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2015年10月07日 00時28分 JST | 更新 2015年10月07日 00時51分 JST

馳浩氏の文部科学相への就任報道に「猪木超え」との声 尾木ママは「期待大ですね」

政治の世界に転じたのは、アントニオ猪木氏がスポーツ平和党を率いて参院選に出馬したときに、秘書として支えたのがきっかけでした。

JUAN MABROMATA via Getty Images
Los Angeles 1984 Olympian and Member of the House of Representatives, Japanese wrestler Hiroshi Hase, delivers a speech during a news conference promoting Tokyo for the 2020 Olympic games in Buenos Aires on September 6, 2013. Tokyo, Istanbul and Madrid were on Friday preparing to celebrate or commiserate their 2020 Olympics bids, as political leaders from all three countries make a final push to clinch the Games. Members of the International Olympic Committee (IOC) vote on Saturday afternoon in Buenos Aires, with bookmakers putting Tokyo just in front of Madrid as favourites and the eagerly-awaited result to be beamed live across the world. AFP PHOTO / Juan MABROMATA (Photo credit should read JUAN MABROMATA/AFP/Getty Images)

自民党の馳浩・衆院議員(54)が、10月7日の内閣改造で文部科学相として初入閣することが固まった。NHKニュースなどが報じた。この報道に尾木ママこと教育評論家の尾木直樹さんは、馳氏がかつて国語教諭をしていたことを紹介し、「立場の弱い子どものこと、温かいです」などと評価している。

尾木さんは7日朝、「やはり文科大臣には期待大ですね!!」と題したブログ記事を公開。「高校の国語教師もされていて 教師感覚 とても素敵なところありますよ」などと綴った。しかし、政治の世界は厳しいということも認識してか、「政策実現は 別の次元かも知れないですね」と続けている。

馳氏は1961年、富山県生まれ。専修大を卒業後、母校の星稜高校(石川県)で国語科(古典)教諭に就任。1984年のロサンゼルスオリンピックには、レスリング・グレコローマンの90kg級で出場した。翌年、プロレスラーに転身し、ジャパンプロレスや新日本プロレスで活躍した。

政治家に転じたのは、アントニオ猪木氏がスポーツ平和党を率いて参院選に出馬した1989年。馳氏は猪木氏を秘書として支えた。その後、自民党の森喜朗氏にスカウトされ、1995年の参院選では石川県選挙区から自民党の推薦を受け無所属で立候補し初当選。当選後に自民党に入党した。2000年には衆院に鞍替え。2005年の第3次小泉内閣改造で、文部科学副大臣に就任した

今回の馳氏の入閣が決まれば、プロレスラー出身の初めての大臣となる。日刊スポーツによると、馳氏は東京オリンピック・パラリンピック招致活動にかかわり、2014年秋まで大会実施本部長を務めており、自民党関係者の話として、「所属派閥で首相の出身派閥でもある細田派から入閣要請が出ていた」と伝えている。

また、一連の報道についてネットからは「キャリアを着実に積んできた人」「レスラーから大臣になれる国、俺は好き」など、様々な声があがっている。

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