妊産期を逃さない女性活用を。-未来へ続く、限りある時間を知るために

「女性活用」は従業員が減りつづけるこの「日本という名の企業」にとって諸刃の剣になりかねないことを本稿で改めて念押ししておきたい。
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【人口減少→労働力減少→女性活用→人口減少、では意味がない】

総務省の人口推計をもとに厚生労働省が作成した「日本の人口の推移」の図を下に示したが、わが国の15歳から64歳の生産年齢人口が95年をピークに減少の一途をたどっている。

合計特殊出生率が20年以上1.5を下回る継続的な低さから、今後も日本の生産年齢人口減少は急速に進展してゆく。

一国の労働の中核を担う人口の指標と言われるこの生産年齢人口が減少するということは、一体何を意味するのか。

日本を1つの企業にたとえるなら、従業員が年々続々と定年で辞めていく一方で、ほとんど新入社員が入らない企業のようなものであろう。こんな企業に投資しようという投資家は珍しい。

日本国という企業への投資に関心を示す投資家はどんどん減少し、日本国企業の経営は当然苦しくなるであろう。また、企業の収益が上がらなければ、福利厚生もままならない。高齢化する社員への老後の保障や若手社員への教育など、それどころではなくなるだろう。

このような日本国の斜陽企業一直線状態を回避しようと叫ばれているのが「女性活用」であり「移民」であるのは間違いがない。

しかし「女性活用」は従業員が減りつづけるこの「日本という名の企業」にとって諸刃の剣になりかねないことを本稿で改めて念押ししておきたい。

ここで、筆者が決して女性活用を反対しているわけではないことも強調しておきたい。日本企業に20年勤務し、その間に育児や介護を経験している私にとって、女性活用はむしろ大賛成、大いに進めて欲しいと願わずにはいられない国の政策であり企業の経営方針である。

しかし、今の致命的な「とある事柄への社会的認知度の低さ」を放置したまま女性活用を推進したならば、人口減少を加速するだけの結果に終わりかねないことを主張したい。

そもそも日本の人口減少は女性の社会進出にともなう晩産化がその大きな原因の一つであり、女性の社会進出が晩婚化をともなわない形で推進されなければ、「日本という名の企業」はその場しのぎの本末転倒経営、という経営判断ミスを犯してしまうだろう。

【己を知るはずの人々が、知らなさ過ぎることがある】

日本はグローバルに見ると現実への「勘違い」が少なめの国であるらしい(*1)。例えば、65歳以上の人口の割合についての社会認知度をみる質問への回答の「推測と現実」の差をみると16ポイント(現実25%・推測41%)で、イタリアやポーランドの27ポイント、カナダやスペインの25ポイントなどの欧米諸国に比べてかなり現実に近い回答をしている。10代(15歳から19歳)の女性のうちの出産比率についても乖離差は10ポイントと、アメリカの21ポイントの半分以下である。

これだけを見ると日本はグローバルに見れば比較的自分たちの社会を認識している国なのではないかと思われそうだが、こと「生殖医療」とよばれる領域にはグローバルに見て非常に無知であることが指摘されている。

2010年に開催された欧州ヒト生殖学会(ESHRE)第26回総会で、イギリスのカーディフ大学より発表された「スターティング・ファミリーズ」という大規模な国際調査の結果を紹介したい。

この調査は妊娠を望むどちらかといえば妊娠に関する関心の高いカップルの意思決定過程を調査したもので、回答者は1万名を超える。同調査において妊娠についての知識は国により大きなばらつきがあること、そして、日本については妊娠に関する知識レベルが非常に低いことが指摘された。

例えば、「36歳を境として女性の妊娠力は低下するか?」(正解はYES)という質問に対しての正解率をみると以下のような惨憺たる状況である。

また国内における調査では、やや古いデータにはなるが不妊体験者を支援するNPO法人Fineが行った調査(*2)がある。女性の生殖能力が低下し始める年齢について正解の「20代後半」(*3)と回答できた割合は、不妊ではない女性では11%にとどまり、不妊女性であっても18%という低さであった。

つまり、みずからが不妊状態であると認識するまでの間、一般的にはまだまだ若いとされる年齢から低下してゆく生殖能力について、実に9割もの女性が理解していないということになる。

