ディズニーの新ヒロインはなぜ、私たちに「近い」と感じるのか。その理由を『ラーヤと龍の王国』にみた【考察】

キーワードは「疑い」と「トラウマ」。もう、ディズニーのかつてのヒロインたちが貫いた心得を単純に描けば人々の心に響くというわけじゃない。

3月5日に劇場公開・ストリーミング配信されたディズニー・アニメーション最新作『ラーヤと龍の王国』。ディズニーは物語の主人公のラーヤを『アナ雪』のアナとエルサに次ぐ“新たなヒロイン”と謳っている。

これまで、それぞれの時代を反映してきたディズニーのヒロインたち。今作のラーヤが映し出す現代の新たなヒロイン像とは、どのようなものか。

これまでのディズニー作品を振り返りながら考えた。

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3月5日に劇場公開・ストリーミング配信されたディズニー・アニメーション最新作『ラーヤと龍の王国』。
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『ラーヤと龍の王国』(以下、『ラーヤ』)は、 “ある出来事”がきっかけで父を失った主人公のラーヤが伝説の龍を蘇らせ、分断されてしまった王国を救うために立ち上がるという物語だ。

ディズニー・アニメーションで初めて「東南アジア」にインスピレーションを受けた作品で、実際にラオス・インドネシア・タイ・ベトナムでの現地調査を経て作られたという映像の美しさは目を見張るものがある。

しかし最も注目すべきは、やはり新たなヒロインの存在だ。(※ここから先は作品のネタバレを部分的に含んでいます)

新たなヒロインに感じる“新鮮さ”の正体

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新たなヒロインとして描かれる物語の主人公・ラーヤ
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物語のヒロイン・ラーヤは、架空の“ハート”という国で“龍の石”を守る一族の娘。作中で母親が登場することはなく、「シングルペアレント」という設定だ。この点でまず、多様な「家族のかたち」を描いている。

近年のディズニー作品を振り返ってみると、一族の中で「女性である」ということが理由で、ヒロインが自分の願いを叶えられなかったり抑圧されたりすることが多かった。

2017年公開の『モアナの伝説の海』のモアナや2019年公開の実写映画『アラジン』に登場するジャスミン、2020年公開の実写映画『ムーラン』などがその例だ。

葛藤を乗り越えた先にディズニーらしい“ハッピーエンド”が待っていたが、島で暮らすモアナは幼い頃、村長である一族の父から「娘であるお前が海に出るのは危険だ」と冒険心を抑えられて育ってきた。

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2017年公開の『モアナの伝説の海』に登場するヒロインのモアナ
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実写版の『アラジン』に登場する王女・ジャスミンは最終的には望みを叶えるものの、自らが「国王になりたい」と望むと、悪役のジャファーに「女性に必要なのは美しさだけ。意見は不要だ。伝統を受け入れれば、人生はラクになる」と一蹴されるシーンがあった。

古代中国を舞台にした『ムーラン』では、主人公のムーランが「娘は結婚してこそ家に名誉をもたらすもの」という慣習の中に身を置く。その環境に生きづらさを感じ、自らを男性と偽って国が召集した軍に加わるが、国には「女性が軍に加わることなどご法度」という固定概念があった。偽って従軍したことがのちに明るみとなり、王への反逆に問われてしまう。

改めて見ても、ディズニー作品では、「一族」の娘がジェンダーの問題に葛藤する姿が繰り返し描かれてきた。

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2020年公開の実写映画『ムーラン』で主人公を演じた俳優のリウ・イーフェイ
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しかし今作では、ラーヤの父は、まだ幼かったラーヤを“龍の石”を守る守護の後継者に育てるため手を抜かずに訓練を施す。その過程で「性別」による差別はなく、また主人公が「まだ子ども」という点も考慮されない。

『ラーヤ』では、作品全編を見てもジェンダーの問題が障壁として描かれるシーンがなく、女性同士が戦うアクションシーンはむしろヒロインの逞しさを従来の作品以上に感じさせた。

ディズニーのヒロインの描き方において「一族」における女性が不平等な扱いを受けないという点は、新鮮さを感じる部分だった。

蔓延る女性蔑視に抵抗し平等を実現するという、今我々が生きる社会が目指すべき方向にも近いからだろうか。

新ヒロインはなぜ私たちに近い?キーワードは「疑い」と「トラウマ」

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主人公のラーヤには、これまでのヒロインには感じなかった親近感がある。それはいったい何故なのだろうか
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最新作『ラーヤ』のテーマは「信じ合う心」。これにはいかにも、「信じるものは救われる」という心得を定石として物語を描いてきた“ディズニーらしさ”が表れている。

