安倍内閣は、本当に岩盤規制を打ち破ろうとしているのか

私の霞が関での最後の仕事は、規制・制度改革の事務局長というものでした。日本の規制改革は「官業を民間に開放する」という規制緩和から始まりましたが、今ではそれ一辺倒ではありません。

 ハフィントンポスト読者のみなさま、はじめまして。政策シンクタンクPHP総研主席研究員の熊谷哲と申します。ご縁をいただいて、このたびブログを開設させていただくことになりました。

 私は地方議員から官僚へ、そして現在は民間シンクタンクの研究員と、およそ前例のないような道を歩んできました。「リボルビング・ドア(回転ドア)」と呼ばれる人材環流を、はからずも自ら体現することになったわけです。この場では、そうした政策の現場でのさまざまな経験を踏まえながら、ときどきの政策課題について捉え方を示し、意見を表明していきたいと考えています。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

 私の霞が関での最後の仕事は、規制・制度改革の事務局長というものでした。

 日本の規制改革は「官業を民間に開放する」という規制緩和から始まりましたが、今ではそれ一辺倒ではありません。自由な発想とたゆまざる創意工夫によって社会にイノベーションをもたらし、よりよい国づくり、地域づくりを進めていこうとするのが、今日的な規制改革の本旨です。それは同時に、手取り足取りの過保護行政や補助金ありきの事業などの「いきすぎた行政依存」から、名実ともに卒業することも意味しています。

 安倍総理は、この規制改革を「政権の一丁目一番地」と位置づけました。「岩盤規制を打ち破る」とも繰り返し表明されています。私は、こうした総理の姿勢を大変心強く思います。成熟した社会にそぐわない、あるいはイノベーションを阻害するような規制がまだまだ数多く残されていて、なおかつ根強く残る既得権と密接に絡み合っていることから、改革には強いリーダーシップとブレない姿勢が最も重要だからです。

 ところが、現実に打ち出されてくる規制改革の方針を見ると、「本当に岩盤を貫こうとしているのだろうか?」と、いぶかしく思われるところが少なくありません。

 例えば、保育です。保育は運営費の7割以上を国と地方の公費負担に頼っている補助金依存事業です。増大する保育のニーズに応え、希望する人すべてを受け入れられる態勢をつくろうとすればするほど、裏側にある財政の問題を考えなくてはなりません。にもかかわらず、打ち出されたのは来年度から始まる「子ども・子育て支援新制度」の財政措置をよりどころとするものばかり。なおかつ新制度に潜む岩盤規制の芽は放置されたままです。

 電波の利用に関する規制のあり方も問題です。情報通信技術の発達によって、電波は国民生活でもっとも重要な財産のひとつとなりました。そこで、「新たに電波の利用枠を割り当てる際には諸外国のようにオークション方式で決定する」という法案が出来上がっていましたが、政権交代でたなざらしに。電波利用料の算定も総務省の聖域のままで、健全な競争環境のもとで貴重な財産の有効活用を図るしくみづくりは、どこかに追いやられてしまっています。

 まったく解せないのは、雇用改革をめぐる議論です。規制改革会議は昨年12月に、(1)労働時間の量的上限規制、(2)休日・休暇取得に向けた強制的取組、(3)一律の労働時間管理になじまない労働者に適合した労働時間の創設、の三位一体の改革を提案していました。ところが、先日の経済財政諮問会議・産業競争力会議合同会議では(3)ばかりが具体化され、ほかの2点はすっかり抜け落ちたまま。経営側と労働側との対立によって改革が頓挫した過去の経験から、規制改革会議では「労使双方の納得感とメリットを生む改革」をめざして実のある議論が積み重ねられていたのに、残念な内容としか言いようがありません。

 こうした実態は、かけ声倒れどころか、岩盤に穴を空けたそばからコンクリートを注入し、むしろ強靱化しようとしているのではないかとすら思われます。アベノミクスに掲げる第三の矢にふさわしい規制改革を成し遂げようとするならば、看板が踊るような「改革の目玉」づくりなどではなく、実のある改革を積み上げていくことこそ重要です。日本の社会にとっても経済にとっても、大きな岐路に立たされている今。だからこそ、本旨に立ち返った規制改革が進むことを願ってやみません。

注目記事