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2018年05月07日 10時17分 JST | 更新 2018年05月07日 10時17分 JST

発症力が弱く、治療できるにもかかわらず、今もなお差別の対象となる理不尽。

ハンセン病をめぐる謎の一部は、その発症力の弱さに起因しているのかもしれません。

1か月分の服用量が1枚のブリスターパックに包装されているハンセン病の治療薬。
日本財団
1か月分の服用量が1枚のブリスターパックに包装されているハンセン病の治療薬。

業病、呪われた病い、不浄の病気、遺伝病、強力な感染力を持つ病気、死に至る病い、未開の地あるいは熱帯特有の病気、古代や中世の病い...ハンセン病はこのように表現されてきましたが、いずれも間違った表現です。

医学的には、ハンセン病は「らい菌」による慢性的な感染症です。らい菌は、結核菌と同じグループに属する微生物で、1873年にノルウエーのアルマウェル・ハンセン博士によって発見されました。ハンセン病の名は、この発見者の名にちなんだものです。

発症力は極めて弱く、95%以上の人が免疫を持っているため、たとえ菌に感染したとしても自然治癒し、発症することはごく稀です。たとえ免疫力の低下、栄養不良、患者との長期間の反復接触等の発症しやすいと思われる条件が整っていても、0.1%以下の発病率だというデータもあります。

平均で3年、長い場合は20~30年の潜伏期間を経過し、発症するとまず、皮膚や神経に症状があらわれます。初期症状としては「パッチ」と呼ばれる皮膚の斑紋が知られています。このパッチには、痛覚、触覚、温冷覚などの感覚がありません。この段階で治療すれば障害は残りません。

しかしそのまま放置すると、感覚を失っているために、自覚症状のないまま、傷口の化膿、二次症状、さらには身体の一部の変形や欠損など、ハンセン病の特徴と誤解されている外見の変化がもたらされます。視力を失うケースも少なくありません。

笹川記念保健協力財団/日本財団
ヘルスワーカーやボランティア向けに制作された「新ハンセン病アトラス―患者発見・診断・治療のためのマニュアル」。これまでに7か国語で発行されている。

1941年にカーヴィルで治療薬「プロミン」が開発されるまで、ハンセン病の治療には、主に「大風子油」が使われていました。イイギリ科の植物から得られる「薬」で、古代より東南アジアやインドの民間療法で用いられていましたが、19世紀末から欧米でも使われはじめ、20世紀には注射薬としても普及します。その効果は、たとえあっても一時的なもので、ほとんどのケースでは目立った効果は見られませんでした。

プロミンの登場で、ハンセン病は治る病気になりましたが、毒性が強く、注射のみの使用に限られ、また副作用も少なくありませんでした。その後、経口投与が可能なジアフェニルスルホンが開発され、現在はこれを含む多剤併用療法(Multi-drug therapy:MDT)が治療の中心となっています。

とはいえ、ハンセン病がいまだに謎の多い病気であることもまた事実です。一般的には熱帯の病気であるとされながらも、突然のようにノルウェー、ロシア、カナダのような寒冷地で患者が増えたり、ホットスポットと呼ばれる患者の多い地域が存在したり、また地域によって症状が異なったりもします。感染ルートも明確になっていません。

ハンセン病をめぐる謎の一部は、その発症力の弱さに起因しているのかもしれません。発症力が弱いため、追試して感染ルート等を確認することが難しいのです。

それほど発症力が弱いにもかかわらず、いまもなお差別は残り、患者たちに絶望をもたらし続けています。病気が治っても差別は残ります。「人はなぜ差別をするのか」、ハンセン病はそんな根源的な謎を人々に問いかけている病気でもあるのです。