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2018年03月08日 15時47分 JST | 更新 2018年03月09日 06時54分 JST

私がフェミニストになった理由 How I became a Feminist 

フェミニズムは、私が思っていたよりもずっと単純で簡単だった。

Nao Asada

20歳の秋、私はフェミニズムに出会った。

でもそれは、ずっと前から私の中にあったものだったのかもしれない。

Photo by Yui Nogiwa
Nao Asada

日本で生まれ育った私は、中学を卒業後、15歳で単身カナダへ留学した。

3年後、帰ってきた日本が全く違う景色に見えた。

 

街中見渡す限りの広告、広告。

一番感じたのは電車の中。とにかく情報が多くて、移動時間でぐったり疲れてしまう。ぽかんと口を開けて車内広告を眺めると、細くて若くて美しい、時には半裸の女性がたくさん並んでいる。「脱毛しなきゃ恥ずかしい!」そんなメッセージが込められたポスターを毎日目に焼き付けていると、自分の価値がわからなくなってくる。

私の外見は派手。集団行動が苦手。ルールやマナーが嫌い、ギャルでもあるし、オタクでもある。パリピでもあるし、陰キャでもある。

カナダ1年目の夏

まっすぐ歩いていてもチラシやティッシュを押しつけられ、「お仕事何されてますか?」と声をかけられる。

私は「私」としてではなく、「10〜20代の派手めな女」として扱われ、消費されているように感じる。

コンビニに入れば、本棚の隅には「痴漢」「レイプ」「人妻」というワードが並んだ成人男性向け雑誌が目に入る。それが当たり前のように陳列され続け、日常の生活に組み込まれていく。

 

新年度になって心機一転、大学へ入学したが、私の居場所はなかった。

新歓コンパも行ってみたし、飲み会にも参加してみたが、ここは違う、あっちは疲れる、なんてやってるうちに、そんなお誘いも減っていった。

同級生と話しても、「合コン」「ナンパ」「あいつはヤリマン」なんて単語が耳に残って、次の日になっても頭から消えない。気づけば、同級生をちょっと斜に構えて遠くから眺めるヤツになっていった。 

 

カナダで高校生をしてた私はどんなヤツだったかというと、そこそこ友達はいたように思う。

2年目くらいまでポンコツな英語力だったが、対等な目線で付き合ってくれる子しか周りにはいなかった。

私のいた学校はアジア、ヨーロッパ、南米など様々な国から留学生が来ては帰るを繰り返すような場所だからなのかもしれないが、幼い頃から「Yes / No」がはっきりしているちょっと頑固な私でも、特に問題はなかったのだ。

カナダ1年目の夏。英語に慣れ始めた頃。

バス停でバスを待ってたり、ダウンタウンを歩いたりするときには、見知らぬ人が服や髪色を褒めてくれることもあった。喋ったことがない人も、私を「私」として見ている、それが普通のことだと思っていた。

 

カナダ3年目。最後の2年間は赤髪がトレードマークだった。

でも日本に帰国して、大学の先輩との飲み会で、「お前の話、帰国子女じゃないヤツにはわかんない。第一俺ら女じゃないし、いっちゃえば東京の大学に出て来てるのが留学みたいなもんだから。東京より広い話されても困る」と言われた。

友達と思っていた人に、私は「年下」の「帰国子女」の「女」としてしかみられてなかったんだ! と気づいてしまった。

 

念のために書いておきたいが、日本が悪い、海外はすごい、私に合わないだけ、が伝えたいのではない。

そんな一年生の秋に、心にガタがきた。

別段大きなきっかけもなく、小さいモヤモヤが積もり積もって襲いかかってきた。

自分は何番目にイケてるのか、どのレベルなのか、常に比較し、上を見て絶望したり、下を見て優越感に浸ったり、その上や下に根拠なんて一つもないのに、頭の中で勝手にランク付けをする。気づけば、その自己採点に振り回されている自分に何より疲れてしまった。

外側は我の強い個性的なビジュアルでも、意外にも心は繊細だったのだ。

授業に出られなくなり、大学に行かれなくなり、「ヤバいじゃんサボりじゃん」と思っても、身体が動かなくなっていった。

昼夜逆転から抜けられなくなり、夕方に急に心細くなって布団のなかで延々と泣く。そんな生活が続いた。

Photo by Yui Nogiwa

 

そんな時、ある友人に「フェミニズム」を勧められた。

この記事を読んでいる人は、「唐突すぎだろ」と思うかもしれないが、私がふさぎこんでいるのを知っていた友人が、「君はフェミニストだ」と言ったのが前を向くきっかけになったのだ。唐突といえば唐突かもしれない。

残念ながら当時の私は「フェミニズム」を誤解しており、「堅苦しくてブサイクで、頭でっかちで口うるさい、オンナが偉いと思ってる、私そんなヤツじゃない!」と猛反発し、その友人と過去最大の喧嘩をした。

今思えば、オンナとして見られたくない、男性がマジョリティの社会で対等に評価されたいあまり、自分と異なるタイプの女性を区別していた。

喧嘩の後、自分で調べてみたことで、徐々に本来の意味を理解していった。

自分なりに本やネットで調べてみて、私なりにフェミニズムは「全ての女性の平等と権利を獲得する考え方」だと理解した。

かつては広辞苑も「フェミニスト」を「①女性解放論者。女権拡張論者。②俗に、女に甘い男」と説明していた。

「フェミニズム」は「女性の社会的・政治的・法律的・性的な自己決定権を主張し、男性支配的な文明と社会を批判し組み替えようとする思想・運動。女性解放思想。女権拡張論」と説明されていたことから、私と同じように誤って認識していた/いる人も少なくないのではないだろうか。

