フィリピン出身の韓国国会議員・李ジャスミンさん 「多民族・韓国」をどう見るか

2012年の総選挙で与党・セヌリ党から比例代表で立候補し初当選した。すると、韓国社会からの激しいバッシングや、インターネット上での人種差別的な書き込みに悩むことになった。

韓国の国語辞典では、「韓国人」を「韓国国籍を持つか、韓民族の血統と精神を持つ人」と定義している。

しかし韓国は今、外国からの移住と国際結婚が増加し、「韓国人」という言葉も再定義を迫られている。急増する農村の結婚や人口の統計を見れば、多文化家庭(国際結婚家庭)の数は間違いなく今後も増えていくだろう。増加する多文化家庭は韓国を多様性ある社会にするものであり、その過程で偏見と社会的な葛藤も生じる。

李ジャスミンさんは、フィリピンで生まれ、18歳で韓国人と結婚して韓国の地を踏んだ。韓国籍を取得し、韓国の外国人家庭や国際結婚家庭を支援する活動に従事しながら、テレビや映画にも出演していたが、2012年の総選挙で与党・セヌリ党から比例代表で立候補し初当選した。すると、韓国社会からの激しいバッシングや、インターネット上での人種差別的な書き込みにさらされることになった。そんな注目の女性に、ハフポスト韓国版がインタビューした。

──どうして韓国に来たんですか?

夫に言われて、韓国に挨拶にだけ行くつもりでした。両家とも結婚を反対しましたよ。フィリピンの結婚式には夫の家族は誰も来なかったの。実家の両親は「おまえはなぜ歓迎されないのか」と言われました。私は純粋だったんです。「結婚はこの人とするの、夫の家族とするんじゃない」と思っていた。ところが韓国に来てみると、結婚とはまさに家族とするものだった(笑)。もともと韓国に定住するつもりはありませんでした。

──でも、どうして定住することになったのですか?

3カ月後にフィリピンに帰ったとき、妊娠したことがわかりました。夫は「絶対に韓国で産め」と言って、韓国に戻ってきた私をフィリピンに帰さなかったんです。私はフィリピンに帰って学校を卒業しようと思っていたのに、夫も義理の父母も「子供は誰が世話するの?」と言いました。後で聞いた話ですけど、私をフィリピンに帰したら初孫を抱けないと心配していたそうですよ。

──今はどうですか?

今も一緒に住んでいます。最初は義理の両親と義理の祖父母、義弟まで6人が一緒に住んでいました。私が子供を2人産んで、義弟が結婚して子供ができたら家族が11人まで増えました。2010年に夫が事故で亡くなり、義理の祖母も亡くなったので、今は9人です。

「多文化政策に与党も野党もない」

李ジャスミン議員は、2012年の総選挙でセヌリ党の比例代表で15位で当選して国会議員になった。それ以前は、ソウル市の外国人公務員第1号となる「外国人生活支援主務官」を務め、韓国語が堪能なのでKBSテレビの国際結婚家庭を紹介するバラエティー番組「Love In Asia」やEBS(教育放送)の韓国語教育番組などに出演した。

──国会で印象深かったことは?

最初、他の議員さんから「韓国語がうまいね」と言われました。いくら外国出身でも、国会議員になるくらいなら韓国語は上手で当たり前です。「私は外国出身の女性だから、こんなことを言われるんだ。固定観念を破らなければ。外国出身の代弁者として国会に来たからには、頑張らなければ。私が会える人にはみな会わなければ」と心に誓いました。

──最初の外国出身の国会議員として、何がいちばん大変でしたか?

「初めて」なのが最も難しいところです。新しい道を切り開かなければならないのに、道を尋ねることも、誰かに着いていくこともできないけど、私の後に2番目、3番目の外国出身議員が出てこなければならない。インターネットのコメントでこんなものを見ました。「韓国の国会議員が、なぜ外国人のための政策をするのか」。 韓国人のための政策をする議員は299人もいます。私は「韓国人になった外国出身者を代弁しろ」と国会に送られたのです。選挙区ではない、比例代表の趣旨としてもそうです。

──セヌリ党が比例代表の名簿に載せた理由は何でしょうか。与党は外国出身者を主な有権者と認めているのでしょうか?

