【前回までの記事】
どの国であれ、よその国のことを知るのはそうたやすくはない。韓国に身を置いて考えるとき、この国の人たちが隣の中国をどう考えているのか、なかなか分かりにくい。私は新聞記者としてソウルに2度勤務し、留学、長期出張を含めると都合7年ほどこの国に住んだ計算になるが、最も分かりにくかったことの一つがそれだった。韓国にとって中国はどういう存在なのか。文正仁教授に率直に聞いてみた。
--------韓国を訪れる中国人観光客の中には「旅行中、韓国人に見下され、不快な思いをした」という人が多い、と韓国紙は報じています。韓流時代劇でも、中国人を悪しざまに描くシーンをよくみかけます。そうかと思うと、「祖先のルーツは中国だ」と誇らしげに語る韓国人も少なくないようです。実際のところ、どうなのでしょうか。
■複雑な中国観
複合的だ。好きでもあり、嫌いでもある。歴史を見れば分かることだ。どこかに支配を受ければ、拒否感の一方で、どこかに敬愛の念も生じ、両方が共存するのだと思う。問題は相手がどうでるかだ。それによって認識も変わってくる。
中国が「東北工程」(高句麗が中国の地方政権の一つだったなどとする歴史研究プロジェクト)のようなものを持ち出したりすれば、感情的に反中国になる。一方、経済依存や中国の発展を考えると、うまく付き合わないといけないという考えが強くなる。
韓国には大きく分けて2つの考え方がある。一つは、歴史的にみて、中国が強大になった時はいつも脅威になるとする警戒論だ。保守的な人、とくに米国との同盟を重視する人に多い。日本に近い人もそこに含まれる。
もう一つは、中国の浮上を現実のこととして受け入れるべきだとする考え方だ。われわれは永遠に米国といっしょに行くことはできない。なるべくなら米国とも中国ともいい関係でいこう、と。
朴槿恵(パク・クネ)大統領はどちらかと言えば、後者に該当する。それは、金大中(キム・デジュン)、盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領の考え方でもあった。一方、李明博(イ・ミョンバク)前大統領は基本的には前者の方で、韓米同盟を強化し、韓米日の3国で協力していこうという考え方が強かった。
--------朴槿恵政権の対中国政策について、もう少し詳しく...。
■米中二股戦略
朴槿恵大統領の言い方に従えば、まず、中国は韓国にとって経済的に重要だ。次に中国は北朝鮮に対して大きな影響力を持っている。だから、核問題を含む北朝鮮の問題、朝鮮半島の問題を解決するうえで中国は重要であり、韓国と中国はいい関係を維持しなければならない、と。
昨年12月初め、バイデン米副大統領が訪韓して朴槿恵大統領に「米国は引き続き韓国に賭ける。(韓国が)米国の反対側に賭けるのは良い賭けではない」と言った。どう解釈してみても「中国の方に寄り過ぎるな」という警告だった。
これに対し、朴槿恵大統領は「中国は、朝鮮半島と北東アジア地域において平和と発展をもたらすうえで重要なパートナーだ」と答えた。あまり注目されなかったのだが、バイデン副大統領にそのまま同調しなかったというわけだ。
韓国としては、安全保障は米国に依存しながら経済は中国に頼る「二股戦略」が現在としては最も望ましいと思える。しかし、問題はこれをいつまで続けられるか、だ。
いくら経済的な利益が重要だからといって中国に寄ってしまえる立場にはない。中途半端な外交をやっていて、米国と中国の両方に捨てられ孤立するということだってありうる。だからと言って、米国、中国を離れて独り立ちしようということにもならない。
ほんとうに難しい局面だ。韓国には周辺国との善隣、バランス外交が求められる。とくに、同じ立場にある日本との協力を嫌がってはならない。
--------日本との関係に戻ります。韓国人は、中国と日本とでは、どこか接し方に違いがあるように感じられます。とくに、歴史的な重みとか...。
■位階秩序の影
重要なポイントだ。韓国は儒教の影響を強く受けた。位階秩序の文化だ。昔からあったのは、中国が大兄であり、朝鮮は仲兄、日本は末っ子といった考え方だ。仏教、儒教など文化の伝播において、そういうふうになる。
問題は一番末っ子にあたる日本が、それでも仲兄といえる朝鮮に壬辰倭乱(秀吉による朝鮮侵略)で攻め込んでくるし、韓国併合で植民地化する。これは儒教秩序を蹂躙するもので、受け入れられないという意識が強い。韓国の民族主義の中にあって、そのような認識が深くこびりついている。
当然のことながら、これは日本にとって到底受け入れられるものではない。日本にそんな理解はまったくない。いつ韓国が仲兄になったのか、と。韓日間にあっては、そこらあたりが一番難しい。
--------日中韓3国の関係はどうあるべきだと?
北東アジアにあって3国はうまく協力し合わないといけない。韓日、韓中、日中のそれぞれで2国間関係が難しいときでも、定例化してきた3国の首脳会談を動かしていかないといけない。2国間の問題もそういう枠組みの中で克服できる。
3国で協議しなければならないことは多い。昨年5月、韓国が議長国となって開かれるはずだったのが、実現しなかった。韓国が主導権をとって日本、中国を説得してほしい、と私は願っている。韓国政府がそれをしていないのは残念だ。
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<インタビューを終えて>
■過去と現在を直視し、行動を
日韓の相互理解といっても、それはそう簡単ではない。文正仁教授の話を聞いて共感する一方で、やはり距離感も感じてしまう。日韓が置かれた地政学的条件の違いからいって、それは当然のことだろう。
「基本的価値と戦略的利益を共有する最も重要な隣国」(安倍晋三首相)といえば、その通りである。問題は言葉ではない。実際、具体的にどんな行動を取るかだ。
過去を直視するのは当然だ。しかし、それだけでは足りない。このリポートですでに書いたように、この北東アジア地域で日本だけが唯一、飛び抜けていた時代はもう過ぎ去った。過去に加えていま、そうした現実も直視して、この「最も重要な隣国」に向き合う必要がある。
お互いの違いを知ることも大切だ。違いを認め合ったうえでそれを、「共有する基本的価値と戦略的利益」で包み込んでいきたい。そういう姿勢を行動で示せば、いま目前に迫ったオランダ・ハーグの核セキュリティーサミットで日本政府が模索する日米韓首脳会談にも道が開けてくるのではないか。
韓国側も、文正仁教授の言う「日本との協力を嫌がってはならない」という言葉の意味をいま一度、噛みしめるべきだろう。