世界の心を動かした出産写真。あのパパ2人は今、幸せな子育て真っ最中

「息子を抱きしめるのが何より幸せな瞬間」というふたり。子育ては大変?息子に伝えたいことは?

世界中の人の心を動かした、1枚の出産写真がある。

生まれて数秒後の息子に、ふたりの父親が初めて対面する瞬間を捉えた写真。

押し寄せる感情をこらえながら、赤ちゃんを胸に抱き寄せる父親の姿は、世界中の人達の共感を呼び、多くの人にシェアされた。

その時の赤ちゃん、マイロさんは間も無く6歳になる。

ふたりのお父さん、BJ・バローネさんとフランキー・ネルソンさん、そして息子のマイロさんは、トロントで暮らしている。

バローネさんとネルソンさんにとって、マイロさんと過ごす時間が何より大切であり、そして息子を抱きしめるのが何より幸せな瞬間だ。

マイロさんは2014年6月27日、プライドウィークに代理出産で生まれた。

フォトグラファーのリンジー・フォスターさんが撮影した、生まれて数秒後の写真は大きな反響を呼んだ。

「あれだけ多くの人たちが共感してくれたは、ゲイやストレート、男性や女性といったことに関係なく、子どもに初めて会う瞬間に、全ての人が強い愛を感じるからだと思います」とバローネさんはハフポストカナダ版に話す。

バローネさんとネルソンさんは、ともに高校の教師。2014年にマイロさんが生まれてから、「Family is about Love(家族とは愛だ)」という名前のInstagramウェブサイトで、さまざまな愛のメッセージを伝えてきた。

マイロを主人公にした、子ども向けの本も、二冊出している。

世界中の人にシェアされた写真のこと、そして普段の生活や育児で感じていることを、バローネさんに聞いた。

BJ・バローネさん, マイロさん, そしてフランキー・ネルソンさん
BJ・バローネさん, マイロさん, そしてフランキー・ネルソンさん

おふたりはずっと親になりたかったのですか?

ええ、私たちはずっと父親になりたいと思っていました。だけど同時に、私自身は無理だろうとも思っていたんです。

子どもの頃、自分はゲイだから結婚できないだろうと思っていました。だから家族を作ろうと考えたことはありませんでした。

フランクと初めて出会った時、彼は「父親になりたい」と言ったんです。私は「いいね」と答えたのですが、本気で父親になれるだろうとは考えていませんでした。

しかしフランクには独り身のゲイのいとこがいて、そのいとこが80年代に、代理母を通して親になっていたんです。

80年代は、同性愛が受け入れられるようになるずっと前です。そのいとこは、フランクにとっての大きな希望でした。

親になるために、私たちはまず、ゲイの男性に育児を教える地元のコミュニティセンターのコースに参加しました。

その後、代理母を通して親になることに決めました。代理母にしたのは、何か自分たちでコントロールできる要素が欲しいと思ったからです。

だけど実際には、コントロールできるものなど何もありませんでした!

親として、どんなことを気にかけていますか?

親として、私たちはマイロの将来や、彼が成長する時にどんな決断や選択をするだろうということを、気にかけています。

私たちはマイロに、良い価値観を教えたいと願っています。

他の人や自分自身に敬意を持って接して欲しいし、それを子ども時代だけでなく大人になっても続けて欲しいと願っています。そのために、親としてできることすべてをやるつもりです。

彼に素晴らしい人生を過ごして欲しい、やりたいことに最善を尽くしてやって欲しいというのが、私たちが親として気にかけていることですね。

男の子を育てるのは大変ですか?自分の親と違いはありますか?

実は最初、小さな男の子を育てるのは大変なんじゃないかな、と思っていたんです。

私たちはスポーツにあまり興味がないし、どちらかといえば、いわゆる“ストレートの男性像”にあてはまるタイプではありません。

むしろ私たちはファッションが好きなので、小さな女の子におしゃれをさせるのは楽しいだろうなと思っていたくらいです。

私は4人きょうだいだったのですが、父は子どもに対して深い愛情を表現する方ではありませんでした。

でも私は、機会があるごとにマイロに「愛している」と伝え、抱きしめ、キスしています。そうすることで、マイロは自分が愛されていると感じるでしょう。

時代の違いもあったと思います。私の父は家族を支えるために、毎日のように働いていて、ほとんど家にいませんでした。

フランクと私は教師で、同じようなスケジュールで仕事をしています。だからできる限り、ふたりでマイロと一緒にいるようにしています。

学校の送り迎えや、スケート教室や水泳教室。いつも私たちは一緒です。

異性愛カップルの家族で見られるような“性別による分業”はないので、家の仕事はすべて分担しています。

ジェンダーやセクシュアリティー、表現の仕方についてどんなことを教えていますか?