そう見ることは可能です。実際には、選挙権を持つ外国出身者は15万〜17万人しかいませんが、その義理の両親がいます。選挙中は、劣勢と言われた地方を中心に何度も通いましたが、私を見て「お母様、セヌリ党に入れてください」という外国出身の女性が多かったんです。

──セヌリ党の政策は、ジャスミンさんと合わないのではないですか?

多文化政策(国際結婚家庭の支援政策)は、与党も野党もありません。特に農村選出の議員は関心が高いです。私のところによく来て、私に多くを期待してくれている。ところが私が一人でできることではありません。任期の前半は外交統一委員会で北朝鮮の脱北者政策に関わりましたが、多文化政策と似ていて参考になりました。そして女性家族委員会で多文化政策、任期の後半は環境労働委員会で外国人労働者政策を担当しています。本当に不思議なのは、野党は外国人労働者に関心が高いと思っていたのに、違うんですよ。外国人労働者は選挙権がないから。

ネット上のバッシング「腹いせだと思いたい」

インターネットでは、フィリピン生まれの彼女に「お前の国に帰れ」「フィリピンで発生した韓国人殺害の責任を取れ」と非難が殺到する。ドイツ生まれで韓国籍を取得したイ・チャム前韓国観光公社社長も経験しなかったことだ。野党・新政治民主連合が発議した児童福祉法改正案(外国人家庭の子供の支援策拡大)に、ネットで「李ジャスミン法」の名前がついて広く知れわたり、李ジャスミン氏は発議に加わってもいないのに「不法入国者の子供も支援するのか」と激しく攻撃され、ポータルサイトの「リアルタイム検索語順位」にも登場した。

──インターネットで見かける人種差別発言の中で代表的な「お前の国に帰れ」という言葉ですが、何か言いたいことはありませんか?

私の国に来ているじゃないですか。私の国は韓国です。フィリピンの人は非常に肯定的で楽観的です。おそらく私がずっとたくましく生きていられるのは、そのおかげです。この韓国社会で、そうでもなければおかしくなっていたと思います。「東南アジア人と結婚すると、韓国の平均IQが落ちる」「数学の平均点が下がる」といったコメントもあります。だけど、国際結婚家庭の子のサッカーチームがあるんですが、その監督が「子供たちを指導していて韓国サッカーの希望を見た」と言っていました。ある子のお母さんはラテン系ですが「韓国の子供たちにないものがうちの子にはある」と言います。ラテン系は柔軟性が高いですから。

──そういったコメントは、若い人が書いていると思われますが、外国出身者への見方は世代別に違いますか?

女性家族部が文化受容度の調査をしています。小・中・高校生は大人よりも高く出ています。若年層の方が開かれているのです。

あるとき、捜査機関の関係者から議員室に電話が来ました。私の悪口をネットに書きこんで、第三者から名誉毀損で告発された人がいたそうです。「なぜそんなことをした」と聞いたら「単に面白いから。みんな書き込んでいるから。そして『いいね!』がものすごく押されるから」と答えたそうです。インターネット特有の現象でもあります。「李ジャスミン」という単語が入ると、より多くの人が見るそうです。インターネットメディアも、私に関係ない内容でも常に記事のタイトルに「李ジャスミン」と入れる。たくさんクリックされるから。悲しいですよ。私のブログは「コメント欄」を閉鎖しました。たくさんの国際結婚家庭の人が私のブログを読みたがっています。ところが、ある外国出身の女性からメールがきました。「李議員が好きでブログを訪問したのに、傷ついてしまいます。申し訳ありませんが、もうこれ以上見られません」

2年前にある経済学者から「景気が悪ければ悪いほど、最も弱いターゲットを攻撃する。今後も景気がさらに悪くなるだろうから覚悟してください」と言われました。腹いせの対象なんでしょうか。私はそれも肯定的に考えようとしています。腹いせだと思いたい、腹いせならどれほどいいか。本心であんなコメントを書き込んでいるとしたら、本当に良くないこと。でも、社会がそうなればなるほど、コメントの質が悪くなるほど、国会では、肯定的であれ否定的であれ議題となって、外国人政策に頭を悩ませることになるんです。

──すべて前向きにとらえているようです。そのようなエネルギーを与えたのは誰ですか?

