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アロハ、Myハワイ編集長明子です。「ハワイと日本、人々の歴史」シリーズでは、観光地としてのハワイから一歩踏み込み、ハワイと日本をつなぐ人々に焦点をあて、その歴史を掘り下げて紹介しています。
アロハ、Myハワイ編集長明子です。「ハワイと日本、人々の歴史」シリーズでは、観光地としてのハワイから一歩踏み込み、ハワイと日本をつなぐ人々に焦点をあて、その歴史を掘り下げて紹介しています。今回はハワイの日系人に親しまれているハワイ出雲大社と、彼らの生活に溶け込む「お正月」について紹介しましょう。
12月7日の夜明け前。「日本人として、やっぱり行きにくいな」と一抹の不安を胸に、ホノルルの真珠湾アリゾナ記念館に向かった。真珠湾攻撃72周年の記念式典に出席するためだ。
1941年12月8日、日本軍はアメリカ、ハワイオアフ島の真珠湾を攻撃した。太平洋戦争の開戦である。あれから72年の歳月が経った、2013年12月7日(現地時間)、犠牲者を追悼する式典が真珠湾に面した公園で開かれた。約2500人が参列し、攻撃が始まった午前7時55分に黙とうを捧げた。
オアフ島パールハーバー、世界中からの観光客が足を運ぶハワイの一大観光スポットです。ただし、日本人観光客の割合は少なく、私自身仕事で足を運ぶ以外、なかなか訪れる気にはならない場所でした。様々な感情が去来し、痛みばかりが増すのみなので、なんとなく避けていたきらいもあります。
資料館の展示は単に真珠湾攻撃を展示するだけではなく、第2次世界大戦に至る近代日本の歴史、社会変化、産業化、軍事化について史実に基づいた公正なものに移行した。これは私の解釈であるが、なぜ日本は真珠湾攻撃を「せざるを得なかったか」の背景についても力点が置かれているように感じた。