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2014年05月05日 15時52分 JST | 更新 2014年05月05日 16時06分 JST

「イギリスにおける国家機密と報道の自由について」(最終回) メディア周辺のことを考えてみよう

 昨年末、「マスコミ倫理懇談会」全国協議会の「メディアと法」研究会で、「イギリスにおける国家機密と報道の自由について」という題で講演をしました。以下は講演内容の記録に若干補足したものです。

質疑応答

質問=(新聞)報道を規制する委員会に関する法案も通っているのになかなかできず、進んでいないというお話でしたが、その中でガーディアンの事件(NSA報道)が発生した。ガーディアンの事件とこれと絡んでくるのではないかと思います。ガーディアンに対して世論の反発が非常に強く、他のメディアもガーディアンには賛成していないということになれば、すんなり委員会も実現しそうな感じがしますが、いかがでしょうか。また、今回の件でガーディアンの部数は減らなかったのでしょうか。

小林=今回のガーディアンの報道を通じて、規制機関の立ち上げがより容易になるかというと、そういう感じでもありません。

 この新しい規制・監督組織は自主監督規制組織ですので、各新聞社がそこに入れば形としてなす感じになりますが、相変わらず各新聞社がばらばらで意見がまとまらない状態です。規制組織が立ち上がらない一番大きな理由は、各新聞社の間に大きな溝があるからです。

 携帯電話の盗聴を行った新聞を発行していたのが、メディア王と言われるルパート・マードックが所有しているNewsUKという会社です。NewsUKは、イギリスで最も売れている日刊紙の1つ、サンを発行しており、ガーディアンやファイナンシャル・タイムズなどと全然違うスタンスをとっています。相変わらず、一般人や著名人のプライバシーを侵害するような報道を続けています。新聞社間が敵対関係であるために、みんなで頑張ってこの組織に入って、報道被害をつくらないようにしようということにはなりにくい。

 本音としては、国会にしろ、国民にしろ、ガーディアンにしろ、多くの人が新しい新聞の規制組織は新聞業界とは独立してあるべきだと感じていると思います。ところが、大手のNewsUKの人やまた別の大衆紙デイリー・メールを発行する新聞社は自分たちの息がかかった、自分たちの意見が通る組織にしたい。PCCを少し変えたような団体を来年の5月までにつくろうとしているのですけれども、そこには、例えば委員会のメンバーに新聞社にいた人を入れることを望んでいる。ところが、政府が成立させたがっている規制組織や国民が望んでいるのは、本当に新聞業界から独立した組織を期待していますので、意見が合わないような感じです。

 部数は、ガーディアンだけでなくてほかの新聞も全部減っています。その減り方がかなり大きい。1年前と比べると、大抵10%は減っています。毎月、日本のABC協会に相当する組織が数字を出すのですが、前年比で数%から10%ぐらい減っており、非常に危機的な状態です。ただ、その一方で、ウェブサイトの訪問数やユニークユーザー数は毎月増えております。

 ガーディアンに関しては、いまのところ、ウェブサイト上の記事を全部無料で出していますので、それを有料にしたほうが良いのではないかという声もたくさんあります。

 ガーディアンについては、確かにイギリスの中では社説でNSA報道を支持する新聞は少ないですが、質の高いジャーナリズムを提供している新聞として尊敬されている感じはあります。特にアメリカで高い評価を受けていると聞いています。ガーディアンのアメリカ版というウェブサイトもつくっていますが、そこに読みに来る人が非常に多いのです。

 ただ、NSA報道の結果、部数が増えている可能性もあります。1面にスノーデンさんの顔写真が大きく載ったりすると買う人が多くなる。イギリスでは店頭売りが多いので、紙の部数が伸びている可能性はあると思います。

質問=イギリスの諜報組織、特に通信傍受専門組織のGCHQの話が出ましたが、これはアメリカのNSAと緊密な連携をとって、英語圏の5か国のネットワークの中で、相互に情報をやりとりしているのではないかということはわかります。TPPについても、環太平洋ではアメリカ、カナダ、それからシンガポール、オーストラリア、ニュージーランドという、いわゆる英語圏の中における情報のやりとりがかなり密に行われているとすれば、日本が置かれている状況について教えていただけますでしょうか。

小林=ファイブアイズの5カ国の中で互いにスパイ行為を行わないという取り決めがあるそうです。

 メルケル独首相の携帯電話からNSAが情報収集していましたが、5か国の間ではそういうことをしていない。アメリカの広報官が、メルケルさんの携帯電話のNSAによる盗聴について聞かれたときに、「現在はしていないし、これからもしない」というふうに答えたというのが報道されていましたけれども、結局、過去にしていたということは否定していない。ところが、イギリスのキャメロン首相については、携帯電話については過去も現在もこれからも盗聴することはないというふうに言っていました。