当然、最も多くの影響を与えたのは夫です。韓国社会のすべてを夫から学び、私が政界に入門することを誰よりも強く支持してくれました。夫との結婚15年の間、私たち夫婦はほぼ毎日夕方に軽くお酒を飲んで、カラオケに一緒に行きました。みんなから「毎日顔を合わせているのに、どうしてそんなに会話が多いのか」と言われました。私が韓国という国を肯定的に見られるようにしてくれたのは、まさに私の夫でした。

──それでもストレスが爆発する瞬間、どう気分を鎮めていますか?

携帯電話でゲームをします(笑)。忙しい中、携帯電話を一人でのぞいてゲームをすると、何か自分にエネルギーが溜まった感じがします。昔はジムに行って運動しましたが、どこへ行っても顔が知られてしまったので、できれるだけ公共の場所は避けて、一人でできることだけします。

──政治以外に、最も重要と思うことは何ですか?

子供です。私が政治の門を叩いたのも子供のためです。韓国の国際結婚家庭に住んでいる子供たちは先例がなく、お手本になる人がいない。他の人ができないなら、私が子供たちの先例になろうと思ったんです。政治に飛び込んでどのような非難を受けても、たとえ0.001%でも、今より役立つ社会を作ることができるのなら、やらなければならないと決心しました。そして国際結婚家庭の子供たちにとっていいことであれば、すべての韓国の子供たちにもいいことだと信じています。

──国際結婚家庭であるなしに関わらず、次世代を担う子どもたちに最もかけてあげたい言葉は何ですか?

親と社会と他人が求める人生ではなく、自分自身の人生を生きなさい。マルチン・ルーサー・キングは「If I cannot do great things、I can do small things in a great way」(偉大な仕事ができなければ、小さなことを偉大な方法でなしとげられる)と言いました。多くの人々はただ「偉大で巨大な成果」だけを目標にしています。しかし、小さなことでも偉大な方法で成し遂げられれば、それは本当に素晴らしい人生なのです。

「韓国に合った移民政策を見つけなければ」

──外国出身の国会議員が誕生して、政界や韓国社会で変化したことがありましたか。

いろいろ批判されたけど、私は気にもとめません。それでも私は逃げ隠れしませんでした。行事もすべて行きましたよ。他の議員たちから言われました。「韓国が国際社会に開かれた『マインド』を持っていると思っていたのに、まだ韓国民の理解のレベルがそこまで行っていなかった。李ジャスミン議員がいるから『私たちは遅れている。もっと改善しなければ』とわかった」。政策をつくる人たちが「大きな気づき」を得たと言います。反発が大きいほど同僚議員は「これは正さなければ」と、さらに悩むことになるのです。

──任期が1年残っています。2016年の総選挙では外国出身の議員が増えると予想しますか?

維持できればいいと思っています。(野党議員が)冗談で「誰か紹介してほしい」と言ってきましたが、人材を見つけるのは難しいことです。まず韓国語が上手でなくてはならない。私が韓国に来た20年前は、日本とフィリピンの出身者が多かった。両国とも統一教会の信者が多いからでしょう。ベトナムは2000年から増えました。フィリピン人は英語を話すけど韓国語はうまくない。日本人は政界進出が難しい。だから私のような人はあまり多くありません。

──国会議員の間にぜひやり遂げたいことは何ですか?

韓国は10年後、20年後には、より国際的な社会になります。国の扉を閉じない限り、構成要素は多様化するしかありません。それをどう取り込んでいくか、今は何の計画もありません。次の選挙で国会議員にならなくても、多文化政策を総括する「コントロールタワー」ができればいいですね。現在、国務総理室に3つの委員会があります(外国人政策委員会、外国人労働者政策委員会、多文化家庭政策委員会)が、事務局もなく委員だけで年に1、2回会議するだけでは?

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