印象に残ってしまった。

しかしムルフェ(水刺身)といっても、あまり馴染みがないかもしれない。私もこの映画を見るまでは知らなかったのだが、釜山や済州島など、海の近くの街でよく食べられている名物料理らしい。

検索してみると、BTSのメンバーのJINが好きな料理として有名らしく、BTSのリアルバラエティ番組『In the SOOP BTS ver.』でも、JINが自ら魚をさばいてムルフェを作るシーンがあるという(この番組、食事のシーンがおいしそうだし、生活に根差した食文化が知られて楽しいですね。機会があったら全部見てみたい)。

そんな情報を調べていたら、一度はそのムルフェというものを食べてみたいと思い、この連載に取り上げようと思い立ち、新大久保に行って実際に食べてみた。私が編集さんと一緒に行った「トシオブ」というお店は、生け簀があって海鮮料理が楽しめるお店だ。

お刺身を甘酸っぱい冷たいだしで

ムルフェ
筆者提供
ムルフェ

メニューを見て一番オーソドックスなムルフェを頼んでみたのだが、想像するよりも器が大きい。なかには、白身の魚のお刺身に、大根、キャベツ、春菊、ニンジン、かいわれ大根などの野菜がたっぷり入っていてヘルシーな感じがする。上にはとびこや、韓国のりもかかっている。

だしはキンキンに冷たく、コチュジャンやトウガラシの色なのか、スープが赤いのだが、そこまで辛みはなく、優しい甘酸っぱさが感じられる。ここにわさびのソースをかけてもいいらしい。

横には韓国の冷麺の入った器があり、途中からそれを入れて食べた。冷麺の上には、エゴマの葉を刻んだものも乗っていたため、エゴマ風味のムルフェに味が変わって、それがまたおいしかった。

日本ではこのムルフェのように、お刺身に甘酸っぱいだしをあわせた料理も、お刺身で食べる冷たい麺料理というものもなかなかないので、すごく新鮮な気持ちで食べられた。

日本で考えると、冷たいお刺身には麺よりもごはんに合わせた料理のほうが思い浮かぶ。それはこれまでのコラムに書いたように、愛媛の鯛めしなんかもそうだし、愛媛の南予のほうには、鯛以外のお刺身とだし汁でごはんを食べる、ひゅうが飯というのもある。

私は済州島には行ったことがないけれど、ドラマや映画で、済州島にも海にむかった山の斜面に太陽の陽射しを受けたみかん畑がある様子を見て、瀬戸内、もっというと愛媛の南予に似ているなと思った。

私は愛媛に住んでいた頃、南予に突き出した佐田岬半島というところで先述のひゅうが飯を食べたことがあるのだが、海辺の道路を走ってたどり着いた食堂で食べたことも、食の記憶として大きかった。済州島のあの「抜け」のいい食堂で食べるムルフェも格別なのだろう。

そういう心地の良い空気が『楽園の夜』には醸し出されていた。

(文:西森路代 編集:毛谷村真木/ハフポスト日本版)