ドイツ政府と産業界は、工業生産のデジタル化計画「インダストリー4.0」に21世紀の成長戦略として大きな期待をかけている。連邦政府は今年からこのプロジェクトの主導権を握り、実用化へ向けてテンポを速める。
S・ガブリエル連邦経済大臣とJ・ヴァンカ教育研究大臣は、今年4月に開かれた世界最大の工業見本市「ハノーバー・メッセ」で、このプロジェクトの執行機関「プラットフォーム・インダストリー4.0」の総指揮を取ることを発表した。
この機関には、インダストリー4.0を実施するBITKOM(ドイツ情報技術・通信・ニューメディア連邦連合会)、VDMA(ドイツ機械・プラント製造業連合会)、ZVEI(電子・電気工業中央連合会)だけでなく、BDI(ドイツ産業連盟)、IGメタル(全金属労働組合)も加わっている。
ガブリエル大臣は、見本市会場で「ドイツの未来の暮らしや労働、物づくりはデジタル化に強く影響される。我々は、未来の製品や市場をめぐる競争に勝つために、今日重要な一歩を記す。ドイツはこれまでも物づくりで傑出しているが、インダストリー4.0によってその実力をさらに増強するのだ」と述べ、このデジタル化プロジェクトによって、ドイツ産業界の競争力維持をめざしていることを明らかにした。
インダストリー4.0が初めて公表されたのは、4年前。2011年のハノーバー・メッセで、ドイツ工学アカデミーのH・カガーマン会長らが「ネットを使った工業生産とIT技術の融合により、ドイツをデジタル化について世界のリーダーにする」と宣言した。
だがこの4年間、インダストリー4.0は足踏み状態だった。ジーメンスなど大手企業は、デジタル化の進んだパイロット工場を建設するなど、インダストリー4.0の実現に向けて着々と準備を進めているが、中規模企業(ミッテルシュタント)では、具体化のための準備が遅れている。その理由は、ドイツの企業数の約98%を占める中規模企業が、「我々の強みであるイノベーションのためのノウハウが、デジタル化によってプラットフォームに共有されることにより、他社に簡単にコピーされるのではないか」という懸念を持っているためだ。
インダストリー4.0の旗振り役の1人であるカガーマン氏は、企業向け財務ソフトのメーカーSAPの元社長である。このことからもわかるように、インダストリー4.0はIT業界主導のプロジェクトであり、ソフトウエアが勝負を決する。このため産業界には、「我々はIT業界の下僕になる気は全くない」という警戒感すら現れている。4年間インダストリー4.0が大きく進展しなかった理由の1つは、スピードを重視するIT業界と、長期的な視野を重視する機械製造業界の文化の違いだ。
連邦政府は、企業間の対立のために国家プロジェクトが遅延することを恐れて、インダストリー4.0の主導権を握ることを決めたのだ。米国では今年1月にGEが中心となってIIC(工業インターネット・コンソーシアム)という団体を創設し、IOT(物のインターネット)の普及へ向けて邁進している。
ドイツは、グーグルやアップル、フェースブック、アマゾンなど知名度の高い米国のIT企業が、工業生産のデジタル化でも世界標準を設定することを恐れている。実際、カガーマン氏は「ドイツはIOTでグローバル・スタンダードを作ることをめざしている」と語る。
インダストリー4.0の勝負は、今後10年間~20年間だ。ドイツ工学アカデミーは、「インダストリー4.0は、企業の労働生産性を少なくとも30%改善する」と予測する。またフラウンホーファー労働経済組織研究所とBITKOMは、「インダストリー4.0は、2025年までに、ドイツ経済全体の価値創出額を2670億ユーロ(34兆7100億円)増やす可能性がある」という予測を発表している。
ドイツ企業と米国企業、ドイツ企業と中国企業がIOTをめぐり、提携する動きも目立つ。さて日本政府と企業は、海外で大きなうねりになりつつある工業生産のデジタル化の波に、どう対応するのだろうか?
週刊ダイヤモンド掲載の記事に加筆の上、転載。