注意をそらされている時に下す決定の方が賢明という説が広く知られているが、新たな大規模実験と既存データのメタ分析ではそのような効果は見られなかった。無意識の力についての論争がさらに白熱化しそうだ。
私たちの脳は、とっさに車をよけるなど自動的・反射的な決定を日常的に下しており、私たちはそれに従い行動している。同様に、何かを選ぶ際にもこの「無意識の思考」が働き、意識的に考える前にすでに決定を下していて、私たちの行動を支配しているという説がある。
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複雑な決定を下さなければならないとき、選択肢を熟考する代わりにクロスワードパズルなどに没頭している方がむしろ良い結果を出せるというのは本当だろうか? 無意識の思考が時として意識的思考よりも優れた力を発揮するという考え方は実に魅力的で、作家のマルコム・グラッドウェルのベストセラー『Blink』(邦題『第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい』)などの本によって社会に広まってきた。しかし、科学研究者たちの間では、「無意識の思考の優越」(Unconscious-thought advantage:UTA)は議論の的になっている。
このたび、フローニンゲン大学(オランダ)の心理学者Mark NieuwensteinとHedderik van Rijnらの研究チームが、UTAに関するこれまでで最も厳密な研究を行い、その結果をJudgement and Decision Making 2015年1月号で報告した。彼らの結論によれば、従来の実験で得られたデータにはUTAを証明する証拠は全く見つからなかった、という。
彼らが行った実験は、大規模かつ、もしUTAが存在しているならその効果を捉えるのに最適な機会を提供するように設計されていた。また、これまでに発表されたデータについて高度な統計学的分析も行われ、あわせて報告された(参考文献1)。
Nieuwensteinらが今回発表した論文により、心理学研究の質に対する懸念がさらに広がったばかりか、我々の行動に無意識の思考がどの程度影響を及ぼし得るかについても、論争が一層激しくなることになった。「もっと重要な論点は、私たちの無意識はどれくらい賢いかについてです。彼らの論文は慎重に構成されており、この議論に大きな貢献をしています」とロンドン大学ユニバーシティカレッジ(英国)の認知心理学者David Shanksは言う。Shanksは2014年に、「UTAなどの無意識の影響が、意思決定を左右する」と主張する研究結果に疑問を投げ掛ける総説を発表した(参考文献2)。
典型的なUTA研究では、被験者に込み入ったやり方で決定を下してもらう。例えば、選択対象物の特性の一覧を見せてそれについてじっくり考えさせる、あるいは、その一覧をさっと見せた後に単語パズルなどの注意をそらす活動をさせてから、車かコンピューターのどちらかを選んでもらう。しかし、そのような研究では異なった結論が導き出されており、これまでのところ、発表された論文の約半数はUTA効果を確認したと結論するもので、残りの半分は効果は見られなかったと結論するものだ。
UTA説の支持者は、この効果は実験条件の変化に非常に敏感だと主張しており、否定的な結果が出たのは多くの研究チームがセットアップの要素(注意をそらすために用いられるパズルの選択など)を変えているせいだとしている(参考文献3)。逆に、UTA説に否定的な研究者たちは、肯定的な結果が出たのは実験参加者が少な過ぎるせいだと指摘する。
そこで、Nieuwensteinらの研究チームはどちらの説が正しいかを検証することにした。
彼らは399人の被験者(他の研究での典型的な[中央値]サンプルサイズより約10倍多い)に、望ましい、または望ましくない12の特徴に基づいて、4台の車、または4つのマンションの中からどれかを選んでもらった。彼らは、UTA支持者が最も強い効果をもたらすと報告していた条件、例えば、注意をそらすためのパズルの型などを正確に再現し、全て組み込んだ。その結果、注意をそらされたグループの方が、注意をそらされずにじっくり考えたグループよりも「最も望ましい項目を選ぶ可能性が高い」ことはなかった。