 GCHQがどれほどNSAに協力しているかですが、ガーディアンによりますと、NSAがGCHQに資金を出して、諜報活動などをやってもらっているそうです。

 03年に、日曜紙のオブザーバー紙も具体例を報道しています。この年、イラク戦争がありましたね。アメリカやイギリスは、国連でイラクへの武力行使を可能にする決議案が採択されるよう、奔走していました。このとき、NSAの高官がGCHQに指令を出したメールがあったそうです。そのメールには、GCHQに対して、当時常任理事国であった複数の国の事務所から情報収集をしたり、盗聴をするよう依頼していました。これをオブザーバー紙にリークしたのがGCHQに勤めていたイギリス人女性でした。女性は辞任を余儀なくされました。

 実はメルケルさんの携帯電話のNSAによる盗聴が発覚したときに、欧州の首脳陣とアメリカとの間で自由貿易、いわゆるTPPのような交渉があったのですけれども、その中に、互いに対する諜報活動はしないようにするという項目を入れようという動きがあったようです。シュピーゲルというドイツの雑誌が書いているのですが、キャメロン首相の賛同が得られなかったようです。

 いざというときにイギリスはアメリカの肩を持つ。EUといいましても、イギリスはドイツ、フランスとは隔たりがあるわけです。

 ただ、もちろんドイツとかフランスとか、そういう主要国、あるいはブラジルもそうですけれども、ほかの国の諜報機関がNSAから情報をもらっていないわけではなくて、いろんな諜報情報の交換があるわけです。

 特に、メルケルさんの携帯電話の盗聴行為が発覚したとき、同時にニューヨーク・タイムズやガーディアンが、実はNSAは、フランス、イタリア、スペインの数百万人単位の市民からいろいろな情報を収集していると報じました。それに対して2、3日後にNSAのアレクサンダー長官は、NSAが実際にフランスやイタリアの国民から直接情報を収集しているわけではなく、それぞれの国の諜報機関が集めた情報をもらっているだけであるというような発言もしていました。

 ブラジルでもどこでも表向きは最初怒っていました。でも、実際には互いに情報をもらっていて、ドイツもそうだった。

 シュピーゲルの記事によりますと、ドイツもかなり怒ったものの、実際は、ドイツにも諜報機関があるわけで、自分たち自身ももっと諜報の範囲を広げたいと思っている。NSA報道があったのは6月の上旬でしたが、6月の末ぐらいにはオバマさんがドイツに来ることになっていました。

 ドイツ市民の中では、反オバマの運動や抗議があったようですけれども、政府はそれをなだめるかのような行動をとってきた。そして「オバマ氏はドイツ市民には諜報活動をしていないと言っている」と発表することで、ドイツ市民の中に沸き起こったアメリカ政府あるいはアメリカのNSAに対する不満感、不安感をおさめるような、なだめるようなことをしてきました。

 ですので、10月にメルケルさんの携帯電話が盗聴されていたということが発覚したとき、ドイツ市民としては非常に裏切られたような形になってしまった。メルケルさんは携帯電話の事件発覚、お互いスパイ行為をしないといったことを交渉しに高官をアメリカに派遣しました。でも、いまのところそれは形にはなっておらず、シュピーゲルによりますと、落胆して帰ってきたとのことでした。

質問=ありがとうございました。私は第2次世界大戦に関する取材のためにナショナルアーカイブスにずっと通ったことがあるのですが、イギリスの諜報機関は日本の大島大使が日本に打電した内容をキャッチしていました。日本の南部仏印進駐が始まったときにも、情報をアメリカに流した。当時、アメリカのコーデル・ハルという長官が対日戦線の引き締めをやっていましたが、イギリスがアメリカに対して解読した暗号の内容を提供していたこともかなり大きい。結局は真珠湾も解読されていたのではないかと思い、調べてみましたが、遅くともミッドウェーの前にはもう確実に全部解読したものが渡っていて、日本は大敗した。その流れが戦後にも続いているということが少しわかったと思います。

小林=そうですね。戦時中の協力体制があって、46年から正式な関係になったというふうに聞いていますので、ずうっと続いているということですね。

司会=イギリスの階級社会についてですが、いわゆる情報の質というのは、地位や身分によって差があるということだと思いますが、日本人など有色人種やゲルマンに対しては、いまだに警戒感があり、インナーサークルには入れないということでしょうか。

