援助乏しく、救済手段もなく、ますます弱い立場に置かれる難民の女性たち
難民女性はシリアでの死と破壊から逃れてきた。レバノンでは安全な居場所が提供されるべきであり、性的な人権侵害の被害に遭うのはおかしい。政府と支援団体は、弱い立場に置かれた難民が、性的な嫌がらせと搾取の被害に遭っている現実を直視し、その防止のために、権限の範囲内でできることはすべて行なうべきだ。
リーズル・ゲルントホルツ、女性の権利局長
(ベイルート)-レバノンに逃れたシリアの難民女性が、雇用者、家主だけでなく、宗教系の援助団体スタッフからも性的嫌がらせの対象となっていると、ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日述べた。ヒューマン・ライツ・ウォッチは10数名の女性に面会し、身体を触られたり、望まないことをされたり、性行為を強要された実態について聞き取りを行った。
ヒューマン・ライツ・ウォッチが聞き取りを行った女性たちは、地元当局に事件を訴えることはないと話す。当局が対処に動くとは思えないだけでなく、実行者からの報復を受けたり、正式な滞在許可証を持っていないために身柄を拘束されたりする恐れがあるからだ。
ヒューマン・ライツ・ウォッチの女性の権利局長リーズル・ゲルントホルツは「難民女性はシリアでの死と破壊から逃れてきた。レバノンでは安全な居場所が提供されるべきであり、性的な人権侵害の被害に遭うのはおかしい」と述べる。「政府と支援団体は、弱い立場に置かれた難民が、性的な嫌がらせと搾取の被害に遭っている現実を直視し、その防止のために、権限の範囲内でできることはすべて行なうべきだ。」
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、2013年8月から9月にかけて、シリアからの難民女性12人に個別に聞き取りを行った。女性たちは、性的な暴行や嫌がらせ、性的搾取未遂を時には繰り返し経験している。加害者は雇用者、家主、地元の宗教系支援団体スタッフ、地域の人々で、発生場所はベイルート、ベカー高原、レバノン北部と南部だ。12人のうち8人が、すでに夫が死亡したか未婚、あるいは夫がレバノンにいない。なお全員が国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)から難民認定を受けている。
ダマスカス出身のハラさん(53)は、夫がシリア政府に拘束されており、ベイルートの郊外で家政婦をして、自分と4人の子どもの暮らしを支えていた。ハラさんはヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、これまで働いた10軒のうち9軒で、性的嫌がらせを受けたか、性的搾取の未遂行為に遭ったと述べた。男性の雇い主は胸を触ったり、性行為を強要したほか、ハラさんの16歳の娘と結婚させろと言ってきたという。「こう言われるのです。『俺の相手をするか、娘をよこせば、もっと金をくれてやる』とね。」ハラさんは現在、仕事の斡旋は断っており、教会の支援を受けているという。また、助けてくれるとは思えなかったので、事件をレバノン政府当局や国連に訴えることはなかったと話している。
レバノン北部で家族と兄弟と暮らす、ホムス出身のザフラさん(25)は、ヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、衣料品店で働いていたとき、雇い主に後ろから抱きつかれて胸を触られ、性行為に応じるよう強要されたと話す。その店を辞めた後に働いた2軒の店でも、経営者から性的嫌がらせを受けたという。3軒目で被害に遭った後、うつ状態になり、働きに出るのを止めてしまった。一家は、ザフラさんの収入で月300ドル(約3万円)の家賃を支払っていた。
UNHCRに一度被害を訴えたが、女性のケースワーカーは同情してくれたものの、できることは何もないとの返事だった。ザフラさんは、地元当局に事件を訴えるのは無理だと考えている。自分も家族も有効な滞在許可証を持っていないからだ。「滞在許可証の期限が切れているが、更新するお金がないので、警察には行けない」と話している。
レバノンはシリア難民の受入におおむね好意的だ。外国人に入国税を要求するが、難民キャンプに閉じ込めることはない。しかし、住居が潤沢にあるわけではなく、生計を得る手段も限られているため、金銭的には厳しい状態が生まれており、難民は家主や雇用者、支援団体関係者による搾取の被害を受けている。有効な滞在許可証がないと、難民はますます弱い立場に置かれる。
レバノン政府は、正規入国したシリア難民に対し、6か月の滞在許可証を無料で発給し、6か月の延長も認めている。1年が経過すると、難民はレバノン在住の他の外国人と同様に、1年の滞在許可証の発給に200米ドル(約2万円)を支払わなければならない。これは多くの難民にとってあまりに高額だ。滞在許可証がない難民には、逮捕の可能性がある。
UNHCRによれば、11月20日時点で82万4,000人以上のシリア難民がレバノンに滞在し、難民として登録済か、登録待ちの状態となっている。UNHCRの推計では、シリア難民がレバノンの人口に占める割合は、近いうちに4分の1を超える。レバノンの労働市場は以前から脆弱だったが、現在ではさらに、失業率の増加と資源負担増大の直接的影響を受けている、と世界銀行の最近の報告書が詳しく述べている。
