角を矯めて牛を殺す――。
この言葉は、小さな欠点を無理に直そうとすると、かえって全体がダメになってしまうという意味である。新専門医制度を評するのに、この諺がふさわしい。
新専門医制度の原点ともいえる平成25年の「専門医の在り方に関する検討会報告書」によると、基本的な考え方は「専門医制度を持つ学会が乱立して、制度の統一性、専門医の質の担保に懸念を生じる専門医制度も出現するようになった結果、現在の学会主導の専門医制度は患者の受診行動に必ずしも有用な制度になっていないため、質が担保された専門医を学会から 独立した中立的な第三者機関で認定する新たな仕組みが必要である。」と記載されている。
「専門医制度の乱立、制度の不統一」という"小さな欠点"が気になったことがそもそもの出発点のようだ。
また、後半の患者の受診行動と専門医制度の関わりについては、たとえ新制度が始まったとしても限定的であると私は考える。
日本にはかかりつけ医という文化があり、かかりつけ医が、自分の信頼する医師に患者を紹介するシステムが広く行き渡っている。その場合、かかりつけ医からみて、紹介先の医師の専門医資格はほとんど関係ない。地理的条件に加えて、個人的に信頼していること、あるいはこれまでの紹介状に対する回答書、さらには学会発表や論文などを考慮して紹介することが多いと思われる。
救急疾患の場合は、近くの救急病院に行くか搬送される。それも専門医資格の有無は全く関係ない。
つまり新専門医制度は、小さな欠点を矯正し、ほとんど意味のない目的を持ったものであるといえる。一応「質の担保」という謳い文句もあるが、質の担保に寄与しそうな内容は皆無であり、基本領域―subspecialty構造による「管理」、専攻医の地域別、領域別の人数の「管理」、基幹施設―連携施設構造による「管理」と、「管理」、「管理」「管理」が並び、これがよい医師を育てることにどう繋がるのか、全く理解ができない。
むしろ、医療の柔軟な発展を阻害し、若手医師のキャリア形成を阻害し、地域医療を支えている指導医のmotivationを低下させ、専攻医のon the job trainingを劣化させる。新専門医制度がもしこのまま開始されると日本の地域医療と将来を担う若手医師達に不可逆的なダメージを与えるだろう。そして多くの地域で、大学医局はこの新制度に乗じて大学復権を目指している。そのことがより事態を複雑にし、地域医療の危機を高めている。
専門医機構および厚労省は平成30年の制度開始を優先せずに、原点に立ち返って、すなわち平成25年の「専門医の在り方に関する検討会報告書」に立ち返って、再検討すべきである。議論が机上の空論で終わらないようにするためには、地域医療の現場で働く指導医や、研修医、女性医師を議論に加える必要がある。
(2017年3月29日「MRIC by 医療ガバナンス学会」より転載)