福島の避難区域、外国人カメラマンが捉えた原発事故から4年半の姿【画像】

原発事故から4年半、避難区域には草木が生い茂り、放置されたものを緑が飲み込むかのようだ。

【UPDATE】冒頭の廃車の航空写真ですが、その後の調査より、この場所は2011年以前から車が置かれていた形跡がありました。原発事故で捨てられたものではない可能性があります(2016/02/02 11:42)

【訂正】ハフィントンポストUK版が1枚目の写真に対するキャプションを訂正したため、日本版にも反映しました。当初は、「【航空写真】捨てられた車。所有者の同意がない限り、動かすことはできない。子供たちは後ろの丘に避難した」と書かれていました。(2016/02/03 10:25)

原発事故から4年半経った2015年9月、ポーランドの写真家、アルカディウシュ・ポドニエシンスキ氏は避難区域の実際の状況を伝えるために、福島県を訪れ、ゴーストタウンと化した双葉町、浪江町、富岡町を撮影した。そこには、原発の周囲を緑の植物が取り囲み、学校の教室や町の商店が、埃やクモの巣に覆われてしまった姿が写し出されていた。

Arkadiusz Podniesinski/REX Shutterstock
【航空写真】植物に覆われた自動車の航空写真。この場所には東日本大震災の前から自動車が置かれていた。
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捨てられた車に、植物が生い茂る。
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バイクも置いていかれた。
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福島第一原発の事故では約16万人が避難した。そのうち12万人は、4年半たった今も家に戻ることができない。
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吉沢正巳さんの所有する約360頭の牛。吉沢さんは震災後、農場に戻った。地面の亀裂は地震によってできたもの。
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原発事故が起こってから間もなく、牛の皮膚に奇妙な白い斑点が現われ始めた。牧場主は、この斑点は牛が放射能に汚染された草を食べているからではないかと考えている。牧場主はこの事実をメディアを通して公表しようと、牛1頭を一緒に連れて国会の前で抗議した。しかし、残念ながら牛たちの継続的な血液検査を行うための資金を集めることができず、資金を援助しようという人もいない。
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汚染土を入れた除染袋の廃棄場所をドローンで撮影。スペースを節約するため、除染袋は積み重ねられている。
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汚染土を入れた除染袋置き場は、農耕地に設置されることが多い。
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ノザワ・コウイチさんは現在、妻のヨウコさんと一緒に仮設住宅に住んでいる。
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避難した住民が家に帰れるよう、作業員たちが除染作業を行っている。
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汚染されたテレビの山。\n
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書店。多くの本が床に散らかっている。
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スーパーのレジコーナーと商品が散乱した床。
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スーパー。棚にクモの巣。
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食器が準備されたレストランの座敷。客たちは避難した。
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かつては客で賑わったパチンコのホール。今は不気味に静まり返る。
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今もレースが始まるのを並んで待つゴーカート達。
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駐輪場に止められたままの自転車。
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床に大きな穴の開いた体育館。
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ピアノも、楽器もそのまま。
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PCも放置された。
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学校の1階の教室。黒板の下には津波がここまで来たことを示す跡が残っている。教室の黒板には、「頑張るぞ、福島!」など、生徒や被災地のボランティアなどの書き込みがある。
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防護服を着たアルカディウシュ・ポドニエシンスキ氏。

現在、2万人以上の作業員が除染作業のために雇われ、避難区域の全ての建物の壁や床を洗浄している。建物の外では、汚染された土を取り除く作業が進められている。

「避難区域に足を踏み入れたとき、最初に気付いたのは除染作業の規模が非常に広いという事でした」とポドニエシンスキ氏は話す。「この事実が、政治的なプロパガンダや原発事故の影響を軽く見ようとするロビイストなどに影響されることなく、私自身の結論を導き出すことに繋がりました」。

ポドニエシンスキ氏は被災者についても、次のように語った。

「被災者たちは、『30年後には汚染土を入れた除染袋が無くなる』という日本政府のいうことを信用していません。彼らは放射性廃棄物が今後もずっと残るのでは、と心配しています」

この記事はハフポストUK版に掲載されたものを翻訳しました。

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