海外で学んだ。帰国した。仕事はありますか? (留学ジャーナリスト 若松千枝加)

海外へ学びに行く多くの動機のひとつに「その経験を帰国後の就職に活かしたい」というものがある。そのニーズをサポートすべく平成25年度に始まった厚労省の取り組みが「Global ACE」。当事業の初年度報告と平成26年度の実施計画が5月15日に発表された。初年度報告から垣間見えた留学生の能力開発の現状を受けて、本記事では就職活動との関連について考察したい。

海外へ学びに行く多くの動機のひとつに「その経験を帰国後の就職に活かしたい」というものがある。そのニーズをサポートすべく平成25年度に始まった厚労省の取り組みが「Global ACE」。当事業の初年度報告と平成26年度の実施計画が5月15日に発表された。初年度報告から垣間見えた留学生の能力開発の現状を受けて、本記事では就職活動との関連について考察したい。

■海外で学んでも仕事がない

「留学帰りは権利の主張ばかりで使いづらい。」 まるで20年前にタイムスリップしたかのような台詞であるが、今も留学生のおかれた帰国後の就職活動の現状は甘くない。なかでも、学位を目的とした留学ではなく、ワーキングホリデーや海外インターンシップなど「経験」を目的とした海外滞在については「海外で身に付けたことを活かせた」と感じている人は渡航者全体のたった4割(一般社団法人JAOS海外留学協議会調べ)。せっかくお金を貯めて海外生活しに行ったのに、帰国後の就職活動で直面する企業からの評価は酸っぱいようである。

日本からワーキングホリデー制度を利用して海外渡航する人数は毎年2万人。累計では約40万人が渡航しているにも関わらずその経験値を国内の企業でうまく活用できていないのが現状だ。

ワーキングホリデーとは、現地でアルバイトをしてお金を稼ぐことを許可されながら1年間(国によっては最長2年間)その国でいろんな経験をしていいですよ、という制度だ。そのビザが発給されるのは30歳までの若者限定。ざっくり言えば、「若い皆さん、犯罪以外は何をしてもいいですから海の向こうで人生に役にたつ経験を積んできましょうよ」と国が導入しているものだ。

1年間の自由な時間を過ごせるワーキングホリデー制度。この制度があまり就職と結びついて来なかった背景には、皮肉にもその自由度ゆえに、学位を伴う留学と違い成果を数値化するのが難しく、かつ「ホリデー」という名称が遊びメインのイメージをもたらしていることが原因のひとつと考えられる。

■厚労省が斬り込んだグローバル人材の能力開発とは

そのワーキングホリデーにメスを入れたのが「Global ACE」だ。

ここでいったん「Global ACE」の概要をまとめよう。Global Action for Careers and Employability、通称 Global ACE(グローバルエース)は日本語表記では「勤労青少年の国際交流を活用したキャリア形成支援事業」と言う。厚生労働省の委託事業として一般社団法人 JAOS海外留学協議会が実施している。

この事業は、多様な海外留学スタイルのうち 「ワーキングホリデー」 「海外インターンシップ」 「海外ボランティア」 など"就労"を伴うスタイルで海外生活を経験した人たち (以下、総称して「渡航者」と言う) が、その経験を帰国後のキャリアに活用できるようサポートし、実態を調査・研究するのが目的。

具体的には次の3つの活動が実施されている。

(1)平成25年度中に出発/帰国した渡航者300名をキャリアコンサルタントが出発前→渡航中→帰国後に渡ってコーチング(無料)

(2)過去の渡航者に対するアンケート調査(1500名)およびインタビュー調査

(3)来日外国人向け就業実態研究の一環としてアンケート調査およびインタビュー調査

ここからは主に、その成果が最も注目された(1)のキャリアコーチングに注視して考察していく。(研究資料およびデータ出典:海外体験を生かしたキャリア形成事例分析《完全版》、実態調査

■海外で3ヶ月。能力はどれくらい伸びたか?

受講対象者の条件は「海外インターンシップ・ワーキングホリデー・海外ボランティア・語学研修のいずれかに3か月以上参加したおおむね35歳位の者」となっている。昨年5月末にGlobal ACE が公式発表されたときには画期的なチャレンジとして注目はされたものの、サポート対象者の募集が間に合わないのではないかとの懸念もあった。なにしろ、事業の実質的なスタート自体が初夏にさしかかろうとしていており、それから出発し年度内に帰国する渡航者を・・・となると実質渡航期間は3ヶ月~6ヶ月。受講可能者の母数自体がそう多くないことも予想されたが、ふたを開けてみれば313人がこのサポートを申請し受講。当初目標の300人を超えた。

このうち満足度調査に回答した201人によると、渡航中に最も伸びたと感じているのは「語学力」。調査対象者の9割が英語圏に渡航しているため、語学力とはすなわち「英語力」だろう。

