存在を認められなかった「次女」の人生。1人っ子政策の犠牲になったリーさんが語る

戸籍を持っていない中国国民は何十年も、2級市民として生活してきた。
MATJAZ TANCIC FOR THE WORLDPOST

中国の北京に住むリー・シュエさん(22)は、母親がジャガイモの皮むき中に大怪我をしたことで命を救われた。22年前、彼女の母親はジャガイモの皮をむいている時にナイフがうっかりすべり、脚に深い傷を負ってしまったのだ。リーさんの母親は中絶を予定していたのだが、その傷口から広がった感染症が重病となり、中絶すると、命に関わる可能性があると医師から言われた、とリーさんの母親が振り返る。

中国政府が2015年10月末に1人っ子政策を廃止すると発表するまで、中国の多くの家庭は、政府の厳格な家族計画政策のために、子供を1人しかもうけることができず、2人以上子供をもうけると罰金を払うことになっていた。家族の次女であるリーさんは、中国国民としての権利を与えられる非常に重要な登記書類である、戸籍(戸口)を持っていない。そして、彼女のように「文書で登録されていない」中国国民は1300万人に及んでいる。

戸籍を持っていない中国国民は何十年も、2級市民として生活してきた。彼らは法的に学校に行くことができず、仕事が持てない。ホテルにも泊まれず、医者にかかることもできず、結婚することも電車のチケットを買うこともできないのだ。

この中国の戸籍を持っていない国民の位置付けは、賃金が低くて危険な仕事を行い、常に雇用者や警察のなすがままになっている、アメリカの不法移民とは異なる。中国の無戸籍の国民は、国外追放の恐怖におびえて暮らすことはないのだが、彼らはもっと深い恐怖の中に暮らしている。中国の中部出身の戸籍を持たない男性が、危険な建設現場で仕事をすることの不安を中国の研究グループに話してくれた。「もし私が死んだら、誰も私の名前すら知らなくなってしまうのです」

北京の自宅の外でカメラに収まるリー・シュエさんと母親。

この事態は変わろうとしているのかもしれない。中国の習近平国家主席は12月9日の会合で、中国の戸籍を持たないすべての国民に、戸籍を発行すると公約した。もしこれが実行されれば、不法移民に市民権獲得への道を開くアメリカの包括的移民制度改革法案と同じくらいの影響を与えることになる。少なくとも1300万人の中国国民——ニューヨーク、シカゴ、フィラデルフィアの合計人口に匹敵——が、日陰から出ることを許されるのだ。戸籍を持っていない国民のほぼ800万人は1人っ子政策の問題によるもので、その他の原因には未婚の出生、戸籍の紛失、極端な地理的な隔離状態などがある。

中国の警察や裁判所は、自分たちや官僚の既得権益に不都合だとの理由で、法律を操作したり、堂々と無視したりしてきた。リーさんや、リーさんと同じような境遇の人は、数十年にわたって、そうした不満を抱え込んできたことから、今回は、楽観的になっている。

「誰がこの問題を解決すると言っているかは、重要だとは思いません。本当に重要なのは、彼らが言っていることを実際に実行してくれるかどうかです」。リーさんはハフポストUS版の取材に対し、こう話した。「口先だけにして欲しくありません。この22年間、彼らがやると言ったことを本当にやってくれた、ということは一切ありませんでしたから」

戸籍問題に関係する法的規制を調べるリー・シュエさん。

リーさんは1993年8月11日に北京で生まれた。そして、リーさんの母親は工場での仕事を解雇された。法律上の障害者であるリーさんの両親は、毎月の収入から罰金を徴収されていた。両親は、2人目の子供をもうけてしまった罰金を払い終えないと、リーさんの戸籍を手に入れることはできないと当局に言われたのだ。

こうした行いは中国では違法である。戸籍は1人っ子政策の制限に関わらず、全ての中国国民の身分を法的に証明するものなのだ。しかし、人口目標を達成できなかったことに苛立った中央政府が、地元当局者に対して、「ワンストライク・アウト(一回の行為で退場)」の方針を設けた後では、こうしたことはよく行われるようになった。当局では、昇進という観点では、人口目標を達成できないことは、経済成長や他の素晴らしい業績をあげることよりも、より重要なことなのだ。

「非常に評判の悪い政策に、誰もが足並みをそろえなければいけなかったのです」。1人っ子政策についての新刊の著者、メイ・フォン氏がこう話した。「地元の当局が固執していたものがワンストライクの方針でした。そして、人々が固執しているものの1つが戸籍でした」

リー・シュエさんは、これまでずっと中国での書類上の身分を求める活動をしてきた。

リーさんと彼女の家族はこれまでの22年間、抗議を行ったり、嘆願活動をしたり、裁判を起こしたり、メディアにアピールしたりしてきた。これらは全て、リーさんに戸籍を発行しないことが違法かつ不当で、改めさせるための試みだ。