私たちはマイロに、全ての人は違う、そしてどんな方法で自分を表現してもいいと伝えています。そして大切なのは、全ての人に敬意を表し、お互いに親切にすることだと教えています。

私たちの家族は他の家族とは違います。だから彼はすでに、お互いに敬意を示すことの大切さを知っています。

彼には「彼自身や友人に共感し、支え、時に立ち上がって欲しい」という価値観を伝えたいと思っています。自分が望むものがあれば、それをはっきり言って欲しいということも。

そういった面では、私たちの育児は今の所うまくいっていると思います。

ゲイの親として最も大変なこと、そして最大の喜びは?

ゲイの親たちにとって最も大変なのは、性差別的な考えと固定観念だと私たちは感じています。

男性も、女性と同じように素晴らしい親になれるのに、そう思われていないと感じることがあります。

マイロが生まれた時、私たちは頼んでもいない子育てのアドバイスを、山ほど受け取りました。

山ほど質問もされました。例えば「彼のお母さんはどこにいるの?」とか「誰がお母さんの代わりをするの?」とか。

私たちは、そういった質問に腹を立てるのではなく、むしろ学ぶ機会、そして教える機会だと捉えました。

親として一番大きな喜びは、仕事を終えてヘトヘトになって家に帰ってきた時に、マイロがハグとキスをして「アイラブユー!」と言ってくれる瞬間です。

これほど疲れを癒してくれるものはありません。

他のお父さんたちに、何かアドバイスはありますか?

子どもたちとできる限り時間を過ごしてくださいということでしょうか。記念日を楽しんで、そして動画や写真をたくさん撮ってください。

同じ時間を過ごし、そして忍耐強くあることも大事です。

子どもは、何か一つのことをやるのに嫌になるくらい長い時間がかかります。時間をかけて、その一つ一つを楽しむのです。

いつか大きくなった時に、全てに興味を持っていた小さい頃を懐かしく思い出すでしょう。

出産写真は世界中の人にシェアされましたね。どう感じましたか?

あの写真を見るたびに、私たちは目が離せなくなります。生まれたばかりのマイロと初めて会って、溢れ出る感情を必死にこらえようとしている私たち。

安心と幸福、そして畏敬の念を抱いている、私たちの代理母キャシー。そして笑顔の助産師。

この写真を見ると、マイロが誕生した時の素晴らしい出来事の数々を思い出します。私たちのフォトグラファー、リンジー・フォスターがこの瞬間を撮影してくれたのは、奇跡的でした。

なぜこの写真があれほど多くの人たちの注目を集めたのかとよく尋ねられます。写真にあれだけ多くの人たちが共感してくれたのは、ゲイやストレート、男性や女性といったことに関係なく、子どもに初めて会う瞬間に、全ての人が強い愛を感じるからだと私は思います」

代理母について、何か伝えたいことはありますか?

代理母という選択肢は、すべての人にとってうまくいくものではないかもしれません。

代理母は、時間も労力もかかります。場合によっては、ジェットコースターに乗っているような大変なプロセスになる可能性もあります。

色々なことに対応しなければいけませんし、経済的な面も含めてしっかり覚悟をもって準備しなければいけません。そうやって臨んでも、妊娠が叶わない場合もあります。

そうは言っても、私たちの家族を作るのを助けてくれた代理母のキャシーは、素晴らしい人でした。

彼女のような特別な女性もまた、大きな家族の一員です。

赤ちゃんとの肌の触れ合いも大切にされたそうですね

肌と肌の触れ合いは、赤ちゃんと深いつながりを持つためにとても大切です。

最初は、そのことをほとんど知りませんでした。助産師が、出産のプロセスを最初から最後まで通して教えてくれた時に「赤ちゃんが生まれたら、シャツを脱いで、赤ちゃんを胸に抱き寄せるように」と教えてくれたんです。

最初、これは助産師たちの“儀式的”なやり方かと思っていました。みんな裸になってやるものなのかと!

しかし、色々調べていくうちに、肌と肌とのふれあいが、赤ちゃんと絆を作るために良いと知りました。心拍や体温を整えて、親の匂いを理解するというのです。

ですから、私たちはマイロが生まれてから数カ月は肌と肌で触れ合うようにしていました。それが、特別な絆を作るのに役立ったと思います。

ハフポストカナダ版の記事を翻訳・編集しました(翻訳:安田 聡子)。

2020年、世界的に流行した新型コロナウイルスは、LGBTQコミュニティにも大きな影響を与えています。「東京レインボープライド」を始めとした各地のパレードはキャンセルや延期になり、仲間たちと会いに行っていた店も今や集まることができなくなりました。しかし、当事者やアライの発信は止まりません。場所はオンラインに移り、ライブ配信や新しい出会いが起きています。

「私たちはここにいる」――その声が消えることはありません。たとえ「いつもの場所」が無くなっても、SNSやビデオチャットでつながりあい、画面の向こうにいる相手に思いを馳せるはずです。私たちは、オンライン空間が虹色に染まるのを目にするでしょう。

「私たちはここにいる 2020」特集ページはこちら。