マレーシア:政府批判を犯罪扱いするな

政府は抑圧的な行動について、平和的な表現に刑事罰を科すことを認めた、広くあいまいな文言で構成される国内法を根拠にしている。
Zunar Human Rights Watch

(クアラルンプール) -- マレーシア政府が批判的意見を沈黙させるべく刑法に訴えるなか、公開討論と言論の自由のための場が急速に縮小していると、ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表の報告書内で述べた。11月18日、安倍首相、オバマ米大統領ほか世界各国の指導者がマレーシアの首都クアラルンプールに集結するが、これは厳格なマレーシア国内法の改正と検閲の廃止を促す好機といえる。

ヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア局 局長ブラッド・アダムスは、「ナジブ・ラザク首相とマレーシア政府は、平和的な表現を犯罪とみなす国内諸法を改正すると約束しながら、再三にわたりその約束を破ってきた」と指摘する。「政府は批判を犯罪として扱うことで、民主主義および基本的権利を保障しているとする自らの主張を愚弄している。」

報告書「恐れの文化創造:マレーシアにおける平和的な政府批判の犯罪化」(全145ページ)は、公共の利益に関する討論など平和的な表現を犯罪とみなし、広くあいまいな一連の文言で構成される諸法を、政府が利用・悪用している実態を調査・検証したもの。また、深夜の逮捕や不当な再拘留、不平等な訴追など、法的手続の濫用の傾向にも光をあてている。

本報告書は、煽動法・活字メディアおよび出版法・コミュニケーションおよびマルチメディア法・平和的集会法、そして刑法の様々な条文の徹底的な分析を基にしている。併せて市民社会活動家、ジャーナリスト、弁護士、研究者、野党政治家への聞き取り調査、政府の公式声明分析、言論の自由または平和的集会をめぐる刑事訴訟関連の記事分析も含まれる。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは内務相、検事総長、警察署監察総監、コミュニケーションおよびマルチメディア委員会委員長に書簡を送付。本報告書で提起した諸問題についての考えを求めたが、回答は得られなかった。

ラザク首相が2009年4月に政権の座についたとき、「人権を支持する」ことや「人びとの基本的権利を考慮する」ことを公約した。しかし、2013年選挙で与党連合が敗北した後、政府批判に対する取締りが始まる。数々の社会問題に関するメディアの批判的な報道や一般の不満に直面し、政府の弾圧はこの1年で悪化した。これら社会問題には物品・サービス税の課税から、首相自身が経営諮問委員会委員長を務める政府系投資会社ワン・マレーシア開発(1MDB)をめぐり過熱する汚職スキャンダルまで、多岐にわたる。

こうした問題の実態に関する議論を交わす代わりに、政府はむしろ野党政治家や活動家、ジャーナリスト、一般市民で批判的な意見を持つ個人を逮捕、そしてしばしば訴追することで応えている。批判的な立場をとる新聞2紙も、3カ月間の出版停止処分を受け、数々のウェブサイトが遮断されたり、平和的な集会が「不法」のレッテルを貼られたりしている。

政府はこうした抑圧的な行動について、平和的な表現に刑事罰を科すことを認めた、広くあいまいな文言で構成される国内法を根拠にしている。これは諸権利の国際的な法的保護基準にそぐわない。

前出のアダムス局長は「マレーシアはメディアを遮断し、批判者を沈黙させるのをやめるべきだ」と述べる。「国際社会はこうした行動にますます注目しつつあり、法の支配が脅威にさらされていると指摘している。」

本報告書で調査・検証した多くの問題のなかには、マラヤ大学法学部アズミ・シャロム博士が、6年以上前に政府がペラ州で取った行動は違法だとする法的な意見を表明したことで、現在、煽動の罪に問われ裁判に直面しているケースがある。

氏は自身の発言が煽動的とみなされたことに驚きを隠さなかった。「私は法的見解を表現した法学部の教授であった」と述べている。マレーシアの最高裁判所であるマレーシア連邦裁判所は2週間前、氏が煽動法を違憲とした訴えを退けた。連邦裁が、マレーシア憲法の言論の自由をめぐる条文に、同法が違反しないと判断を下したことで、氏の事案は公判手続きに入ることになる。

アジアでもっとも著名な風刺漫画家の一人で、ズナールのペンネームで知られるズルキフリー・アンワル・ウルハケ氏は、汚職から警察の人権侵害行為まで、幅広く現在の政治問題を漫画で風刺する。それゆえに長きにわたって、政府による嫌がらせの標的となってきた。ズナール氏は9件の煽動罪で訴追されているが、アンワル・イブラヒム元副首相に対する同性愛行為による罪の有罪判決を、連邦裁が支持する判決を下したことをツイッターで9回批判したことがそれぞれ対象となった。

マレーシア当局は複数の法律を適用して、氏の本を何百部も出版禁止および没収。本の印刷会社に対しては、出版ライセンスを取り上げると脅した。そして氏自身のみならず、スタッフも捜査している。もしすべての罪で有罪判決が確定すれば、最長で43年の禁固刑が科されることになる。

自由で公正な選挙のための連合(Bersih)のマリア・チン・アブドラ議長は、2月の不法な「路上デモ」に参加したとして訴追されている。議長はアンワル元副首相の事案をめぐる連邦裁の判決に抗議する一連の集会のひとつに参加していた。起訴されたのは、汚職と闘うための組織的改革や、ナジブ大統領に1MDBに関する説明または辞職を求めた34時間の大規模な抗議集会を、 Bersihが平和的に主催した一週間後だった。

政府は集会を「違法」とし、 Bersihのロゴと黄色の公式Tシャツを禁じて、アブドラ議長をはじめとする集会組織関係者6人を召喚。最長で20年の刑を定めた刑法の第124章に觝触する、「議会制民主主義に有害な行動」疑惑のためだ。

ヒューマン・ライツ・ウォッチはマレーシア政府に対し、政府への批判的な言論、および平和的な集会への参加で係争中の事案を取り下げ、人権侵害的な捜査および訴追をやめるよう求めた。マレーシアは、政府批判者に嫌がらせをしたり、彼らを拘禁するための法的手続きという人権侵害を停止すべきだ。かつ、言論や集会に刑事罰を科す諸法を改正または廃止することで、これら法律を国際的な基準に合わせるべきだろう。

前出のアダムス局長は、「2014年3月には国連人権理事会に対し、国際人権基準に即して改善するための措置をとることを、マレーシア政府は公約した」と指摘する。「国際社会で『人権尊重の国』と真剣にとらえられるためには、この公約をまもり、現在進行する反対・批判意見の犯罪化をやめなければならない。」

Region / Country アジア, マレーシア

(2015年10月27日 「Human Rights Watch」より転載)

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