特別養子縁組で子どもを迎えた久保田智子さん「生みの母と育ての母の『本当の声』伝えたい」

「当たり前に始まった家族の形ではないですし、私の中にあった葛藤を描くことで社会に何かを伝えることができるんじゃないかと思った」。自らのライフストーリーを映画化した久保田智子さんに聞いた。
久保田智子さん
Yuko Kawashima/川しまゆうこ
久保田智子さん

元TBSアナウンサーで現在はTBS NEWS DIGの編集長を務める久保田智子さんは、特別養子縁組で子どもを迎えたことを2020年に公表した。

その頃から特別養子縁組に関わる様々な人々を、取材を通じて紹介してきた久保田さん。2024年、自身の家族を題材にしたドキュメンタリー映画『私の家族』を発表、3月15日から始まるTBSドキュメンタリー映画祭2024で公開する。

映画は、不妊で悩んでいた久保田さんが、2019年に特別養子縁組で新生児を家族に迎え入れるところから始まり、子どもの成長にともない「生みの母」がいることを告げる「真実告知」の場面を捉えている。

カメラは自分の家族だけでなく、久保田さんのご両親、そして、産んだ子どもを養子に出す決断をした、ある女性の姿も映し出す。家族のあり方を観客に問いかける内容だ。 

あえて自らのライフストーリーを映画化したのはなぜか、話を聞いた。 

取材者として、当事者の自分を見つめてみた

本作は、久保田さんが撮りためた家族のプライベートな映像と、ジャーナリストとして取材してきた映像とで構成されている。取材映像のいくつかはTBSのニュース番組などでも取り上げたものだ。

これまでも特別養子縁組を度々ニュース番組で取り上げてきた久保田さんだが、なぜ自身を題材にして、映画にまとめようと思ったのだろうか。

「元々、自分の家族を映画にするつもりはまったくなかったんです。

でも、当事者である自分を、取材者として客観的に見つめてみると、当たり前に始まった家族の形ではないですし、私の中にあった葛藤を描くことで社会に何かを伝えることができるんじゃないかと思ったんです。

いつもの取材なら、対象者と数日一緒に過ごして、放送するんですけど、やはりそれだけでは描き切れないものはあって、もっと深いところに本音はあるだろうなと常々感じてもいました」

確かに、本作で見られる家族の光景は一般的なニュース番組で目にする映像よりも、親密さがある。そこで交わされる会話も、取材向けのよそよそしさはなく、自然と出てくる本音のように感じられる。この親密な映像は、自分自身が「当事者でもあり取材者でもあったから可能になった」という。

そして、久保田さんは自分の経験が社会に役立つのなら還元したいという思いも抱えていた。それは久保田さん自身が、ある報道番組を見たことが特別養子縁組を決めたきっかけになったからだという。

「特別養子縁組で子どもを迎えた幸せそうな家族を報道で見たことは大きかったですね。知識として制度は知っていましたが、嬉しそうにしているご両親を映像で見て、初めて自分ごとになったんです。

実際に、特別養子縁組と検索しても、体験した人の顔や生の声はなかなか聞こえてきません。そのせいで、堂々と発信してはいけないことのように感じてしまっている人もいるかもしれない。

だからこそ、当事者の自分が発信することで、選択肢の一つとして思ってくれたらいいなと思います。やっぱり見えないものってわからないし不安ですよね。見えるものにしていくのがメディアの役割だと思いますから、自分ができるならやりたいと常々思っていたんです」

久保田さんは自分の家族を見て、特別養子縁組のイメージが変わるきっかけになれば嬉しいと語る。

「私たち家族の姿で、特別養子縁組のイメージが変わってくれると嬉しいですね。

私も最初は産んで育てるのが家族のあり方で、そこに自分を合わせようとしていたから辛く感じていたんですけど、そのイメージがほどけてしまえば『私の家族』でいいんだって思えたんです。

特別養子縁組に限らず、色々な家族の形があっていいと思うし、お互いが良いねと言える社会になれば救われる人はたくさんいると思っています」

声を上げることができなかった女性の声

『私の家族』
(c)TBS
『私の家族』

久保田さんは、自分自身が特別養子縁組の当事者となったことで、当事者目線で寄り添う取材が可能になったという。

「当事者になると取材の幅ってこんなに広がるんだって思いました。

当事者同士のつながりも強くなるからか、私だからお話したいと言って下さる方もいます。普通なら、取材を受けてくださる方を探すのに数カ月かかるところが電話一本で済んだり。

声にできないでいた人の思いや経験をその人なりの合理性で語ってもらい、社会に繋げていく。それがメディアの役割ですけど、そのためには、まずはその方と関係を築く必要があります。当事者であることで、すでにある種の関係性を構築できていることになるんです」

久保田さんは、自分の家族のみならず、特別養子縁組に関わることになった様々な人の人生を取材している。映画の中には、産んだ子どもを養子に出す決断をした、ある女性が登場する。

