左から赤尾さん、福本さん、前川さん
児童養護施設で暮らす子は原則18歳になると退所を迫られる。小さいころに受けた虐待で負った心の傷を抱えたまま社会に出て、つまずくこともある。頼れる実家がなく、失業をきっかけに路上生活に陥るケースも。社会福祉法人白十字会林間学校「あすなろサポートステーション」(神奈川県藤沢市)は県の委託を受け、昨年7月から退所者のアフターケアを始めた。開所から1年がたちニーズに見合う資金や人手の不足に直面している。
「死ぬ気もないからただ生きていただけ」――。
今年3月に"あすなろ"にやってきた20代の男性は路上生活をそう振り返ったという。将来や自立にも希望を持てなかった。
男性は高校卒業と同時に施設を退所。住み込みの仕事に就いたが、うまくいかず退職した。実家には頼れず、住む場所、仕事、人とのつながりを一気になくした。
数年間日雇いの仕事を転々とし、1年ほど路上生活した末、トラブルをきっかけに退所した施設を頼った。
あすなろスタッフの福本啓介さんによれば、職員に付き添われ、あすなろに来た当初、男性はうつむきがちであまり話さなかったという。福本さんは男性の生活を立て直す支援を開始した。
仕事は男性が介護職に関心を示したため、一緒に介護施設を見学。施設の協力でインターンも経験した。施設の人や男性と対話を重ねて丁寧につないだ結果、男性は8月から非常勤で働くまでになった。
男性は定期的にあすなろに通う。「今の自分には希望がある。仕事を続けたい」と前向きな話をするようになったという。
あすなろの支援対象は原則、県内の政令市などを除く地域の児童養護施設(18カ所)退所者ら。
中には幼いころの虐待による心の傷が癒えないまま社会に出て、仕事でつまずき、男性のように路上生活に陥ったり、生活保護を受給したりするケースもある。
早めに施設にSOSを出せないのか。
福本さんは「退所者は職員が身を粉にして働く様子を見て育つため、気を遣い相談しにくい」と理由の一つを指摘する。児童養護施設でも働く赤尾さゆりさんは「職員はアフターケアの重要性を分かっていても、入所児のケアもあり対応が追いつかない。休日に自費で支援することもある」と現状を明かす。そのため「あすなろには、困ったら気軽に相談してほしい」と福本さん。
■支援機関に付き添ってつなぎ、支える
あすなろの活動は退所者支援だけではない。施設で暮らす中高生に、退所後の生活や進学、就職に向けたサポートを行う。退所後に相談しやすい関係をつくる狙いもある。
支援対象の18施設には1人ずつ、パイプ役の職員「あすなろサポーター」がいる。毎月連絡会を開き、連携できる体制を整えている。職員から支援に関する相談を持ち込まれることも多い。一緒にケースに対応していくことで、施設のアフターケア機能を上げることも期待されている。
相談は月約50件に上る。県などの補助金は年約790万円。専任職員は福本さんのみで、あとは他の施設と掛け持ちの非常勤が2人。退所者が困っていれば、情報提供で終われない。支援機関に付き添ってつなぎ、支える。継続的に気に掛ける必要もあり、人手は足りない。
国は今年度、あすなろのような「退所児童等アフターケア事業」を増やす予算を組む。民間も含め、自立支援の充実に向けた動きはある。
それでも手の届かない人はいる。代表の前川礼彦さんは「アフターケアのニーズは多い。自立支援を強化する第一線のこの事業があまりに弱い。需要に見合う制度を整える必要がある」と訴える。
あすなろでは支援会を作り、企業や個人を問わず1口5000円の会員を募集している(TEL0466・54・8917、shonan.asunaro@gmail.com )。
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