「海中ドローン」が南シナ海の新主役に:中国の「第2撃能力」めぐり激化する情報戦

米中ロが絡んだ海中の情報戦は今後も激化が必至だ。

緊張高まる南シナ海で、フィリピンとの合同演習「バリカタン」を行った米海軍。インド訪問後、この演習を視察したカーター米国防長官は4月15日、フィリピンのガズミン国防相とともに原子力空母ジョン・ステニスに乗り込み、米兵らの前で演説した。

「米国防総省は次の段階のリバランス工作を遂行する」

「次の段階」とは一体何か。米国はアジアに安全保障の軸足を移す「リバランス(再均衡)政策」を進めてきたが、次の段階では、果たしてどのような工作を行うのか。

長官はさらに指摘した。第1にベストの人材、第2にステニスのようなベストの艦艇をアジア太平洋に持ち込む。そして「カギとなる能力への新規投資」「フィリピンのような長年にわたる同盟国との関係強化、インドのような新しいパートナーとの関係深化」を掲げた。南シナ海で、中国の軍事力強化に対抗するため、米国が新たにインドを協力国とする戦略に乗り出した動機も気になる。だが本稿では、「カギとなる能力」にテーマを絞って話を進めていきたい。

ペンタゴンが隠すUUVの能力

英紙『フィナンシャル・タイムズ』は、カーター長官が述べた、「カギとなる能力」とは、海中ドローン(無人潜水艇)のことだと報じている。中国による南シナ海の支配を抑止し、米国の優位を維持するため、「ペンタゴンはかつて機密だった『無人潜水艇(UUV)』の開発計画を公言し始めた」(同紙)。

実は長官は、その具体的な内容をインドとフィリピンを歴訪する直前の4月8日、米国の外交関係評議会で明らかにしていた。

長官は「米国が世界で最も進んだ海中の軍事能力と対潜能力を確保するため、次期会計年度だけで80億ドル(約9000億円)を支出する」と豪語。「その中には、さまざまな規模で、多様な弾頭を持つ、新型の海中無人艇が含まれる」と明言した。その理由として、「重要なことは、人間が乗り込む潜水艦では作戦行動することができない、浅瀬でも作戦を遂行できること」を挙げたのである。

大陸棚であるため、浅瀬が多く、作戦工作を展開しにくい南シナ海、東シナ海で海中の軍備増強を図る。こうしたUUV開発に関する情報を国防総省は機密にしていたが、いよいよ計画は正体を現し始めたようだ。

潜水艦の聖域構築が中国の狙い

南シナ海、東シナ海では、中国の接近阻止・領域拒否(A2AD)戦略をめぐる動きとして、中国の地対艦ミサイルや海上艦艇、航空機、無人航空機などが論議の中心となってきた。大量の中国漁船団の動きも問題化した。

中国による南シナ海軍事化に対して、米海軍は航行の自由作戦で昨年10月にイージス艦ラッセン、今年1月には同カーティス・ウィルバーを派遣し、話題になった。

そうした派手な動きの陰で、海中の情報戦が表面化するのを米側は意図的に避けてきたように見える。

米国の戦略は、中国が射程7000キロ前後の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を搭載した晋級原潜を実戦配備したことと重大な関係がある。中国はSLBM能力を強化することによって核戦略上の「第2撃能力」を高めることになるからだ。第2撃能力とは、核戦争が勃発しても、SLBMは海中で敵の攻撃を免れ、敵に対して第2撃を発射する能力を維持できるほどの核抑止力を持つ、ということだ。

オバマ政権内外の国家安全保障アナリストらの間では、中国が南シナ海の軍事化を急速に進める真の狙いは、南シナ海を中国潜水艦艦隊の「聖域」とすることにある、との見方も広がっている。

つまり、中国の第2撃能力獲得に対する対応策が米国の最大の課題なのだ。

近隣諸国も中国の潜水艦増強に対応して、潜水艦能力の強化に乗り出している。インド、ベトナム、インドネシア、マレーシアに加えて、オーストラリアは日本からのオファーを蹴って、フランスとの潜水艦共同開発を決めた。

米国防総省は、戦略核ミサイル原潜については12隻の作戦行動可能な体制を維持し、攻撃型原潜については旧式の主力ロサンゼルス級やシーウルフ級を退役させ、新型のバージニア級を導入する。このため向こう数年で970億ドルもの予算を充てる計画だ。

それと同時に、無人潜水艇による作戦行動を拡大することを検討中、というわけだ。

魚のような超小型無人潜水艇も

UUVは自律的に作動可能なことから自律型無人潜水艇(AUV)とも呼ばれ、水上のパイロットが制御する遠隔操作の無人探査機とは異なる。主として、民生用UUVは石油探査、軍事用は機雷掃海用に使われてきた。米海軍は、捜索・救助用の無人潜水艇のほか、機雷掃海用にREMUS100ないし600と呼ばれる小型の無人潜水艇を使用してきた。

当面、REMUS600を利用した実験を繰り返しているようで、昨年7月にはバージニア級原潜から同艇を海中で発射し、回収する実験が行われた、とAP通信は伝えている。

しかし、国防高等研究計画局(DARPA)が現在実用化を進めているのは、もっと多様多種の無人潜水艇と伝えられる。例えば、無人潜水艇あるいは小型の偵察用無人航空機を発射できるロボット格納機の開発計画がある。大陸棚に隠しておき、必要な時に作動させるというシステムだ。また、超小型で魚の形をした小型潜水艇の開発も進めているという。

恐らく、中国潜水艦の動向に関する情報収集能力や対潜攻撃能力を備えた無人潜水艇を開発することになるだろう。通常のソナーでは探知できず、場合によっては、敵の港湾内にも気づかれずに侵入することが可能になるほどの能力も備える、というのだ。

エネルギー源は蓄電池や燃料電池などとみられ、水深6000メートルで活動可能な装置も開発中といわれる。長期にわたる作戦行動を可能にする動力源の開発が次の課題、とも伝えられる。

ロバート・ワーク国防副長官によると、UUVは5年以内に西太平洋に配備される見通しという。

米政府はこうした画期的な装置の開発について沈黙してきたが、中国、ロシアは開発の動きを探知して、情報収集を進めてきた。特にUUVやAUVの開発状況を探るスパイ活動が活発化している、と国防総省国防保安局の防諜部門の報告書は2011年の時点で警告した。

今年3月12日には、ロシア国営のニュース専門局RTは「ボーイングが信じがたい無人スーパー潜水艇開発」というニュースをビデオとともに報道した。米中ロが絡んだ海中の情報戦は今後も激化が必至だ。

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春名幹男

1946年京都市生れ。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒業。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授を経て、現在、早稲田大学客員教授。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『スパイはなんでも知っている』(新潮社)などがある。

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(2016年5月25日フォーサイトより転載)

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