音楽療法が「心を癒やす」ほんとうの意味
音楽療法というと、音楽で患者さんを元気づけるとか、一緒に歌って楽しむというイメージがあるかもしれません。
確かに音楽には人々に喜びを与え、ムードを向上させる要素がありますが、必ずしもそれがセッションの目的ではありません。
アメリカのホスピスでの音楽療法
アンパンマンの明るい曲がつらかったお母さん
昨年、心臓病を持ったお子さんと音楽療法をしました。セッションの後、その子のお母さんが言ったことが忘れられません。
「音楽療法って、イメージと違いました」
数年前、お子さんが心臓の手術で入院していたとき、看護師さんが毎日巡回にステレオを持ってきて、「アンパンマン」の歌をかけたそうです。
「明るい歌で、私たちを元気にしようという気持ちだったんだと思います。でも、私はそういう気持ちに全然なれなくて......逆にその時間がすごくつらかったんです」
なぜ「アンパンマン」の歌が、お母さんにとってつらく感じたのでしょうか。
私には元気をくれる曲も、あなたにはつらいかもしれない
音楽の反応はひとりひとり違うため、私にとって元気が出る音楽があなたにとってもそうだとは限りません。
「アンパンマン」の歌で明るい気持ちになる人もいれば、そうでない人もいます。
それを考慮しなければ、音楽は単なる押し付けになってしまうのです。
人に役立つ音楽を選ぶためには、その人について知る必要があります。
その人の気持ちや状況、その人がどんな人生を歩んできた人なのかなどを知らなければいけません。
そのためにはリスニングスキル(聴く技術)が大切です。
だからこそ、音楽療法士になるには、心理学やカウンセリングを学ぶ必要があるのです。
気持ちを受け止める「バリデーション」
お母さんが「アンパンマン」の歌を聞いてつらいと感じたもうひとつの理由は、歌の内容やムードが彼女の気持ちとかけ離れたものであったことにあります。
心のケアにおいての基本は相手の気持ちを受け止めることです。その人の気持ちと向かい合い、確認し、「あなたはこう思っているのですね」と認めることを、
「バリデーション(Validation)」と言います。
つらい気持ちの人に明るい歌を聞かせることは、バリデーションにはなりません。
バリデーションのわかりやすい例を挙げましょう。
お母さん「この子、手術してから、あまり食欲がなくて......」
看護師A「そのうち食欲が出ますよ。お母さん、元気出してください」
看護師B「食欲がないのは心配ですよね。手術後に食欲がないのはよくあることですから、もう少し様子をみましょう」
看護師Aはお母さんに「語る」アプローチであるのに対して、看護師Bはお母さんの気持ちを「聴く」アプローチです。看護師Bはお母さんの心配する気持ちを汲み取り、それを言葉で反映しています。
バリデーションをすることで何が起こるかというと、相手が「理解してもらった」という安心感を持ちます。
「この人は私の気持ちをわかってくれる」と感じたとき、初めて人は心を開くのです。
回復や成長につながる「気づき」になる音楽
音楽療法では、言葉だけではなく、音楽を使ってバリデーションを行います。
患者さんやご家族の気持ちを代弁するような曲を使うことで、その人の気持ちに寄り添うのです。
音楽の選択のみならず、弾き方、歌い方、伴奏の仕方なども、相手の気持ちやムード、呼吸などに合わせます。
つまり、音楽そのものが鏡のような存在として、その人の気持ちを映しだすのです。
そうすることによって、本人が自分の気持ちに気づきます。
その「気づき」こそが、回復や成長につながるのです。
【佐藤由美子】
米国認定音楽療法士。ホスピス緩和ケアを専門としている。米国ラッドフォード大学大学院音楽科を卒業後、オハイオ州のホスピスで10年間勤務し、2013年に帰国。著書に「ラストソング 人生の最後に聞く聴く音楽」(ポプラ社)がある。
(2015年12月09日看護roo!より転載)