李氏朝鮮時代の身分階級は高麗時代からの伝統に基礎を置き、李氏朝鮮の集権政治体制下で次第に固まった。階級は、良民 ヤンミン(両班ヤンバン、中人チュンイン、常民サンミン)と賤民チョンミン(奴婢ノビ、白丁ペクチョン)に分けられる。
両班は最上の支配階級であり科挙(文科と武科)を受験でき、李氏朝鮮時代に官僚機構を独占して地主層を形成した。中人は外国語・医学・天文学などの専門技術職を選抜する雑科が受験でき、後には職業を世襲した。常民は農業に従事した。
この下に賤民といわれ商工業に従事した奴婢(売買・相続の対象)がいた。奴婢は国所有の公奴婢と個人所有の私奴婢がいた。
そして最下層に白丁がいた。白丁は人間以下の扱いを受け、一般人と隔離された特殊部落に住み屠殺・柳加工品製造などの作業を世襲しながら暮した。この他に僧侶、巫女ムダン*1、妓生キーセンも賤民の扱いを受けた。*1現在も残る民間信仰のシャーマン
李氏朝鮮は儒教を国教にした。そのため両班は労働行為そのものを忌み嫌うようになった。「転んでも自分で起きない」「箸と本より重い物は持たない」両班が成立した。
両班は兵役免除、刑の減免、地租以外の徴税・賦役免除、常民に道や宿の部屋を譲らせる権利や家・衣服・墳墓・祭礼などに対し、常民に比して様々な利権を持っていた。
しかし、官職の席は限られており、仕官できない両班は下層民からの収奪に頼る度合いが大きかった。また、仕官して地方行政官に派遣されても任期中に搾取し、不正蓄財に走る場合が多かったという。両班の身分や偽身分証の売買も横行した。
イザベラ・バードは『朝鮮紀行』に両班について記している。
「朝鮮の災いのひとつに、両班つまり貴族という特権階級の存在がある。両班は生活のために働いてはならないが、身内に生活を支えてもらうのは恥とはならず(中略)。
両班は自分では何も持たない。自分のキセルですら。両班の学生は書斎から学校へ行くのに自分の本すら持たない。慣例上、この階級に属する者は旅行をするとき、大勢のお供をかき集められるだけかき集め引き連れていくことになっている。(中略)
従者たちは近くの住民を脅して、飼っている鶏や卵を奪い、金を払わない。」
「当時はひとつの道に44人の地方行政官がおり、そのそれぞれに平均400人の部下がついていた。部下の仕事はもっぱら警察と税の取り立てで、その食事代だけでも1月に2ドル、年に総額で39万2,400ドルかかる。総員1万7,600人のこの大集団は『生活給』をもらわず、究極的にくいものにされる以外なんの権利も特典もない農民から独自に『搾取』するのである。」
マリ・ニコル・アントン・ダヴリュイは『朝鮮事情』に記している。
「朝鮮の貴族階級は、世界でもっとも強力であり、もっとも傲慢である」
「朝鮮の両班は、いたるところで、まるで支配者か暴君のごとく振る舞っている。大両班は、金がなくなると、使者をおくって商人や農民を捕えさせる。その者が手際よく金をだせば釈放されるが、出さない場合は、両班の家に連行されて投獄され、食物もあたえられず、両班が要求する額を支払うまで鞭打たれる。
両班の中でもっとも正直な人たちも、多かれ少なかれ自発的な借用の形で自分の窃盗行為を偽装するが、それに欺かれる者は誰もいない。なぜなら、両班たちが借用したものを返済したためしが、いまだかつてないからである。
彼らが農民から田畑や家を買う時は、ほとんどの場合、支払無しで済ませてしまう。しかも、この強盗行為を阻止できる守令スリョン*2は、一人もいない。」
「両班が首尾よくなんらかの官職に就くことができると、彼はすべての親戚縁者、もっとも遠縁の者にさえ扶養義務を負う。彼が守令になったというだけで、この国の普遍的な風俗習慣によって、彼は一族全体を扶養する義務を負う。
もし、これに十分な誠意を示さなければ、貪欲な者たちは、自ら金銭を得るために様々な手段を使う。ほとんどの場合、守令の留守のあいだに、彼の部下である徴税官にいくばくかの金を要求する。もちろん、徴税官は、金庫には金が無いと主張する。」
「すると、彼を脅迫し、手足を縛り手首を天井に吊り下げて厳しい拷問にかけ、ついには要求の金額をもぎとる。のちに守令がこの事件を知っても、掠奪行為に目をつむるだけである。」
もちろん善良で学識のある「ソンビ」と呼ばれた士大夫の両班もいた。*2李氏朝鮮時代の地方官の総称
このように厳格な身分制は1894年の甲午改革以後に、表面上打破された。しかし、その後も韓国では高級官僚、銀行幹部、大手財閥経営者一族などが各種の特権と利権を持ち「現代の両班」に例えられている。
良民の最低条件は大学卒であり、政界進出を狙っている大学教授は中人に例えられ、高卒以下は賤民扱いで社会的発言力はほとんどないという。また、脱北定住者も様々な差別を受け賤民扱いを受けているという。
韓国人に尋ねると、先祖が両班だったという人が多い。一方、北朝鮮で両班は労働階級の敵とされ、両班だったという人が非常に少ないという。
しかし、北朝鮮では「3大階層51分類」という出身成分表が厳然と機能しており、北朝鮮版両班層が存在している。韓半島から「両班」が無くならない限り、南北統一が成就されても個々人の人権が保障された平和な社会を作る事は難しいだろう。
(文/大宅京平/北朝鮮難民救援基金 NEWS May 2015 № 094 より転載)
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