次いで「異文化適応力」「ストレス対応力」が続き、その後ほぼ同じ水準で「論理的思考力」「提案力(創意工夫する力)」「コミュニケーション力」と回答している。

最下位は意外というべきか「実行力(チャレンジする力」。長期間海外に渡航しようと決断し実行したのだから既に実行力のベースがあるように思うが、だからこそ本人にしてみると最初から備わっていた能力であり、いまさら伸びを感じるものではなかったかもしれない。あるいは渡航中、自分のさらに上を行くチャレンジ精神の持ち主たちに出会ってしまったという可能性もある。

今回、渡航者のコーチングを担当したキャリアコンサルタント達の報告書を読み進めると、先述の能力はひとつひとつ独自に開発されたものではなく、ある能力向上に引っ張られる形で他の能力も上がっていることがうかがえる。

例えば、「語学力」と合わせて「異文化適応力」や「提案力(創意工夫する力)」が上がっている人の場合、リスニング力・スピーキング力をあげようとする過程で日本人同士でも現地語で話すよう心がけたり、英文作成力をあげようとしてホストファミリーに感謝の気持ちの書き方を教わったりしている。

また、「論理的思考力」と並行して、「語学力」や「異文化適応力」が上がっている人の場合、 "First of all," "Secondly," などを使いながらポイントを絞るよう努めるなか「英語では短い文章で伝えたいことをストレートに伝えるほうが伝わりやすいと学んだ」と言っている。

■キャリア・コンサルタントが果たした役割

過去の渡航者たちだって同様の成果を上げて帰国してきたはずだが、冒頭に触れたとおりなかなか就職活動の武器にはし得ていなかった。今回はそこに、キャリア・コンサルタントが介在している。当事業では「キャリアに資する能力を開発する」ことを目的としているため職業のあっせんまでは行わない。ではキャリア・コンサルタントは何を手助けしたのだろうか。

大きな役割は次の4つである。

(1)企業が求める人材像を伝える

(2)能力開発の意義を理解してもらう

(3)海外就業体験による成長のイメージを共有する

(4)動機付けを促すために説得力ある情報を提供する

過去の事例から、帰国後の就職活動がうまくいく傾向にある人とは「キャリア志向や自己肯定感が強く、渡航動機が明確な人」であることがわかっているそうだ。そのためにキャリア・コンサルタントは、現地での活動成果が自信となるよう言語化したり、語学力を活かした就職だけにこだわらず成果全般を広い視野で評価したり、帰国直後の海外体験の記憶が鮮明なうちに就職活動をスタートさせ臨場感ある自己PRをさせることなどに注力するようだ。

今回の渡航者たちの就職成果が出るのはまだ先だ。ただ、今年度以降、この事業が成功するかどうかのカギは、有能なキャリア・コンサルタントの増員ということにもなりそうである。

■「もっと何かやりたくなった」という渡航者たち

帰国後の成果回答を見ていて、ふと目をひいたことがある。渡航者たちはそれぞれ、結果にただ満足しているばかりではなく「さらに能力を向上させたい」なかには「違うことにも関心がわいた」と言っている。己の未来像を今よりも高い次元で描いているということだ。

たとえばある人は「はじめは英語を使える仕事にという気持ちが強かったがSE+英語の仕事、さらには学んだ韓国語も利用できるような業務につきたいと意識が変わってきた」と言う。また前職が薬剤師だったというある人は「(現地インターンシップの結果)ルーティンワークより改善や提案できる仕事が好きであると認識できた」と言う。

帰国直後というホットな時点での就職成果も大事な指標であるが、数年後までその足跡を追うことで違った研究結果が見えてくる可能性がありそうだ。

■「ホリデー」を評価する企業文化へ

この事業では渡航経験を仕事に活かしたい人を対象としているが、ワーキングホリデーや海外留学に行く人すべてが、是が非でも就職に結び付けたいと思っているわけではない。とにかく海外に住んでみたかった人、経験を積んで人間の幅を広げたい人、思いっきり旅行を楽しみたい人、ひたすらリラックスしたい人。動機はさまざまだ。

当事業はあくまでも、渡航者側のアクションによって就職活動を成功させようという取り組みだ。すなわち「個人」の挑戦である。

願わくば、受け入れる側である「社会」もこの価値を見直すきっかけになると良い。当記事の冒頭で、ワーキングホリデーは「ホリデー=遊び」のイメージが強く、そのことが就職へのネックになっていると述べたが、遊びこそが創造性を育んだり、行動範囲を広げたり、コミュニケーション力をアップさせたりする原動力でもある。

以下の記事も参考にしてほしい。

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■ 中学・高校の英語教師に期待するレベルはどこ?~グローバル教育の加熱に悩む英語の先生たち

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異文化で遊んできた経験をもっと評価する人事担当者、それもグローバル展開に関心のない企業にこそ増えてきたら、日本には面白い企業が増えていくのではないか。そんな期待をしている。

留学ジャーナリスト 若松千枝加

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