豪雨への備え/土砂災害から命を守るための三つの課題

今の土砂災害防止対策のみでは、十分な対処ができない。

森林文化協会の発行する森と人の文化誌『グリーン・パワー』(月刊)は、森林を軸としながら自然や環境、生活、文化などの話題を幅広くお届けしています。この夏は、九州北部などで豪雨に伴う大規模な土砂災害が発生し、森林管理の在り方も問われました。これを受けて9月号の「NEWS」欄では、長年、災害に強い森林の育成に取り組み、自らが暮らす長野県の集落で災害対策の実践を続けている山寺喜成さん(元信州大学農学部教授)からの報告を受けました。

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直根苗木を使ったモデル林を造成し、堰堤との一体化を図った森林強靭化の例=図と写真は、いずれも山寺喜成さん提供
直根苗木を使ったモデル林を造成し、堰堤との一体化を図った森林強靭化の例=図と写真は、いずれも山寺喜成さん提供
山寺喜成さん

土砂災害について注視すべきは、同じような災害が毎年繰り返し生じていることである。つまり、この現象は今の土砂災害防止対策のみでは、十分な対処ができない。土砂災害から命を守るために何が不足しているか、何をすべきかを考えたい。私の考える主要な課題は、①災害発生源を明示した防災マップの作成、②森林の強靭化、そして③住民の防災意識の向上、である。

災害発生源を明示した防災マップ

土石流のような土砂災害が繰り返す根本的な要因は、災害発生源(崩壊危険箇所)の究明不足である。発生源が明らかでなければ、適正な予防対策(事前対策)を講じることはできない。このため現状の防災対策は、復旧対策(事後対策)に偏っており、同じような災害が繰り返す一因になっている。効果的な防災対策を講じるには、土砂災害の発生源を究明し、それに基づく事前対策と事後対策を進めるのがあるべき姿である。

崩壊危険箇所(馬蹄形+流下方向の矢印)を明示した辰野町沢底区の防災マップ。集落ごとの危険度をより的確に判断できる〈A、B: 土砂災害警戒区域外だが、被災の危険度が高い。C、D、F: 警戒区域だが、危険度は低い。E、G:警戒区域であり、危険度が高い〉
崩壊危険箇所(馬蹄形+流下方向の矢印)を明示した辰野町沢底区の防災マップ。集落ごとの危険度をより的確に判断できる〈A、B: 土砂災害警戒区域外だが、被災の危険度が高い。C、D、F: 警戒区域だが、危険度は低い。E、G:警戒区域であり、危険度が高い〉
山寺喜成さん

現在、予防対策の一つとして、「土砂災害警戒区域」を示した防災マップが作成されている。この区域は災害がもたらされる区域であり、災害をもたらす区域ではない。このため、土砂災害警戒区域のみを対象とする対策工では、土砂災害を防ぐには不十分である。土砂災害を防ぐには、被害が生じやすい場所(警戒区域)と、災害を引き起こす場所(災害発生源)の双方に対処しなければならない。

土砂災害警戒区域と土砂災害の発生との関連性を見ると、三つのケースが認められる。

一. 警戒区域内に土砂災害が発生する場合。災害常襲地で、弱い地質の地帯に見られる。

二. 警戒区域内に土砂災害が発生する危険性がほとんどない場合。安定地形への移行地、堆積土砂が少ない流域、堆積土砂を動かすエネルギー(崩壊危険箇所)がない流域などに見られる。

三. 警戒区域外に土砂災害が発生する場合。風化土層厚の増加に伴い発生する新生崩壊地である。最近は、しばしばこうした「土砂災害警戒区域」外に災害が発生している。

このように、現行の防災マップには改善を要する点がある。①各警戒区域の危険性の大小や緊急性の比較判断が困難、②効果的な施工対策や安全な避難経路の検討で適正な判断を下せない、③住民にほとんど活用されていない、などである。これらを解消するには、土石流の発生源である崩壊危険箇所を検出することが必要である。災害を引き起こす危険性の高い場所を現行の防災マップ上に明記することは、住民の生命や財産に直接関わるため、住民個々の防災意識の向上を促すという利点がある。また、対策工の規模や設置位置の適正化にも有効である。なお、崩壊危険箇所の抽出は、航測レーザーを利用した最新の地形解析技術により行うことができる(※)。

