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同性ふたりのライフプランニングを考えよう
パートナーシップ、ふたりの人生が始まります。これからなにが起こるのか......。
男女のカップルであれば、会社や学校の先輩、なにより両親という身近なモデルがいます。「家の購入」「保険」「子どもが生まれたら」......。しかし、同性ふたりにそうしたロールモデルは当てはまりません。
20代、30代は、まだまだ勉学や仕事、もちろん遊びにも忙しく、長い人生を考えることは難しいかもしれません。
子の教育費の必要がなく、可処分所得が高いぶん、貯蓄計画やライフプランを考えていかないと、つい浪費してしまうおそれもあります。
40代、50代は、仕事も多忙をきわめる時期です。会社を辞め、独立・起業をする人もいるかもしれません。
住宅問題は、購入するのか賃貸を続けるのか、購入するならローンの返済からいってこのへんが年齢的に限度でしょう。また、ふたりでお金を出しあって購入する場合、名義や相続の問題も検討事項となります。
不動産のつぎに大きな買物といわれる保険にも、見直しが求められます。若いころ、なんとなく入ってしまった保険と現在の自分とに、いろいろニーズのずれがあるかもしれません。
さらにこの時期、親の介護があるかもしれません。そして親の死とその後の相続も、きょうだいとの関係もからんで、中年期の大仕事です。
その一方、自身の健康についても気がかりの増える時期です。発病、入院・療養、それによる突然の収入途絶を経験するかもしれません。
男女の結婚でもそうですが、この時期、ある種の倦怠期を迎え、関係性が変化したり、メンタル不調を発症したり、ゲイのなかにはHIV感染がわかった人もいるかもしれません。
そして迎える60代、70代の時期です。
仕事をリタイアし、収入がなくなったあとの、いわゆる老後の資金計画や、介護を視野に入れた居住計画について考える必要があります。健康維持にはますます注意が必要です。自身やパートナーの介護、入院・療養時に、病院や介護施設における対応はどうなのか、気になるところです。
そしていよいよ旅立ったあとも、こちらの世界では葬儀や相続、死後の片付けやお墓という問題が残っています。残されたパートナーは、それを家族と同様の立場で行なうことができるのでしょうか......。
こうしたさまざまな人生上の課題にたいし、同性ふたりは、両親や結婚した友人らをモデルケースとできないなかで、取り組まなければならないわけです。
法的保障のための書面作成を検討する
こうした人生上のさまざまな事態をふたりで乗り越えていこうとしたとき、社会ではまだ同性ふたりのパートナーシップへの理解が乏しく、せいぜい同居する友人としか見なされないのが現実です。ひどい例では、同居パートナーが突然死したとき、警察からふたりの関係を理解してもらえず、もう一方が被疑者扱いされた話もあります。
たとえ同性パートナーシップに理解がある相手でも、法的な問題が関係すると、法的根拠がないことを理由に対応を拒まれることがあります。銀行など財産管理にかかわる場面、介護や医療など個人情報や契約にかかわる場面、そして死やその後の相続にかかわる場面などが代表的です。
しかし、現代は自己決定が尊重される時代であり、自分の代理人としてパートナーに権限を与え、それを書面などで第三者にも提示できるかたちにしておくことで、本人の自己決定を尊重し、周囲の人もそれに従うような効果が期待できます。
また、いくつかの書面は法律に規定があり、第三者に対する効力も規定されています。さらにそれを公証人が作成する公文書である「公正証書」にしておくことで、いっそうの法的効力を期待することもできます。公正証書で作成することが法律で決まっている書面もあります。
同性ふたりのどういった場面で、どういう書面が効果があるのか、かんたんに紹介しましょう。
●パートナーが倒れた! 面会したり医療者から説明が聞ける?
【医療に関する意思表示書】パートナーに病院での面会権を与えたい、医療者は治療方針をパートナーに説明してその意向を尊重してほしい、などの内容を明記した書面をあらかじめパートナーに託しておきます。
本人が意識不明などで意思表示ができない場合、パートナーは「本人の意思はこうである」と書面を提示し、面会や自分への医療説明を医療関係者に求めることができます。同時に、緊急時にパートナーに自分の情報が伝わるように、財布などに入れて「緊急連絡先カード」を携行しておくことも大切です。
●パートナーの判断能力が低下。財産管理や契約の代理はどうする?