小林=そういう面もあるのかも分かりません。

 ですけれども、英米人の知識層の考え方というのは、あくまでもイギリスやアメリカの国の中で培った一定の価値観でしかなく、何か自分たちより劣っている人種や国があるというような考え方より、自分たちの考えの枠の外で考えることができないのだと思います。

 ただ最近、ここ数十年のイギリスの歴史だけを見ますと、人種や性別、社会的立場で差別してはいけないという意識が強くなっており、法律でも差別が禁止されていますので、非常に皆さん敏感です。

質問=イラク戦争に関する検証について伺いたいのですが、実は大量破壊兵器がなかった、あの戦争は何だったのかというのは非常に大きな問題になりましたが、当時のイギリス議会及びメディアでのイラク戦争の開戦や参戦の責任に関する議論や取り組みについてどのように評価されていますでしょうか。

小林=イラク戦争というのは、メディアにとっても国民にとっても政治家にとっても非常に大きなトピックです。大きな反戦運動もありました。何百万人規模で毎週のように反対運動がありまして、政治家も真っ二つに分かれた。テレビでは、アメリカの政治家がなぜイラク戦争が必要なのかについて話している様子が報道されていましたが、その後、開戦理由をめぐって、税金を使って、複数の調査委員会が発足しました。

 例えばBBCは、「政府が大量破壊兵器はないということを知りながら、イラクの脅威を強調する文書を作成した」と報道しました。これを検証した調査委員会は、04年2月、「誇張した証拠はなかった」とする報告書を出し、BBCの報道は正確ではなかったと結論付けました。BBCの記者だけでなく経営陣トップ2人も辞任しました。上のトップ2人が同時に辞任するということは、BBC史上初めてです。

 諜報情報の正確さを検証する調査がその後に行われ、04年7月に報告書が出ました。イラク戦争開戦前に出た、いかにもイラクが危ないという印象を与えた政府文書では、イラクの脅威を誇張するようにと政府が情報機関に圧力をかけた部分があったことを示唆しました。複数回調査が行われ、報告書が出てもまだ秘密は残っています。

 こうした過程を通じて、もう二度と戦争をするための理由がしっかりしていないままに、かつ国民からの大きな支持がないままに戦争が起きないようにするための土壌ができた気がします。それがあらわれたのがシリアだというような気がします。

質問=いまのお話は、かなり新しい話を伺えたと思います。イギリス国内ではその都度報道されていても、日本ではあまり伝えられていないと思います。イラク戦争に関してはイギリス国内で、議会でもいまだに検証が続いているというのは、今回の特定秘密保護法案を考える際に、日本の読者にとっても非常に貴重な情報だろうと思います。非常に地味なテーマで、スペースはかなり要るし、あまりデスク好みではないかもしれないですけれども、伝えることは重要だと思います。

小林=日本ではイラク戦争を検証する会というのがジャーナリストの志葉玲さんなどを中心にして起きているものの、なかなか形にならないようです。イラク戦争は03年だったので、日本の中では風化している感じもしますけれども。

司会=イラク戦争に関してはチルコット委員会の報告書がまだ出ていないようですが、02年末の国連安保理の説明で、当時のパウエル国務長官が「大量破壊兵器はあります」という説明をしていました。あのときもドイツ、フランスは反対していましたが、ラムズフェルドが強引に押し切った。そしてパウエルさんは後で、あのとき実は虚偽の説明をしたと白状した。あれ以降でも、そのチルコット委員会のペーパーをもっと早く出せという機運はイギリス国内では進んでないのでしょうか。

小林=報道機関はかなりプレッシャーをかけていると思いますし、政権も変わったので出してもいいはずですが、報告書が出ないこと自体、やはりまだ多くの秘密書類が隠されているということだと思います。

司会=イラク戦争におけるイギリス政府の決断について学習したことが、シリアの開戦で国民を挙げての反対につながったということは非常に重要だと思います。

質問=お話を伺っていて、英米圏の国々というのは、メディアの国籍性を結構越えられる可能性があるのではないかと思いました。キリスト教文化などをはじめとする同じ文化的な素養があるので、秘密や戦争をめぐる判断、議論も、国境を超えて広げられていくかもしれない。日本はそういう意味ではかなり厳しいと思いますが、いかがでしょうか。