※「緑斜面の健全性診断と再生のための新技術」緑斜面研究会(2012)参照https://www.pacific.co.jp/service/foundation/geology/close-up/doshasaigai-torikumi2/(今年9月以降に閲覧可能となる予定です)

直根を重視した森林の強靭化

土砂災害発生の主要な原因には、素因として、地形地質、森林本体、誘因として、降雨、地震、風がある。これまで、災害発生の原因として、地質(立地条件)と降雨(気象条件)が取り上げられることは多かったが、原因が森林本体にあることについてはほとんど取り上げられなかった。森林の強弱は土砂災害の発生と規模の大小に深く関係していることから、災害防止対策として森林自体の強化を第一に考えたい。

森林の崩れやすさに関係する直接的要因は、根系の伸長状態である。天然林では、太い直根が地中深く伸長し、また、太く長い側根がネット構造を形成する。このため、樹高が高く成長しても地上部の重量を支えることができる。これに対し、植栽林では、細く短い根が密生し、太い直根や長い側根はほとんど伸長しない。このため、地上部の重量を支えることができず、倒れやすく、生産性の低下、早期衰退、生態的寿命の短縮を招いている。

植栽した樹木の直根が伸長しない主な原因は、直根を切断して細根を増やす苗木養成、直根が消失する「さし木苗」の使用、根系の伸長を著しく抑制する容器での育成にある。植栽時の活着率を高めるために行うこれらの手法は、根系の貧弱化を招く欠点があることを認識したい。つまり、現存する植栽林は不自然な根系形態が形成され、本来樹木が持っている高い防災能力が既に失われ、災害に弱い森林になっているのである。

高い防災機能を有する森林の創出には、直根の伸長を促し風化土層の固定と自重(地上部の総荷重)の維持機能を高めること、そして、側根のネット構造の強化により根系土塊(根系と土壌が一体化したもの)の移動を抑制すること、が森林の強靭化の基本である。

森林の強靭化が必要な場所のイメージ。①土石流の発生源 ②土石流の掃流地域(土石流が巨大化する域) ③被災域(氾濫域) ④ 山麓林(集落周辺の森林)
森林の強靭化が必要な場所のイメージ。①土石流の発生源 ②土石流の掃流地域(土石流が巨大化する域) ③被災域(氾濫域) ④ 山麓林(集落周辺の森林)
山寺喜成さん

森林の強靭化が特に求められる場所として、①土石流の発生源、②土石流の規模を増幅させる掃流地域、③土石流の被災域(氾濫域)、④山麓林、がある。強靭化により、①では土石流の発生を抑制できる。②に成立する森林の強弱は土石流災害の規模に大きく関係する。ここでは流木の凶器化を防ぐために、直根が伸長する森林づくりが求められる。また、堰堤や流路工などの構造物と併用した森林の強化も欠かせない。③や④の強化は、被害の拡大防止や予測困難な小規模崩壊の抑制のために行いたい。この他、一般の経済林造成においても、根系の発達が不良な沢筋には、ケヤキなど根系土塊の大きい樹種の導入や直根が伸長する苗木の導入が望まれる。

住民の防災意識の向上

死者が生じた土砂災害を振り返ると、避難指示が出てから行動を開始しても避難は難しい。命を守るには、まず、住民一人一人が避難指示の出る前に危険性を察知し、行動できる能力を身に付けることが肝要である。この目的で結成した「農山村を災害から守る会」(長野県辰野町沢底区有志)の主な活動を紹介する。

まず、沢底区内の崩壊危険箇所(土石流の発生源)722カ所を抽出し、現地調査を踏まえて、自治体が作成した防災マップにそれらの危険箇所を併記したマップを作成し、区内全戸に配布した。自治体が作成したマップでは、集落のほぼ全域が土砂災害警戒区域に指定されていて危険性の判断が困難であるが、危険箇所を明示したマップなら各戸における土砂災害の危険性を住民自身が判断できる。また、防災機能の高い森林の創出を目的として、直根が伸長する苗木を用いたモデル林の造成も行っている。

以上のように、土砂災害から命を守るには、対策工の強化に優先して、災害発生の素因に目を向け、災害を受ける側(森林と人)の健全化を図ることの重要性を認識したい。

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