医療ムダ撲滅(その2) 〜 「残薬費1000億円削減」は可能だ

米国式の病院での残薬管理方法を採ることで、日本で年間最大410億円の薬剤費削減が期待できると、慶應義塾大学大学院の岩本特任教授は指摘する。

先月12日の拙稿「医療ムダ撲滅 〜 まず「残薬費1000億円」の削減を目指せ」で、いわゆる残薬問題に関する提言をしたところ、幾つかの御意見をいただいた。せっかくいただいた御意見に応えることも含め、それらに対する考え方を中心に再度考え方を整理しながら問題提起してみたい。

今年6月に決められた「経済財政運営と改革の基本方針2015」(いわゆる骨太の方針)では、「診療報酬・介護報酬を活用したインセンティブの改革を通じて病床再編、投薬の適正化、残薬管理、医療費の地域差是正等を促す」とされた。残薬の削減が医療の効率化に必要であるとの認識が示された。

今月7日に厚生労働省・社会保障審議会が決定した「平成28年度診療報酬改定の基本方針」でも、『医師・薬剤師の協力による取組を進め、残薬や重複投薬、不適切な多剤投薬・長期投薬の削減を推進』することが、医療の効率化の方向性の一つとして提示された。

先月6日の厚労省・中央社会保険医療協議会でも、外来患者の残薬削減の取組事例が提示されるなど、残薬に係る議論がなされている。だが、既に一部で取組が始まっている「外来患者の家庭での飲み残しに関する節約バッグ運動」のような活動を紹介するだけでは、残薬問題への意識はなかなか浸透していかないのではなかろうか。

先の拙稿で取り上げた「病院における残薬」は、その金額の大きさにもかかわらず、まったく手付かずなままだからだ。病院における残薬を削減するための取組が進んでいる米国方式を採ることで、日本で年間最大410億円の薬剤費削減が期待できると、慶應義塾大学大学院経営管理研究科の岩本隆特任教授は指摘する。

だが、私から見ると、その残薬削減のインパクトは過小評価されている。患者に投与されずに液体のまま廃棄された薬剤分の費用については、保険請求ルールが明文化されていないようだ。だから病院は、使わずに廃棄した分も含めてバイアル1瓶分の費用を請求してしまう。

抗がん剤は、投与量が患者の身体の大きさやがんの状態に応じて厳密に管理されている。病院は瓶単位で購入するので、一人の患者に全量使うことはできない。残薬は必ず発生し、必ず捨てられている。身体の大きさが違う2人の患者に対して、同じ抗がん剤を投与すると、投与量は異なるのに支払う金額は同じになる。残薬が必ず発生するメカニズムなのだ。にもかかわらず、残薬に関して保険請求ルールが明文化されていないのは、そもそも制度の欠陥だ。

先の拙稿に対する御意見は、このバイアル残薬の問題について、大きく次の4点に大別される。

(1)削減額1000億円程度では、医療費総額40兆円に比べて小さ過ぎるのではないか。

(2)病院での残薬量をどう監査するのか。

(3)監査を厳しくし過ぎると病院が潰れるのではないか。

(4)製薬会社が推奨しない残薬再使用で事故が起きたらどうするのか。

上記(1)〜(4)それぞれの点について、次のようなことが言えるだろう。

(1)バイアル残薬の削減効果は、ジェネリック使用促進による医療費抑制効果と比べても、決して見劣りしない。ジェネリック使用による削減効果は、政府の会議などの場で複数の筋から提示されているものとしては、3000億円〜1兆3000億円(※1※2)と幅がある。それぞれの算出に係る前提条件や時期によって削減額が異なるからだ。

さらに、試算されている削減効果が現出するためには、政府が目標としているジェネリック使用率が達成される必要がある。厚労省が使用率を引き上げるべく取り組んでいるので、使用率は毎年少しずつ上昇していくと期待されるが、上記の削減効果がすぐに現われるわけではない。一方、バイアル残薬の削減効果は、厚労省の制度運用によって今すぐにでも現れるものだ。保険請求の支払いを抑制することで医療費を減らすことができる。制度運用の改善が早ければ早いほど、医療費抑制効果も早くから現出することになる。

(2)病院に立ち入って監査をすることについては、制約と限界があることは確かである。各保険組合や支払機関が主体となって行う監査のやり方を、米国の保険会社が行う方式にいきなり切り替えるのは困難だ。まず、それを実行できる能力を持つ人材がそうそういるわけでもない。

ただ、いくつもの不正請求事件が表面化している中で、監査を強化する方向は避けられないはずだ。残薬が保険請求されていないかどうかを確認するためには、例えばバイアルの購入量と請求量を突き合わせるなど、監査主体が工夫をすべき余地はある。

(3)病院経営を脅かすことになってはいけないので、制度設計に工夫が求められるのは当然である。そもそも使った分は保険請求できるし、余った分も廃棄せずに次の患者に使えばきちんと請求できる。そうすれば、廃棄する量は殆どなく、損もしないはずだ。病院の規模にもよるが、次の患者がしばらく来なくなるような病院もあるだろう。そうなれば、安全性を担保するために廃棄せざるを得なくなり、損失が出る場合もあるかもしれない。やむを得ない部分については、保険請求を認めるしかない。

しかし、完璧な制度を構築できないからと言って、改革を進めない理由にはならない。少しでも医療費を抑制していく必要性は今後ますます増えるのだから、可能な部分から減らしていくべきだ。

(4)安全性が担保される必要があることは、前出の岩本氏も強調しているところだ。バイアル残薬問題に既に取り組んでいる米国でも、安全性より効率性を優先していることなど、あり得ない。因みに、日本病院薬剤師会の調査によると、病院で調製後に廃棄している抗癌剤の金額は1年間で約94億円分に達するとのこと(※3)。

この約94億円という金額は、前出の岩本氏の試算方法(≒ 全病院の廃棄金額)とは異なり、個別のサンプル病院(全国187施設)で積み上げた廃棄金額の合計値だ。いずれにせよ、医療界において、残薬問題に対する問題意識が広がっていることは間違いない。

高齢化に伴う社会保障費の『自然増』を、年間5000億円程度にまで圧縮することが国の目標として掲げられている。そうした中で、年間400~1000億円の削減効果をもたらす施策はかなり有望だ。

医療費削減には特効薬はない。本稿で提起したような個別施策を一つでも多く積み上げていくことで、社会保障費の抑制を図るしかない。

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