大半の難民が貸し物件に住んでいるが、非正規のテントや、放置された建物や建設が中断されている建物に勝手に住む難民もいる。女性は、特に生計を支えている場合には、住む家や職場で性的搾取や嫌がらせの被害に遭っても、我慢することがある。
レバノンが、シリア難民の膨大な流入に対処する努力を行っていることを踏まえ、ドナー国は、住居、食料、医療のほか、基本ニーズに対する資金提供額を大幅に拡大し、難民が搾取の被害に遭う可能性を極力減らすべきだ。
レバノン政府と国連は、性的な人権侵害に関する訴えを受理するメカニズムを改善し、訴えを理由に罰せられることのないようにすべきである、とヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。レバノンに住む女性で、性的な嫌がらせや人権侵害を訴えるシステムの不十分さによって不利益を被っているのは、難民女性だけではない。しかし難民女性はきわめて弱い立場に置かれており、利用できる手段が限られ、法的地位が不安定なため、人権侵害の申し立てをすることにきわめて及び腰であることが多い。
これまでのところ、UNHCRの保護ユニットが、性的な嫌がらせや搾取を解決するために、調停や、現金の緊急融資などのアドホックな手段を用いている。UNHCR保護担当者は、ヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、UNHCRとしては地元NGOをパートナーに、ジェンダーに基づく暴力の被害に遭った難民に対し、法的支援の提供を検討しているが、具体的な開始時期は未定だと述べた。
この保護担当者はまた、8月にUNHCRは、社会問題省(国営の社会発展センターに報告された、性的な嫌がらせや暴行、搾取への対応を担う役所)を支援し、レバノン北部(ベイルート、レバノン山、ベカー高原)と南部で、事件処理にあたる担当スタッフを複数名指名するのを支援した、という。この社会問題省担当スタッフたちの職責は、性とジェンダーに基づく人権侵害に関するモニタリングと報告などだ。
社会問題省の当局者によれば、担当スタッフたちを指名してからこれまでに、同省は、宗教系援助団体の職員1人から性的な搾取と嫌がらせを受けた、という複数の女性の訴え1件に対処した。同省は、この問題の対応をスンニ派ムスリムの宗教的権威に移送した。この職員は解雇されたが、警察や法的支援団体には移送されなかったため、調査は行われなかった。
社会問題省担当スタッフの設置は有益だが、同省は担当職員に対して、法的支援者を含んだ事件移送の方法や、難民が当局に正式に訴える際の支援について、適切なトレーニングを確実に積ませるべきである。UNHCRと社会問題省は、政府側の担当責任者と国連のケースワーカーが協力して、難民にかかわる事案に対処するようにすべきだ。
社会問題省は、難民にかかわる事案への対応手続きを確立し、実施すべきだ、とヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。この手続きには、被害者の同意があれば、人道的状況におけるジェンダーに基づく暴力に関する機関間常設委員会のガイドラインに従って、健康、心理、法律に関するサービスの提供者に照会を行うことも含まれる。なお、このガイドラインは、国連や各国政府、援助組織が国際基準として受け入れているものだ。
レバノンは1951年の難民条約の締結国ではない。しかし同国政府は、国内法に難民の地位についての条項を定めた上で、難民には在留許可の更新費用の請求を一切止めるべきである。レバノン政府当局は、検察の裁量として、適切に登録されていない難民が犯罪行為を訴えた際、その人物を拘束あるいは逮捕しないようにすべきである。
レバノン政府は、上述の官庁を通じて、UNHCRと共に、性的な嫌がらせや搾取に遭った難民に対して、苦情申立ての権利があることを伝え、訴えを起こす方法とそれ以降の司法的なプロセスの流れを説明するべきだ。これらの機関は、訴えを必ず調査し、実行者を処罰するべきである。社会問題省と内務省は、政府の社会サービス提供者と警察とのあいだに、事件移送ルートを確立すべきである。当局は、性またはジェンダーに基づく暴力の被疑者の訴追に協力した女性については、入管法違反の免責を検討すべきである。
UNHCRや国際援助機関と協力し、レバノンは保護メカニズムの改善を行うべきである。法令を定め、住居や雇用、人道的支援などを難民に提供する民間団体にその遵守を求めるべきである。搾取の被害を減らすために、レバノンは非正規移民の住居について、標準的な取扱を改善し、より強いものにすべきである。
プレッジ済の資金提供の全面実施と、ドナー国からの支援の増額もまた緊急に求められていると、ヒューマン・ライツ・ウォッチは指摘した。UNHCRによれば、レバノンにいる難民について、12億米ドル(約1,200億円)の支援要請を行ったが、10月31日時点で51%しか集まっていないという。11月1日、UNHCRは資金不足を理由に、レバノンのシリア難民への基礎的な支援の3割削減を実施した。
前出のゲルントホルツ局長は「国際社会は、難民女性が、家族を支えるためには性的人権侵害を受け入れざるをえないというような状況に陥らないように、必要なリソースを提供すべきである」と指摘。「レバノン政府と人道団体は、人権侵害を訴えた難民女性の保護と支援を行う制度を導入すべきだ。」
(この記事は、「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」のサイトで11月27日に公開された記事の転載です)