ただ『ラーヤ』の場合、序盤においてはその定石に全く当てはまらない点が興味深い。というのも、ラーヤは異常なまでに「疑うこと」をやめない新しいタイプのヒロインだ。

少々ひねくれた見方かもしれないが、作品を見ると、この「疑い」こそ物語の裏にある重要なキーワードのように思えてくる。

振り返ると、シンデレラやオーロラ姫に代表される1900年代のディズニー作品に登場する初期のプリンセスは、とにかく行儀が良すぎていた。

それは、自らの人生が「王子様」という存在に依存し、それを信じることによってのみ、幸せのかたちが成り立ってきたところにある。それがいわば、ディズニープリンセスの“王道”だったと言えるだろう。

これらの時代のプリンセスたちは何かを疑うことはほぼ無かったし、それが日常で生きる私たちにはどこか「遠い存在」だと感じさせた理由かもしれない。遠い存在だからこそ「憧れ」の対象になったということもあるだろう。

“王道”から脱するのは、アニメーションで言えば1991年公開の『美女と野獣』でベルが登場した1990年代の前半頃からで、その後は2014年公開の『アナと雪の女王』(以下『アナ雪』)のエルサや『モアナと伝説の海』のモアナに代表されるように、仲間の協力を得ながら自らの意志で道を切り開いていく現代的なヒロインが次々に現れ、時代に合わせる形で作品に反映されてきた。

そして、今作の主人公・ラーヤ。「他人や仲間を信用しない(出来ない)」というスタンスのヒロイン像は斬新だ。物語の序盤のラーヤのように、執拗なまでに「他者を疑う」ということは、これまでのヒロインにはほとんどなかったことだ。

ディズニーのヒロインは他者を信じすぎて痛い目に遭ってきた者が多い。例えば『アナ雪』では、主人公のアナはハンス王子に裏切られている。だがその後、彼女を救う存在が現れたために、彼女はその裏切りを乗り越えることができた。

一方でラーヤの場合は、幼い頃にのちにライバル関係となる少女・ナマーリに裏切られることで、それが自身の大きな“トラウマ”となり、その後の展開が進んでいく。

主人公が時に大きな「トラウマ」を抱えているというのも、思えばディズニー・ピクサー作品の特徴の1つだ。トラウマを通じて、主人公は時に自分らしさと向き合ってきた。例えば『アナ雪』でエルサは、自らが持つ強すぎる魔力に悩む。

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2019年公開の映画『アナと雪の女王2』の一場面
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だが、ラーヤが抱えるトラウマはエルサが抱えていたそれよりもある意味でリアルだ。それは「対人関係」の中で生じたトラウマだったからだ。

ディズニーが長く描いてきたように、最終的に「信じる者は救われる」ことは仮に正しいとしても、そこに行き着くまでには他者と向き合う中で相手を信じ、時に裏切られ、トラウマになるような経験をすることもある。

一度人に裏切られたら、また人を信じるのはすぐには難しいという人もいる。今作ではラーヤという存在を介して、その過程が丁寧に描かれている。

だからこそ見ている側が、ラーヤに対して、これまでのヒロインには感じなかった親近感を抱くのかもしれない。

そもそも『ラーヤ』では、元々は1つだった「クマンドラ」という国が1つの石をめぐって5つに「分断」される。平和を望んでいるのにもかかわらず国が分断したのは、それぞれの国が「1つの国に石を奪われ、支配されるのではないか」という疑いの念を互いに拭えず、1つになることを躊躇していたからだ。

この世にある争いや分断、そして対人関係の破綻の中には、疑いや疑念から始まっているものもある。それゆえ、どこか現代の状況に重なるものもこの作品の中に感じた。

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物語の中のラーヤは「対人関係」の中で生じたトラウマを抱えながら前に進んでゆく
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結論を言ってしまえば、『ラーヤ』という物語には結末に対する驚きや“予想外感”は正直のところ、あまりない。

だが、時代を反映するヒロインの描かれ方という観点でみれば、王子様の訪れを待っていた存在が、自らの意思を持ちながら女性としてのしがらみや葛藤の中で生きるという過程を経て、これまでとはまた違ったヒロイン像が新たに生まれたのだと筆者は感じた。

それは、信じる前に一度他者を疑うという姿勢でありプロセスだ。これがあるからこそ、疑いが晴れた時に相手をより強く信じられる。

他者との関係の中で、この「疑い」の過程を経た新たなヒロインは決して美しく描かれすぎていない。これまでのような、行儀が良すぎたディズニーの過去のプリンセスとは明らかに一線を画している。

その意味でラーヤは、私たち人間に最も“近い”ヒロインとなったかもしれない。その新たなヒロイン像を見る価値はある。

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『ラーヤと龍の王国』
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