「多くの理由は貧困と虐待で、子どもを産んだ母親自身に安心できる居場所がないんです。

自分が虐待されていたから、わが子にまでそんな思いをさせたくない。でも、自分の状況を考えるとお金もないし頼れる人もいない、負の連鎖を断ち切らなきゃという思いで子どもを養子に出しているんです。本人が頑張ればなんとかできるという状況では、そもそもありません。

それでも、彼女たちは『なんで自分で育てられなかったんだ』と周囲から言われてしまい、責められてしまうんです。こうした状況を変えるには、彼女たちの本当の思いが可視化される必要があると思います。

今回、映画に出てくる女性も、本当は自分で育てたかったと言っていました。産んですぐにその子を手放すのは相当の覚悟がないとできないと思うんですけど、子どもの幸せを一心に願って苦渋の決断をされているんです」

映画は、周囲や社会から責め苦を負わされ、声を上げることができなかった女性の声を拾い上げる。久保田さん自身は子どもを養子で授かり幸せな家庭を築いているが、映画はもう一方の人々の声を救い上げることを忘れていない。

その女性は、「この子の記憶に私が残らないうちに決断をしなくちゃと思った」と映画の中で語る。そして、「養親さんはきっと幸せな誕生日会を開いてくれている。そう思うだけで私は幸せになれる」と涙ながらに言葉を紡ぐ。その言葉と声に無責任さはなく、むしろ「生みの母」として、子どもの幸せを願う「責任ある母親」のものだ。

真実告知、当たり前のこととして

久保田智子さん
Yuko Kawashima/川しまゆうこ
久保田智子さん

映画の大きな柱となるのが、子どもに出生の事実を伝える「真実告知」だ。

久保田さんは子どもが2歳になってから真実告知を開始し、折に触れて「生みの母」について語る場面が描かれる。真実告知は早ければ早いほど子どもにとっていいとされているが、久保田さんは養親にとっても早い方がいいのではないかと考えている。

「(2歳時点で)どのくらい理解できているかわかりません。でも、そこで大人が判断してしまわないことが重要だと思っています。

子どもって親の態度を見て育ちますよね。真実告知も、むしろ早いうちから行うことは親にとっていいと思っていて、後になればなるほど、特別なことになって妙に力が入ってしまうと思うんです。もっと当たり前のこととして子どもに伝えるべきで、だとすれば、本当に当たり前だと思いながら、早い段階から伝え始めた方が、その子にとっても当たり前になっていきます。時がたてばたつほど、なんだか特別な儀式になってしまうと思うんですね」

もし、言いにくいのだとしたら、それは大人の側がステレオタイプなイメージを持っている可能性があると久保田さんは言う。 

「もし、それが言えないとしたら、子どもにとってそれが可哀そうなことだと判断してしまっているのかもしれないですよね。生みの親に育ててもらえなかったことを可哀そうだと。

でも、映画に登場してくれた女性のように、養子に出すというのはその子の幸せを考えての決断であることが多いんです。そして、私のような迎え入れる家族も子どもを育てることができて幸せです。生みの母に幸せを願われ、こうして私たちの下に来てくれて、幸せな家族になれたんだってことは、隠すことじゃないと思っているんです」

すべての土台に対話がある

『私の家族』
(c)TBS
『私の家族』

久保田さんは、この映画でもう一組重要な相手との対話を実現している。久保田さんのご両親だ。どうして自身の家族との対話も映画に盛り込もうと考えたのだろうか。

「人間は自分の中にある偏見を通して認知するものですけど、それを崩していくとお互いに近づけるようになるので、特にそれを家族に対してやってほしいと思うんです。実は家族って一番の偏見の塊で、すごく誤解していることがたくさんあるはずです。

重要なのは対等に話をすることで、それは私の子ども時代にはすごく難しいことでした。一方的に言われ続けて、それを受け止めるしかなかった当時の私は結構傷ついていたんですけど、今、どうして対等な会話が成立しているかというと、多分お父さんが私を尊敬し始めたからです、テレビ出てすげえなみたいな(笑)。

でも、対等な立場で親子が会話する場をデザインするのは簡単じゃなくて、子どもが親の立場になることはできないから、親が寄り添っていかないといけません。真実告知についても、何にしても、やっぱり土台となっているのは、対等に話をすること。そういう思いが私の中にあるんだろうなと思います」

そして、久保田さんはこうも言う。

「産んでも子どもを育てられなかった人の話を聞くと、必ず家族関係の話が出てくるんですね。お母さんに話を聞いてもらえなかったとか。その時話を聞いてもらえていたら、違った人生もあったかもしれません」

どんな形の家族であっても、対話抜きには良い関係は築けない。ご両親との対話シーンによって、本作は特別養子縁組に関わる家族にとどまらず、あらゆる形の家族に響く力を持った作品に仕上がっている。

この映画は、観客に「自分の家族」を再発見するきっかけを与えてくるはずだ。

(取材・文:杉本穂高 編集:毛谷村真木/ハフポスト日本版) 

『私の家族』

3月15日より「TBSドキュメンタリー映画祭2024」にて上映

3月15日(金)久保田智子監督、舞台挨拶登壇決定。詳細はこちら