小林=国籍性については、放送の歴史を見ると、英米が独占し、世界に広がっていった部分があります。両国は第2次世界大戦の戦勝国でもあり、そういう意味でアングロサクソン系の価値が広まったような部分があります。米英欧の思想や社会的な価値観は日本を含む世界に広がりましたが、必ずしもユニバーサルな普遍的なものとはいえないのではないでしょうか。イギリスに住んでみますと、ほかの欧州の国についての報道が少ないのも含めて、何か限界を感じたりもします。米英の価値観はあくまでそれぞれ固有の価値観にとどまっているのではないかと思います。

司会=日本のメディアの一般市民に対しての対応といいますか、例えば最近、いわゆる各社が一般市民の事件、事故の対象に対して、ワッと押し寄せる、「メディアスクラム」というのが非常に問題になっておりますが、小林さんの視点からごらんになって、日本の一般市民に対するメディアのアプローチというのはいかがでしょうか。

小林=メディアスクラムといった問題はイギリスでももちろんあります。事件が起きたら、犯人かどうか確定していないのにその人のところへみんな集まっていろんな情報を探し始める。

 ただ、一つ大きな違いは、市民のほうがある程度情報を出しているという点だと思います。例えば何か事件、事故があったときに、自分から実名とともに情報を出すことがあります。実名を出すか出さないかは非常に大きな問題だと思いますが、イギリスでは実名を出すことが普通になっています。

 ついこの間も、イスラム教徒のある家に、若い人が火炎瓶か何かを持ち込み、ご主人以外は全部死んでしまった。反イスラム、イスラムバッシングの一つだったのですが、日本だったら、被害者の名前や顔を出さないかもしれません。でも、ご主人の場合、奥さんを含め家族全員失ったにもかかわらず自分で声明文を書いて、カメラの前に出て、「皆さん集まってください」と言って、写真を撮ってもらっていました。そして、自分はいまどんな気持ちなのかを話し、最後に、「でも、いま非常に悲しみに打ちひしがれていますので、すみませんが、取材はしばらくそっとしておいてください」と言っていました。

 名前がわからないと共有も感動も生まれませんので、イギリスでは実名を出していきますし、みんなそうしています。

 あと、特に秘密法案に関して、たまたま参院で成立したときに日本にいたせいもありますが、やはり市民というか読者、視聴者にもうちょっと近づいた報道姿勢があってもいいかなと思いました。

 今回、参院で可決された日の夜、可決の瞬間を画面で見たいと思って地上波しか見られない実家に帰りましたら、可決に関する報道をしているのは「報道ステーション」だけでした。そして最後の投票のところは、もう時間切れで放送されませんでした。

 ネットで見ようとしましたが、イギリスと違って、普通のニュース番組はネットでほとんど放送していない。イギリスだったらBBCの24時間のテレビのニュース、そのほかにもいくつもの選択肢があって、ネットでも同じものを放送しています。

 困ったなと思っていたら、誰かがツイッターで、ヤフーでやっているというので、ヤフーを見たら、国会の様子を流していました。あまり情報はありませんでしたが、それだけでもよくて、可決の瞬間を見ることができました。可決の瞬間がテレビでは見られないことを知ったとき、目隠しをされたような気がしました。知りたいのに知ることができない。地上波の場合、ほとんど定時のニュースしかないというのは不便だと思います。報道体制は24時間なので、いま何が起きているか知りたい人もいるのに、見たいという希望が実現されない。

 なぜそうなのか、テレビ局の人に聞くと、例えば視聴率が取れない、お金がない、広告も下がっているなど、山ほど理由を挙げてくれます。でも、できることはあると思います。

 報道機関にいて、すごくベーシックなことだと思いますが、こんなに騒いでいる、注目を集めている話題なのだから、どうやって可決されたのか、テレビに小さな画面を出すのでもいいですし、新聞社のウェブサイトに小さく載せるのでもいいですから、お金使わなくても、国民の知りたい情報を伝える最低限のことができるのではないでしょうか。

 まず越えるべきステップは、その報道を担当している人が、自分が強く知りたいと思ったこと、国民も知りたがっているだろうことについて、上司の許可をとるとかではなくて、ツイッターでも何でもあらゆる手を通じて提供するということだと思います。そうすることで視聴者との距離が近くなるのではないかと思います。

 このインターネット時代に、お金をかけたり、会社の組織を大きく変えたりしなくても、自分自身が知りたいと思っている、そしてきっと視聴者も知りたいと思っているだろうことをすぐ伝える、伝え続けるということは重要ではないでしょうか。そういう意味で、市民ともっと近くなる、そしてニュースにもっと敏感になるということは、より良い、より質の高い、国民から理解されるメディアになる、報道機関になるために必要なのではないかと思いました。(終)

(2014年4月28日「小林恭子の英国メディア・ウオッチ」より転載)