科学者たちは次に、2014年4月以前に出版された32編のUTAに関連する論文に記載されていた81の実験のうち60を再分析した。この「メタ分析」に際し、分析するにはデータが不十分であったり、UTAを引き起こすと報告されている条件から逸脱していたりした実験を除外した(これらの実験のうちUTA効果を報告したのは1つだけだった)。彼らはさらに、自分たちのチームが行った研究の結果もそこに足し、厳密な統計学的メタ分析を適用したところ、有意なUTA効果は見られなかった。
「心理学者は昔から、統計学を使いこなす能力に自信を持ってきた」と、ペンシルベニア大学(米国フィラデルフィア)の心理学者で、Judgement and Decision Makingの編集者も務めるJonathan Baronは言う。しかし、今回の研究は、過去の実験には設計に不備があるものが多かったことを示している。さらに彼はこう付け加えた。「UTAが実際に存在するとしても、研究室で設計された実験で捉えることはできないでしょう」。
UTAを予測する無意識の思考理論を2004年に初めて提唱した(参考文献4)ラドバウド大学ネイメーヘン校(オランダ)の心理学者Ap Dijksterhuisは「近年、データ分析に関しては、心理学研究がかなり改善されてきたことは確かです。そして、過去には、最適とはいえない分析が適用されてきたことも事実なのです」と述べる。しかし、彼は、Nieuwensteinらのメタ分析結果を受け入れない。彼は、研究者たちが以前に行われたUTA実験の一部を除外して、残った実験のみを分析したのではなく、全てのUTA実験を含めていたなら異なった結論が引き出されただろうと言う。さらに「UTAに関する証拠は急速に集まりつつある」と述べ、広く受け入れられていると付け加える。
「賢い無意識」に関する主張のうち、検討の対象となっているのはUTAだけではない。例えば、"Many Labs" Replication Project(世界各地の研究室に協力を呼び掛け、心理学研究の結果の真偽を調べるために再現実験を行うプロジェクト)の下で行われた実験、およびいくつかの独立した研究で、UTAとは別の心理学的な概念である「社会的プライミング」の妥当性が問われてきた。社会的プライミングでは、星条旗を見たり、お金について考えたりするなどの刺激を前もって受けていると、ある種の行動が無意識のうちに変更されると主張している(参考文献5)。
その他にも、不確実な状況における特定タイプの意思決定に無意識の思考が役割を持つかどうかなど、無意識の思考に対しては疑問の声が上がっている。
最新の研究結果にもかかわらず、Many Labsを共同で立ち上げたバージニア大学(米国シャーロッツビル)の心理学者Brian Nosekは、UTAの基礎となる理論についていまだに楽観的な見方をしていると話す。「もし無意識の思考理論が正しくないというのなら驚きです。この理論は最新の心理学の理論によく合っていますから」と彼は言う。
Shanksは、無意識の思考理論をめぐる論争はおそらくまだ終わっていない、という意見に同意する。「私たちがどのように決定を下すか、そして、どうやってそれをより良くできるかは、実用においても知的な意味においても重要です。注意をそらされたり、無意識のうちに考えたりすることが役立つという証拠があれば、ぜひ知りたいものです。とはいえ、今のところ、はっきりと結論を下すにはまだ機は熟していないというところでしょう」と、彼は言う。
Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 4 | doi : 10.1038/ndigest.2015.150419
原文: Nature517, 537-538 (29 January 2015) doi:10.1038/517537a
Alison Abbott
- Nieuwenstein, M. R. et al. Judge. Decis. Making10, 1-17 (2015).
- Newell, B. R. & Shanks, D. R. Behav. Brain Sci.37, 1-19 (2014).
- Strick, M. et al. Social Cogn.29, 738-762 (2011).
- Dijksterhuis, A. J. Pers. Social Psychol. 87, 586-598 (2004).
- Klein, R. A. et al. Social Psychol.45, 142-152(2013).
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