「なぜ話しかけてくれないんですか?」教科書を写すだけの授業、先生に質問した体験をマンガに

投稿したMarinaさんは話す。「勉強への“つまらな信仰”をほぐしたい」
Twitter/marina_mimicry

教科書をひたすら黒板に写すだけの退屈な授業。「なんで私たちに話しかけてくれないんですか?」と質問したところ、先生は呆気に取られてしまった。

東京学芸大学の大学院生、Marinaさんが10月1日にTwitterに投稿した4ページの漫画だ。高校生のときの体験を振り返ったものだが、2万3000回以上もリツイートされるなど、大きな反響を呼んでいる。

■「これだと家での自習と変わらないのですが...」

Marinaさんが投稿した漫画は、こんな内容だ。「授業は先生と生徒でつくっているもの」と思っていたため、高校での社会科の先生の一方的な授業に疑問を感じた。そこで、どんどん授業中に質問したのだが、教室は微妙な空気になったという。

さらに、「なんで私たちに話しかけたり、問いをなげかたりしないんですか?これだと家での自習と変わらないのですが...」と授業中に聞いたところ、隣の生徒から「先生が可哀想」と非難されたという。諦めずに授業時間外に先生に直接尋ねたところ、こんな返事が返ってきた。

「私も初めは生徒に発言を求めていたが...、生徒はみんな聞いてはくれなかった...。私があの授業をする。君たちは好きなことをする。そして私は給料をもらって、もうすぐ定年だ。...だから、いいんだ。これで」

Marinaさんは、それを聞いて納得。「初めは生徒に問いかける熱血な先生だったが、誰からも反応がもらえない中で、疲れてしまったのかもしれない...」と思ったのだという。

この漫画に対して反響が続出。「先生の言葉が切なかったです」「子どもをやる気にさせるのは教員の仕事ですが、残念ながら自分の心を守るために諦めてしまうこともあるのかも」と先生に同情する声のほか、「そもそも授業に興味無い生徒が多かった」と振り返る声もあった。

Twitter/marina_mimicry
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■漫画を描いたMarinaさんは語る 「勉強への"つまらな信仰"をほぐしたい」

この漫画を投稿したMarinaさんに、なぜ今、高校生当時の体験を振り返ったのか。なぜこのような授業が生まれると考えているかを聞いてみた。

現在、Marinaさんは大学院の教育学研究科で学んでいるが、この漫画で描いた体験から、大きな影響を受けたという。

--- なぜ高校生のときの体験を今、漫画にしようと思ったのですか?

当時の、教育に疑問に思ったことを漫画にすることで、研究論文にはない形で教育へのアプローチができるのではないかと考えたからです。 私は今、大学院で教育の研究をしています。

大学院で研究したことを論文にまとめるのですが、研究論文は一部の研究者しか読まないことが多く、素晴らしい研究も一部の専門家の中だけで議論される傾向があるな~と感じたんです。

それが研究論文の価値なのかもしれませんが・・・少しもったいないなと感じていました。 先行研究に意見を述べるための研究論文も、もちろん大切で、価値があります。私も大変ですが、頑張って書いていきたいと思っています。

しかし、その研究論文という手段以外にも、教育に対しての問題提起を気軽に多くの方と共有できる手段が欲しかったんです。堅苦しい専門用語を使わないで、自分が教育に対して素朴に疑問に思ったことを、そのまま漫画にしてTwitterに投稿することで、それができないかなと思いました。

--- Marinaさんは中学校時代まで「授業は先生と生徒でつくっていくもの」と思っていたと書いてますが、中学時代はどんな授業を受けていましたか?

私は大学付属の小学校中学校で育ちました。それもあってか、研究会や公開授業なども多かった印象を受けます。ディスカッションや発表する機会も多く、あまり教科書を開かないで、生徒同士が関わり合いながら進んでいく授業が印象に残っています。

--- なぜクラスメートは質問したMarinaさんに対して「先生かわいそう」と言ったのだと思いますか?

とても印象的な一言でした。「やばい奴認定されていじめられる!!」と怖くなった瞬間でもあります。私が先生を責めているように映ったのだと思います。漫画にも描いてありますが、反省しました。

--- 現在、Marinaさんは大学院の教育学研究科で学んでいますが、この漫画に描いたときの体験は一つのきっかけになりましたか?

もちろんです。小学校、中学校、高校とたくさんの数え切れない「なぜだろう・・・?」「不思議だな」がありました。この漫画は、その中のエピソードの一つです。 たくさんの「なぜだろう・・・?」という疑問が、今の研究にもつながっているのだと思います。

--- この先生に限らず、学校の授業がつまらなくなりがちなのは、何か構造的な理由がありそうですか?

まず、当たり前ですが理由は一つではないと思います。 その中で私が理由の一つとして挙げるのは、勉強への「つまらな信仰」です。 「つまらな信仰」とは、勉強を無意識につまらなくやらなければいけないと思わされているというものです。思わされている相手は、先生かもしれませんし、家族かもしれませんし、もしかしたら自分自身かもしれません。 勉強は机にかじりついて、我慢してやるものだというイメージを持っている人も少なくはないのではないでしょうか。

思わされ方も様々で、一例ですが、「自分は我慢して勉強して大成したから、あなたもつまらない勉強はつまらないまま我慢して勉強するのよ、それがあなたのため」という相手の幸福を思っての、我慢の連鎖が関係しているのかもしれませんし、つまらない勉強を我慢して身につけられた、我慢が得意な人が、先生になって、当たり前のようにつまらない勉強を強いていることも考えられます。

本来、学ぶということは最高に贅沢で、面白いことだと思っています。また、つまらないと思うことを、つまらないままやるのはエネルギーを使います。せっかくなら、面白い!って思えた方がいいし、つまらないことをするために使うエネルギーを楽しいことに使った方がずっといい。 勉強への「つまらな信仰」をほぐして、個人が学ぶことを謳歌できればもっと授業も面白くなるし、毎日が楽しくなると思っています。

私は大学生の頃、「つまらな信仰」をほぐして、その人が自分なりの学びを最高に謳歌できるようになるための活動も行っていました。つまらないことを、つまらないまま受け取らずに、自分の力で面白くしてしまう勉強法や、ノート術などです。今後Twitterでもそのような活動を投稿していけたらいいなと思っています。

--- この漫画の投稿は1万回以上もリツイートされています。読者からの反響をどのように感じましたか?

今現在、学生の人も、学生を卒業した人も、先生も・・・現代の教育に対して何かしら思うところがある。何かが引っかかっている。それが現れたのだと思います。

私は教育について研究していることもあり、もちろん「授業はこうあるべきだ!」いう漫画も描けます。でも、それって実はあんまり意味がなくて、「授業って何なんだろう・・・?」という疑問を、研究者や先生だけではなくて、高校生も小学生も、大人も子供も、職種も関係なく多くの人と一緒に考えたり議論したり、刺激しあったりすることがとても大切だと思っています。

今回のTwitterでの漫画がその一つの窓口になれたら嬉しいです。

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