今日は朝からこのニュースが大きく報道されていました。
子供のことを考えると、いたたまれない気持ちでいっぱいになります。
なぜ、こんなことになってしまったのか......
このニュースを報道していたワイドショーで、街の人やコメンテーターの反応は、くっきり二つに分かれていたんですよね。
ひとつは、「こんなふうに、ネットとかを通じて、見ず知らずの人に自分の子供を預けるなんて、信じられない!」という人たち。
そしてもうひとつは「お母さんの気持ちもわかるし、こういうサービスが無くなってしまうと困る」という人たち。
前者は比較的声が大きく、後者はやや躊躇いがちに。
このニュースのあとだと、そうなりますよね......
僕は今回の件について、今の時点では「なんでこんなことに......」としか言いようがありません。
でも、「ネットでマッチングするような『いいかげんなこと』をした親が悪い」とは、どうしても思えなくて。
「知っている人か、せめて顔合わせくらいは事前にしておかないと」というのは、正論だとは思うのです。
ただ、現実問題として、知っている人に頼めないことがあるからこそ、シッターサイトに登録しているわけで。
親に頼むといっても、遠くに住んでいたり、親そのものも介護が必要、なんて状況もあります。
そもそも、「顔見知りの、長年のつきあいのベビーシッター」だって、隠れて虐待をしていたケースは少なからずあるんですよね。
そして、会って少し話したくらいでは、明らかに挙動不審な人物でなければ、その人の内面なんて、わからないものです。
「一目会えばわかる」なんて、どんな超能力者なんだ、と。
以前、一緒に働いていた人に、こんな話を聞きました。
私の友達は内科医なんだけど、ダンナの留学で、家族で地元から遠いところに引っ越したんだよね。
そこで子供が生まれたんだけど、どうしても「普通に」仕事がしたいって。
医者の世界って、仕事を離れると、最前線でやっていくことはどんどん難しくなっていくし、ここでずっと育児のために休んでいたら、みんなから遅れてしまうのが怖いって。
それで、臨床医として、普通に病院に勤めていたんだけど、そうすると、夜間とか休日の緊急呼び出しもあるよね。
いつも定時に上がれれば保育園に預けて、というのも可能なんだけど、夜の緊急呼び出しは、保育園ではどうしようもない。ダンナも忙しい科の医者だったから、夜も何時に帰ってくるか、いや、帰ってくるかどうかさえわからない。
だから彼女は、仕事を続けるために、3件のベビーシッターと契約してたんだって。
緊急時に預かってくれるというのも含めての契約なんだけど、1件だけだと、相手も事情で預かってくれないこともあるから、何らかのトラブルがあっても、どこかで必ず預かってもらえるように、3件。
えっ、それはお金がかかったんじゃないか?って。
もちろん。
医者としての自分の稼ぎは、ほとんどそのベビーシッター代で消えてしまってたみたいよ。
それでも働きたかったし、自分だけが仕事で置いていかれるのは、どうしても嫌だったんだって。
僕はこれを聞いて、「そこまでしなくても......」という言葉を口に出しかけて、あわてて飲み込みました。
そう思うのは、僕が「ダンナ側」だからだよなあ、と気づいたので。
この女性医師の場合は「自分のキャリアのため」だったのですが、たぶん世の中には「生活のため」に、より一層切実に「働かなければ食べていけない」人もいるわけです。
この女性医師は、それなりの稼ぎがあったので、親のサポートが得られない状況下でもこういう手段をとることができたのですが、こんなことができるのは、ごく一握りの人だけです。
むしろ、これまで「緊急呼び出しがあるような仕事についていた人」は、どうしていたのだろう?と考えてしまいました。
小さな子どもがいるのなら、そんな仕事には就くべきではない、という意見もあるのでしょうが......
ネットでの「ベビーシッターマッチング」が怖い、という気持ちはよくわかります。
僕だって、知らない人に自分の子供を預けるのは避けたい。
しかしながら、保育園にすらなかなか入れない日本の状況を考えると、これを福音だと考えている人が少なくないというのも想像がつくのです。
こんな事件があった直後で、不安になりながら、今日も預けている人がたくさんいることも。
これを読んで、「そのマッチングサイト」だと言われているものを覗いてみたのですが、僕はそんなに「怖い」とは思わなかったんですよね。
そもそも、ベビーシッターにはちゃんとした「資格」がないので、何を安全基準にすべきなのか、わからないところもあるし。
このサイトでも、大部分のマッチングは「問題無し」で終わっているわけで。
「どうしても急いで子供を預けなければならない親」がいて、「その時間に都合がつく、子供を預かれる人」がいて、それを結びつけられるようになったのは、けっして、悪いことではないはずです。
「こんなサイトが必要な現代日本社会」を嘆きたいのはやまやまなのですが、嘆いてみたところで、社会が急に変わるわけでもない。
そんないまの日本社会でも、生きていかなければならないから、「窮余の策」として、こういうサイトが誕生したのですよね......
「容易に配偶者や両親、あるいは友達に子供を預かってもらえる親」にとっては「ありえない話」なのかもしれないけれど。
この事件だけで、「ベビーシッターのマッチングサイト」が全否定されるようなことがありませんように。
もっと安全性を高めるような工夫はできないのかな、とは思うのだけれども、実際にその方法を考えてみると、なかなか確実なものはなさそう、でもあるんですよ。
「他人の内面なんて、わからない」から。
唯一「予防策」として現実的に可能なのは、「親族やご近所と日頃から子供を預けられるくらい仲良くしておく」くらいしかなくて、それが「とてもめんどくさいこと」であるのもまた事実なわけで。
ただ、「なんでそんなところに、子供を預けたんだ!」って母親を責めるのは、やめてほしい。
いちばんそれを後悔しているのは、この母親にきまっているのだから。
(2014年3月18日「いつか電池がきれるまで」より転載)