20年間、非妥協的な裁判所と、(当局に)雇われたチンピラたちと争ったことで、リーさんの中には理想と不信が混ざった気持ちが生まれている。つまり、中国の法律がリーさんの問題を解決する鍵を握っているという絶え間ない希望と、中国当局がリーさんを法律上存在する人物であることを認めない方法を見つけてしまうのでは、という恐怖だ。

学校に通うチャンスを失ったため、リーさんは読み書きを姉から教わることになった。両親はリーさんに裁判の起こし方、政府庁舎の前での張り込みの仕方など、一般的な抗議運動のやり方を教えてきた。家族の中で中学以上の高等教育を受けた人はいないが、彼らは自分たちで法律の教科書や、家族計画の規制についての裁判所の文書を必死に読んできた。

リーさんは「自分の権利を守るための法律の使い方は分かっています。この知識を戸籍を手に入れる戦いのために使いたい」と言い、「法的な武器として使っているのですが、これまでは私の役には立ってくれませんでした」と述べた。

受けた教育は限られているが、リーさんと家族は必死で法律を勉強してきた。

リーさんの家族は政府庁舎の外でも嘆願活動や抗議活動を行った。1995年、ヒラリー・クリントン氏が北京で「女性の権利とは人権である」と宣言し、1人っ子政策を強化するための強制的な不妊手術を批判する講演を行った。その1995年まで、リーさんの一家は地元当局から目の敵にされ、家の中には常に警備員が配置され、24時間監視される軟禁状態に置かれた。

「警備員たちは私の家の中を監視することが、ただ自分たちの仕事をしてるだけぐらいにしか思っていませんでした」。リーさんがテーブルの上に並べられた法的な書類を前に手を止め、首を振りながら話した。「他に言いようがないですね」

それ以来、リーさんの戸籍問題は、家族一丸で取り組む問題になった。北京オリンピックに先立ち、リーさんは天安門広場で「私も学校に行きたい」というメッセージを掲げ、警備員に連行されるまで無言の抗議を行った。リーさんの母親は、夫婦で抗議をしている間、警備員に繰り返し殴られたと話している。1998年から2014年までの間、リーさんと家族は家族計画政策を実施する政府と警察に対して20回以上の裁判を起こしてきたが、全て失敗に終わった。

リーさんの戸籍を管轄する警察署には、この記事のためのインタビューを断られてしまった。

北京南部の2部屋の家で一緒に暮らす、リー・シュエさんと母親。

リーさんは、自分の戸籍問題は1人っ子政策そのものとはあまり関係が無く、関係があるのは、それを守ろうとする中国の法律システムだろうと考えている。リーさんの母親は、警察、弁護士と裁判官は「1つの家族」であると話し、リーさんは裁判所に訴えを却下される度に、どん底に落ちる気持ちになると話している。

「私の訴えが退けられるのを聞くと、こんな法律なんて存在しないのではと思ってしまいます。法律が無いと彼らは動いてくれません」とリーさん。「それもまた別の規則です。それだけの話です」

もし戸籍を付与するという中国政府の発表が実行されれば、ただ平等を求めるための運動の勝利ということだけではない。減速する中国経済を後押しすることにもなるのだ。最近行われた調査では、戸籍を持っていない中国国民の44%は無職であり、多くの人々は帳簿に載らない仕事をしている。これらの戸籍を持たない人口を社会に迎え入れることは、家計を圧迫する扶養家族から、中国社会に参加する独立した人口へと変えることになるのだ。

リーさんの家族はここ20年の戸籍を求める裁判で20回以上も敗訴してきた。

しかし、中国の1人っ子政策の問題に取り組む弁護士のウ・ユースイ氏によると、中国の戸籍を持っていない人口を社会に迎え入れるには、行政命令以上のものが必要だという。多くの無戸籍の中国国民は、家族計画の罰金を恐れてこれまで戸籍の申請をしていない。これらの罰金を全てなくすことは、家族計画を進めてきた官僚たちや、罰金を収益として頼ってきた地元当局の既得権益を削ることを必要としている。

「向こう2、3年のうちに、この家族計画の政策のメンタリティーを変えることはできないでしょう」とウー氏。「楽観的にみれば、早ければ2020年には変わるかもしれません」

一方、リーさんは地元の警察と裁判所に対し、懇願を続けている。もし自分の戸籍を得ることができたら、これまでの人生で初めて自立して暮らすための合法的な仕事を見つけることができる、とリーさんは希望を語った。

政府の発表で新しい希望が見えてきたか、とリーさんに聞くと、リーさんは首を縦には振らなかった。

「これまでの22年間、私はあまりに多くのことを経験し、あまりに多くのことを見てきました。政府の発表も、1つの希望ぐらいにしか考えていません」とリーさん。「手放しで喜ぶにはまだ早いと思います」

この記事はワールドポストに掲載されたものを翻訳しました。

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