先月2月27日―3月1日にサンフランシスコで行われたWisdom2.0というマインドフルネス関連の世界最大級の国際会議。2500枚のチケットは完売で、世界中からマインドフルネスやコンパッション(思いやり)で、どうビジネスや社会を進歩させるかがTED Talkのように数十名のトップクラスのプレゼンターたちと共に話し合われる。その中でも特に出色だったのが、タイトルにあるCEOのインタビューだった。
【LinkedIn ジェフ・ウェイナーCEOの躍進とその秘訣】
調査会社Glassdoorによる米国大手企業のCEOの従業員支持率によると、第1位しかも100%の支持率を受けたのが、唯一このCEO――LinkedInのジェフ・ウェイナー(写真中央)である。単に従業員から人気があるだけではなく、彼のリーダーシップのもとLinkedInはビジネスのネットワークづくりのシステムを提供し、対昨年比40%を超える成長率、年間売上約600億円、従業員約5000人、契約者3億5千万人、2秒に1人が新規契約している(以上2015年2月現在)。
Wisdom2.0主催のソレン・ゴードハマー(写真左)の、「LinkedInにおける人材と経営の秘訣は何か」、という質問に対するウェイナーの回答は、短くかつ確信に満ちたものだった。
「コンパッション(思いやり)。リーダーシップ、チームの行動指針をまずコンパッションとするようしっかり浸透させ、その結果、商品とサービスまでも思いやりに満ちたものにすることを目指す。」
会場のほとんどの人が「いや、理想としてはそうだけど、競争と変化の激しいビジネスで、思いやりが第一の秘訣とはいったい??」「しかし彼はこれほどの実績を達成しているのはどういうこと??」と、驚きと好奇心でテンションが高まる。
確かに、LinkedInは早くからコンパッションとリーダーシップを培うために、マインドフルネスに基づくSearch Inside Yourselfというプログラム(手前味噌で恐縮だが弊社が提携しているプログラムでもある)を実施し、また「良心と個人の在り方を活かすビジネス=コンシャス・ビジネス」を提唱しMITスローンビジネススクールでBest Teacherと称されたフレッド・コフマン(写真右)をCEOの右腕として招へいしている。
【新しいビジネスパラダイムへの覚悟とコミットメント】
コンパッションが企業の成功の秘訣となる背景として、すでに起こりつつあるビジネスのパラダイムシフトがある。ジェフ・ウェイナーはこの変化を強く意識し、さらには牽引しようとしているのだ。
社会をシステムとして見るならば、企業はその中にあるサブシステムである。従来のパラダイムは、サブシステムである企業が自らを最適化・最大化することが優先された。新しいパラダイムとは、サブシステム(=企業)がより大きなシステム(=社会)を最適化することで、ビジネスチャンスと価値を生む、というものである。
さらに、ジェフ・ウェイナーは明晰に、そして静かにこう言った。
「企業に勤める個人は、企業のために働くのではなく、その上位にあるシステム(=社会)に対する自分の志を達成するために、企業というプラットフォームを活用する。企業というプラットフォームがなければ、志の達成は難しいため、個人の企業へのかかわり(エンゲージメント)はより深くなる。」
「このとき企業は『収益によってドライブされる』サブシステムから『志によってドライブされる』サブシステムとなり、一人一人のモチベーションとエンゲージメントが最大化され、ひいてはビジネスの結果につながる。」
普通なら、このような考え方は「絵にかいた素敵な餅」になりかねない。しかも、新しいコンセプトでもない。実際、多くの企業が「わが社のミッション」として社会貢献をうたい、経営理念として「思いやり」などを挙げていることもあるだろう。
LinkedInでも、そのミッションは「全ての人に仕事の機会を届ける」という社会貢献であり、その経営理念の第一が「コンパッション」だ。
しかし、ジェフ・ウェイナーの違いは、ミッションと経営理念を決して形骸化させることなくLinkedInの隅々まで浸透せるよう、あくなき努力と投資をしていることだ。その効果は、彼が全米大企業で唯一の100%支持率のCEOであり、かつLinkedInが驚くべき躍進を低い離職率をキープしながら達成していることからも推測される。
【本当の思いやりとは?ただナイスであることと全く別】
英語のコンパッションCompassionは、思いやり・同情心・慈悲の心などと訳されるが、どれも、ここで使われている意味とずれがある。そもそも日本語でも「思いやり」「同情心」というと、人によって意味づけが異なる難しい言葉だ。
そこで、ジェフ・ウェイナーが言ったコンパッションの意味は、会場でも多くの賛同を得た。
「ビジネスにおけるコンパッションとは、もはや変なことではない。本当の思いやりとは、ただナイスに接していつも相手に同意するのとは全く違う。本当の思いやりとは、研鑽し卓越したものを相手に提供し、相手からも同じことを求めることだ。だから、時には厳しさがコンパッションであることもある。困難な時もあるよ。」
「特にすべての人に対してコンパッションを持って接するには、自己統制やタフな精神力も要求される。気に入らない人に対しても思いやりを持つわけだからね。常にソフトで、あったかくて、居心地がいい、というわけにはいかない。でも、それがリーダーというものだ。」
マインドフル・メディテーションの実践者でもある彼は、瞑想を自己統制のよりどころとしているのかもしれない。
彼の言葉で想起したのが、「いつもナイスな腕の悪い外科医と、厳しい敏腕の外科医、どちらが思いやりがあるか?」ということだ。もちろん後者である。
そして、いつも現状に満足するリーダーと、さらなる成長を期待しサポートするリーダー、どちらが思いやりがあるといえるだろうか?
「フロー理論」で有名なチクセントミハイによると、フローの状態は現状を適正なレベルで上回るチャレンジが与えられ、それに向かって集中している時に起こりやすい。つまりさらなる成長を期待しサポートするリーダーとは、部下にフロー状態を起こしやすいといえる。
しかも、EQのダニエル・ゴールマンによると、フローの状態こそ、最高のモチベーションをもたらす。
ジェフ・ウェイナーは、社会貢献を思いやりという理念で実現するために、真のコンパッションを探求し、LinkedInのリーダーシップチームに深く浸透させ、さらにそこから企業全体へと広める絶え間ない努力と覚悟を維持している。そして、自社が収益を上げればいいというパラダイムから、社会の最適化と問題の解決という志によって、社員のモチベーションを最大化しビジネスの成功を獲得しようとしている。
そのときリーダーに求められるのは、無条件の思いやり(unconditional compassion)であり、それはあらゆる人へ研鑽と卓越した対応を提供し、相手にもそれを期待するというのだ。
このような潮流を受けて、「シリコンバレーのIT企業だから日本の会社とは事情が違う」と無視するか、新たなパラダイムに共感し、挑戦していく日本企業も増えていくのか?
また、100%従業員から支持される唯一のCEOという枕詞について、ジェフ・ウェイナーは、「これより上はありえないから、今後はどうなるかわかるだろう?」と笑っていたが、彼のビジョンがどのように果たされていくか?
今後に注目していきたい。
(一般社団法人マインドフルリーダーシップインスティテュートMiLI 理事 木蔵(ぼくら)シャフェ君子)