メタファーとしてのハンセン病とローマ教皇の失言。

もちろん教皇に差別意識はなかったのでしょうが。
Open Image Modal
2016年6月の一般公開ミサで、私はローマ教皇に、ハンセン病に対する差別が不当であると伝えた。
日本財団

アメリカの作家、スーザン・ソンタグが『隠喩としての病い』で指摘しているように、難病の病名はしばしばメタファー(隠喩)として、社会の多くの場面で用いられてきました。ソンタグは、自身が癌になることで、そんなメタファーが患者たちを不当に傷つけていることに気づきます。たとえば「暴力は社会の癌である」という言い方によって、癌という病名に「暴力」のイメージが付与されるということも起こります。

ハンセン病も頻繁にメタファーとして使われてきました。1980年代までのロックミュージックにおいても、おぞましいイメージをかき立てる言葉として盛んに使われていました。またこの病気に対する無知による、不適切な表現も後を絶ちません。2012年に公開されたアメリカのアニメ映画の『ザ・パイレーツ!バンド・オブ・ミスフィッツ(The Pirates! Band of Misfits)』の予告編の中には、メインキャラクターの海賊が船に乗り込み、乗組員に対して金を要求すると、「金なんてない。この船はleper(ハンセン病者の蔑称)の船だから」と答え、「ほらね」の一言とともに乗組員の左腕が落ちるシーンが描写されていました。私たちは、制作者たちにこのような表現が不当であることを理解してもらい、問題のシーンは削除されました。

社会的に大きな影響力を持つ人物が、うっかりleperという言葉を使ってしまう例もあります。フランシスコ・ローマ教皇は、長いバチカンの歴史の中でアメリカ大陸から選ばれた初の教皇であり、バチカンの改革に積極的に取り組む一方で、その気さくな人柄によっても信徒たちから大きな信頼を得ています。そんな教皇が、2013年の演説の中で、バチカンにおける聖職者の過度の出世主義を批判し、「出世主義はleper」という表現を使いました。もちろん教皇に差別意識はなかったのでしょうが、私は社会的な影響力の大きい教皇によるこの失言に対して、書簡で抗議しました。しかしその後も、「ご機嫌とりは教皇制度のleper」、「小児性愛はカトリック教会に伝染しているleperだ」などの発言が繰り返されました。どうやら手紙は、本人の手には届いていなかったようです。

そこで、12億人のカトリック信者たちに絶大な影響力を持つ教皇とバチカンから、ハンセン病についての正しいメッセージを発してもらうために、バチカンに働きかけを続けました。その結果、2015年には教皇と回復者たちとの面会が叶い、その場でハンセン病をメタファーとして使用することやleperという言葉を使わないことが約束されました。また私たちは、世界の回復者と宗教者が一堂に会してハンセン病と差別を考えるシンポジウムをバチカン市国で開催することを提案しました。そして、「いつくしみの特別聖年」である2016年6月に、ローマ教皇庁と日本財団の共催で、国際シンポジウム「ハンセン病患者・回復者の尊厳の尊重と総合的なケアへ向けて」が実現しました。会議前の一般公開ミサでは、私も教皇に、差別が不当であるという自分の思いを直接伝えることができました。

Open Image Modal
シンポジウム終了後、参加者とともに。
日本財団

シンポジウムの最後に承認された「結論と勧告」では、社会に残る偏見や差別により、いまだにハンセン病患者、回復者とその家族の人権が十分に確保されていないことが指摘され、偏見や差別の解消に向けて宗教界も重要な役割を果たすべきと明記されました。さらに、偏見や差別を助長するような用語、特にleperの使用は避けるべきとの提言がなされました。

翌日に7万人の聴衆を前にして行われた特別ミサでは、教皇はleperの語を避けて「ハンセン病を患った人々」という表現を用い、「今後この病気との闘いにおいて、実り多き取り組みがなされることを切望する」とのメッセージが発せられました。