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2015年11月21日 22時02分 JST | 更新 2016年11月21日 19時12分 JST

パリ同時テロ:「シリア」で攻勢に出る「プーチン空爆戦略」の懸案

パリ同時テロ事件を受けて、ロシアはシナイ半島でのロシア機墜落を「『イスラム国』(IS)によるテロ」と断定し、シリア空爆作戦を増強、戦線を拡大した。

パリ同時テロ事件を受けて、ロシアはシナイ半島でのロシア機墜落を「『イスラム国』(IS)によるテロ」と断定し、シリア空爆作戦を増強、戦略爆撃機や潜水艦発射巡航ミサイルを投入して戦線を拡大した。仏露両国が共同軍事作戦に着手するなど、IS掃討の国際的枠組みが変わりつつある。ロシアは地上軍派遣の構えも見せており、IS掃討作戦で主導権を握る思惑だ。欧米との連携作戦を通じて、ウクライナ危機後の欧米の経済制裁や包囲網の強行突破を狙っているのは間違いない。

軍の実戦能力をテスト?

死者224人を出した10月31日のロシア機墜落事件でロシアは、「真相解明には3カ月はかかる」と慎重姿勢だったが、プーチン大統領は16日夜、トルコでのG20首脳会議から帰国した直後、クレムリンでショイグ国防相、ボロトニコフ連邦保安局(FSB)長官、ゲラシモフ軍参謀総長、フラトコフ対外情報局(SVR)長官、ラブロフ外相らを招集し安保閣僚会議を開き、ロシア機墜落は「ロシアに対するテロ攻撃だ」とし、国連憲章の「自衛権」を根拠に報復攻撃を指示した。

その数時間後、中距離戦略爆撃機、Tu22M3(バックファイア)12機が北オセチア共和国のモズドク空軍基地から出撃し、ISの拠点ラッカを空爆して帰還。サラトフ州のエンゲルス空軍基地に展開する戦略爆撃機Tu95MS(ベア)6機とTu160(ブラックジャック)5機がアレッポなどの攻撃目標に対し、シリア領空外から長距離巡航ミサイル34発を発射した。戦略爆撃機の攻撃は18日も行われたが、一部はイラン領内に落下したと伝えられた。

17日には地中海に展開する海軍新型潜水艦「ロストフナドヌー」がラッカに対して巡航ミサイルを発射した。ロシア軍が潜水艦発射巡航ミサイルを実戦使用したのは初めて。戦略爆撃機による空爆は、ソ連軍のアフガニスタン侵攻時にも行われたが、新生ロシアでの実戦投入は初めて。「いずれもロシア軍の実力を誇示するPR効果と実戦使用能力を試す狙いが強く、持続的な軍事的効果は少ない」(ノバヤ・ガゼータ紙のフェリゲンガウエル記者)とみられている。

地上部隊も投入か

ロシアが9月30日に開始したシリア空爆作戦は、地中海岸のラタキアを拠点にスホイ30戦闘機やスホイ34戦闘爆撃機、攻撃ヘリなど約50機を展開させ、1日平均約30-40機が空爆を行ってきた。今後はロシア本土から飛来する爆撃機69機、カスピ海と地中海の艦船10隻を作戦に投入するとしており、空爆のエスカレーションが著しい。

遠距離空爆は米軍の専売特許で、米軍戦略爆撃機が米本土からセルビアやイラクを空爆して帰還する遠距離攻撃能力を誇示したが、ロシアも対抗できることを示した。ロシアは夏から、北カフカス地方のモズドク空軍基地を拡張し、中東戦略の拠点に位置付けている。

ロシア国防省は、空爆開始後約50日間で約2300回の戦闘飛行、4100回の攻撃を実施したとしている。その戦果は明らかではないが、在英のシリア人権監視団は20日、「ロシアの空爆による死者数は1331人、うち403人が民間人」と発表した。戦闘員の死者は、反政府勢力が547人、ISの構成員は381人という。ロシア国防省は「民間人の死者はいない」としていた。

CNNテレビは先に、ロシアがラタキアに600人規模の地上部隊を派遣しており、反政府勢力やIS掃討作戦に参加する可能性があると報じた。ロシア政界では地上部隊派遣論が出ており、コモエドフ下院国防委員長は「ウクライナ東部で戦闘経験を積んだロシアの義勇兵旅団が今後、シリア政府軍に加わるだろう」と述べた。プーチン大統領は当初、「空爆だけの限定作戦であり、地上軍は投入しない」と述べていた。オバマ大統領は「地上軍派遣は誤りだ」と慎重姿勢を崩しておらず、IS掃討の国際連携の中で、攻撃の主導権を握る思惑がみられる。

懸案は「ホームグロウン」と「原油価格」

こうして、ロシアのシリア軍事作戦は、「アサド政権の要請」から「自衛権行使」を名目にした大規模作戦に転換したが、背景には、IS掃討で国際社会が結束する中、欧米と連携することでウクライナ危機後の国際包囲網を突破する狙いがあろう。パリ同時テロでISへの怒りが国際的に高まり、ロシア国内でもロシア機テロへの反発が強まる中、ISへの大規模攻撃は国際社会と国内世論の支持を得られるとの冷徹な読みがある。

プーチン大統領はフランスを「同盟国」と呼び、海軍に対し、「地中海に進出する仏空母と同盟軍として協力する」よう命じた。IS掃討で仏露は、情報共有など共同作戦を展開しつつある。フイヨン元仏首相はISに対する大同盟を形成するため、ロシアへの経済制裁を解除するよう訴えた。ロシアの空爆について、「泥沼にはまり込む」と批判的だったオバマ大統領も、空爆強化に理解を示し、ロシアを「建設的パートナー」と呼んだ。フランスの仲介で一定の米露連携が実現しそうな気配だ。

プーチン大統領は空爆開始前の9月末、国連総会演説で、「大戦時における反ヒトラー連合のようなIS掃討の大連合」を訴えたが、掃討作戦をめぐる国際構図と枠組みが変わりつつある。ウクライナ情勢への国際的関心は低下し、東部でも停戦実現、分断固定化が定着しつつある。パリ同時テロとロシア機爆破が、プーチン外交に有利に作用した形だ。

空爆強化の陥穽は、ロシアの人口の14%、2000万人に上るスンニ派イスラム教徒の中に潜むテロリスト予備軍の存在だろう。イスラム教徒の9割はスンニ派空爆に反対しているとの報道もあり、ロシアの「ホームグロウン」(自国育ち)の動向が不気味だ。

もう1つの不安は原油価格下落だろう。空爆開始による地政学リスクで10月初めに1バレル=50ドル台を付けたドバイ原油価格は、中国の経済減速などを受けて下落し、11月20日には同39ドル台の安値となった。ロシアの来年度予算案は1バレル=50ドルを前提に策定されたが、原油価格の低水準が長期化すれば、空爆を支えるロシア経済自体が持ちこたえられなくなる。

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名越健郎

1953年岡山県生れ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社、外信部、バンコク支局、モスクワ支局、ワシントン支局、外信部長を歴任。2011年、同社退社。現在、拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学東アジア調査研究センター特任教授。著書に『クレムリン秘密文書は語る―闇の日ソ関係史』(中公新書)、『独裁者たちへ!!―ひと口レジスタンス459』(講談社)、『ジョークで読む国際政治』(新潮新書)、『独裁者プーチン』(文春新書)など。

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(2015年11月20日フォーサイトより転載)