【妊産期を逃さない女性活用を】

女性は20代後半からその生殖能力が低下し始め、35歳以降は年齢的に生じる不妊症に悩まされる割合が激増する。

このような重要な生物学的な知識が国民的に無理解のまま女性活用が進められることは大変に危険である。世の中は「イクメン」「イクボス」「子育て支援」真っ盛りの様相を見せてはいるものの、そもそも育てる子どもが生まれてこその育児である。

育児支援環境整備、女性活用がどんなに進んでも、働く女性やその周囲が妊産期のタイムリミットを正確に把握しないままであれば、女性活用はそのまま少子化をますます進展させる仕組みと化してしまう。このことを筆者は強く政策や企業方針を策定する人々に理解して欲しいと願ってやまない。

20年前に社会に出た私の周囲には、年齢的不妊に悩む女性が少なくない。

キャリアが一段落し、さあ子どもを、と思っても授かれないでいるのである。後に続く女性たち、そしてそのパートナーに同じ苦しみを味わわせてはいけない、強くそう思う。

年齢が上がったら不妊治療がある、という意見が聞こえてくることにも危機感を覚える。助成金などの増額が叫ばれる体外受精などの高度な不妊治療は1クール約50万円もの多額の治療費を必要とし、この体外受精成功率さえも、またもや母体年齢が支配する。

体外受精成功率は40歳では10%を切り、45歳では1%をも切ってしまう。不妊治療の専門家の医師によれば、45歳の女性を確実に妊娠させるための費用は1億円にものぼるという。

女性の高学歴化ならびに社会進出によって晩産化そして少子化が進んだわが国において、更なる女性活用を唱えるのであれば、「晩産化をともなわない女性活用」がなによりも肝要である。

2010年に実施された国立社会保障・人口問題研究所の第14回出生動向基本調査(夫婦調査)によると、結婚時の妻の年齢が24歳までは夫婦の完結出生児数(*4)が2.0を上回るが、それ以上の年齢では2.0を下回ってしまう。

今の日本において夫婦が子どもを2人授かるためには、平均値ではあるものの妻の結婚年齢が20代前半まで、ということになってしまっているのである。

25歳以上で結婚する女性はそれより早期の結婚の女性よりも就業している可能性が高く、就業環境が、夫婦が子どもの数を望む限り早い段階で増やすことを阻んでいる可能性も否めない。

真に有効な女性活用のために、政府、そして企業経営者はこの「限りある時間」について十分に認識を深め、そして社会全体での周知に尽力すべきであろう。

母体年齢と不妊の関係への十分な社会の理解、そしてその上で、就業しつつ望む限り早い段階で妊産期を選択できるような社会環境の検討・整備こそが、少子化社会における女性活用の最重要課題であることを今一度、筆者は強く訴えたい。

*1 調査会社:イプソス 実施時期:2014年8月12日-26日 調査手法:オンライン調査 対象国:14カ国(オーストラリア、ベルギー、カナダ、中国、フランス、ドイツ、イギリス、イタリア、日本、ポーランド、韓国、スペイン、スウェーデン、英国、米国) 対象者:カナダ・米国は18歳から64歳男女、その他は16歳から64歳男女 サンプルサイズオースト裸子ア・カナダ・ドイツ・フランス・イタリア・日本・スペイン・英国・米国は各1000人以上、その他は500人以上

*2 調査機関:NPO法人Fine

共同研究者:NPO法人不妊予防協会理事長・東邦大学医学部名誉教授 久保春海

調査手法:ウェブ調査、調査時期:2006年10月16日-20日 

有効回答数: 206サンプル(不妊体験者 106名 + 一般女性 100名)

*3 宗教的理由から避妊を行わない集団(アーミシュ)を対象とした調査では、不妊率は25歳未満では約3.5%であるのが25-29歳では2倍の7%、30-34歳では11%、35-39歳では33%、40-44歳で87%、45-49歳では100%となる(「不妊に関する意識調査」)。

*4 夫婦の最終的な出生児数。

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(2015年1月19日「研究員の眼」より転載)

株式会社ニッセイ基礎研究所

生活研究部 研究員

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