 

ここ最近になって、フェミニズムに対する誤解や閉塞的なイメージは大きく変わってきている。アメリカのオンライン英語辞典「メリアム・ウェブスター」は12月12日、2017年の「今年の言葉」として「フェミニズム」が選ばれたことを発表した。

日本国内においても、2018年1月に広辞苑が「フェミニズム」の説明文を「女性の社会的・政治的・法律的・性的な自己決定権を主張し、性差別からの解放と両性の平等とを目指す思想・運動。女性解放思想。女権拡張論」に見直した

フェミニストになった今だから言えることは、「フェミニズムは一枚岩ではなく、派閥もなく、固定された定義もなく、また女性だけのものではない」ということである。思想に「正解」はなく、物の見方であることを意識するようになった。

それから、フェミニズムを倦厭している人、よくわからない人達に伝えたいのが、あんまり堅苦しく考えなくていい、ということだ。

 

フェミニズムという広く深くこんがらがったジャンルを、大きく区分けするのには賛否あるだろうが、私個人の考えでは、今広がっているフェミニズムは以前よりポップで親しみやすくなってきていると思う。

政治・経済的平等を主張するフェミニズムも大事だが、より文化的・肉体/精神的自由と平等をテーマにした流れも確実に広がっている。

エマ・ワトソンの国連でのスピーチ(2014年)や、マドンナのビルボードでのスピーチ(2016年)など、挙げればキリがないが、アメリカのポップカルチャーでのムーヴメントは、若者たちに過去最大級の影響を与えていると言えるだろう。


Xinhua News Agency/Getty Images
国連「HeForShe」キャンペーンでのエマ・ワトソン(2016)

アメリカのエンターテインメント業界の人々の言動や、自分の体型を人と比べないボディポジティヴを体現する人たちの生きかたに深く共感している。

私が今理解するフェミニズムは、フェミニズムを知らなかった私が思っていたよりもずっと単純で簡単だった。

・他人を傷つけない/自分と異なる属性の人々を尊重する

・公共性を意識する

・自分の体は自分のもの、人の体は人のもの

この3つを意識して初めて、自分のやりたいことやって生きていく権利が生まれるし、その自由は誰にも侵害できない。私が考えているのはたったこれだけ。

「それってもうフェミニズムじゃないんじゃない?」と思う人もいるだろう。女性だけでなく、フェミニストだけでなく、全ての人が意識するものでは? と。  

確かに、その通りかもしれない。根本の考え方は、LGBTQイシューともかなり近いと思う。でも、これがなかなか浸透していかない。それが歯がゆくもあり、しんどい。

フェミニストになってからは、好きだったアニメや漫画の性的な表現に違和感を覚えるようになった。友達の何気ない一言に、ジェンダーのステレオタイプを感じて苦しくなることもある。

 

自分の実感として、「フェミニズム」は「フェミニズム」という言葉が持つ大きな偏見で損してない?と思うこともある。

それでも私は、「フェミニズムという単語はいらないよね」とは言い切れない。

「フェミニズム」という言葉を捨てる必要はない。単語が持つ大きな誤解や偏見を取り払うことが、フェミニズムの歴史、過程を尊重し、誇りを取り戻すことだと考えている。

自分でも不思議だと思う。レッテルを貼られることを激しく拒否していた私が、今は胸を張って「フェミニスト」を自認している。

それはきっと、ずっと抱えてたモヤモヤや理不尽に、自分の内面や生きかたに、名前をつけてあげることができたからだと思う。

Photo by Yui Nogiwa
どこにいたって私は私

「フェミニズム」がもっとポップで、明るくて、食卓や友達との何気ない会話の中でポンポン飛び交うようなカジュアルなものになってほしい! それが今の私の願い。

今、勉強が楽しい。言われた通りに勉強してきて、こうして偶然フェミニズムに出会って、生まれて初めて学ぶことが楽しいと思えた。

 

私は頭がいいわけじゃない。

真面目じゃないから、机に向かう勉強は嫌い。

知識の量では、多くの人に敵わない。

でも、フェミニズムを学ぶのは楽しい。

人は間違える生き物で、私もたくさん間違えてきた。男性社会に耐えることが偉いと思って踏ん張ろうとしたこともあった。無意識下で他人を傷つけてきた。

それは、マイノリティへの無理解だけが原因なのでなく、マジョリティである自分の立ち位置を確認したかったのかもしれない。

それでもやり直したり、考えを改めたりすることは、いつだってできる。

たった今、この瞬間に自分を変えることもできる。つまらないプライドのために、過去の自分のために、意地を張らなくてもいい。

私みたいな人はたくさんいると思う。だから同じ人たちに伝えたい。

私が友人に「君はフェミニストだ」と言われて世界が広がったように、私のブログを読んでくれた人が、フェミニズムを知る入り口を作れたら、それが今のいちばんの幸せかもしれない。

まだまだ道のりは遠いけど、始まったばかり。ここで止まれないと思う。

自分にできることを伝えていきたい。

Photo by Yui Nogiwa
前を向いて行きていきたい。誰かが前を向くきっかけになりたい。

だから私は「フェミニスト」として生きていきたい。

......

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