【任意後見契約】認知症や植物状態などで恒常的に判断能力が失われた人にキーパーソンをつけて、財産管理や契約の代理をする制度があります(成年後見制度)。このキーパーソンを、あらかじめ自分で指定しておくことができるのが「任意後見契約」です。
本来は老後の認知症などに備えて行なうものですが、おたがいに任意後見人になる契約をしておくことは、ふたりのあいだに法律にもとづく一種のパートナーシップがあることにもなります。実際に判断能力が衰えたときは、裁判所への申し立てを経てこの契約を発効させてパートナーが正式に後見人となり、本人の財産管理や契約の代理をします。
渋谷区で条例化されたパートナーシップ証明では、この契約をしていることが証明書発行の要件となっています。
●自分が亡くなったとき、パートナーに財産を引き継ぎたい
【遺言】法定相続がない同性パートナー間で、財産や事業を引き継ぐためには必須の書面です。民法に規定があり、それからはずれた不適法な遺言は無効となるので、遺言の作成には正確な知識が必要です。
ふたりでお金を出しあって不動産を買ったときなどは、名義者の万一に備えて遺言を作成しておくことが大切です。遺言ではほかに祭祀主宰者(喪主)の指定、生命保険金の受取人の変更などもできます。
また、亡くなったあとの片付けについても、「死後事務委任契約」の書面を作成しておけば、なお安心です。
●ふたりのパートナーシップを対外的に明示したい
【同性パートナーシップ合意契約書】男女の夫婦などで最近とりかわす例もある婚姻契約書の同性カップル版。ふたりの共同生活上の合意事項をまとめておきます。
女性カップルなどでは連れ子への養育協力なども盛り込み、第三者にたいして双方が保護者であることを示すこともできるかもしれません(幼稚園や病院での送り迎えなどにも活用できるでしょう)。
こうした書面を人生の流れに応じて配置したのが、下の表です。
よく、同性婚がないために同性カップルは(法律婚の男女に比して)これこれのことができない、という嘆きを聞くことがあります。しかし、こうして書面を作成することで、実質的に婚姻と同様の内実を得ることができるのも確かなのです。
ずいぶんたくさんの書面があるように見えますが、(A)内容がほとんど同じである「財産管理委任契約」と「任意後見契約」は、移行型として一緒に作り(恒常的に判断能力が失わる段階になったら任意後見に切り替える)、(B)「医療に関する意思表示書」のなかに「尊厳死宣言」(終末期の意思)も入れておき、(C)「死後事務委任契約」は、片付けをするかわりに財産をあげるという「負担付き遺贈の遺言」にまとめれば、3本の書面でふたりのパートナーシップを夫婦と同様のものに近づけることができます。
ふたりで安心して最後まで暮らすために、
●ウエディングだけではない、ふたりに必要なこと
●同性パートナーシップを証明する書面
●お金・不動産・保険、ライフプラニングのコツ
●性的マイノリティが病気をするとき
●老後と万一時の心の準備はしておこう
ふたりで安心して最後まで暮らすための本
著者/訳者:永易 至文
出版社:太郎次郎社エディタス( 2015-10-16 )
定価:¥ 1,620
Amazon価格:¥ 1,620
単行本(ソフトカバー) ( 112 ページ )
ISBN-10 : 4811807855
ISBN-13 : 9784811807850
永易至文(ながやす・しぶん)特定非営利活動法人パープル・ハンズ事務局長、行政書士
1966年生まれ。フリー編集者・ライターとして、同性愛者の〈暮らし・お金・老後〉をテーマに等身大のリアリティを求めて執筆を続ける。2013年、執筆だけでなく、自分が専門家となってサポートを提供しよう、と行政書士およびFP資格を取得し、東中野さくら行政書士事務所を開設。法に規定のない同性カップルのほか、おひとりさまやHIV陽性など、個々の事情にあわせたライフプランサポートを行なっている。同年、仲間とNPO法人パープル・ハンズ設立、事務局長をつとめている。