WHOハンセン病制圧大使としての私の役割。

諦めることなく、片時も歩みを止めないことが必要なのです。
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マーガレット・チャンWHO事務局長(当時)と筆者(左)。2017年ジュネーブにて。
日本財団

現在、1国あたりの患者数が人口1万人に1人未満とするハンセン病制圧目標が達成されていないのはブラジルだけです。しかし1999年の時点ではまだ、10か国以上が未制圧のままでした。治療薬の無償配布にもかかわらず、WHO(世界保健機関)が掲げた2000年までの目標達成は実現不可能という状況でした。そこで未制圧国政府、WHO、世界救らい団体連合などが結集し、協力して制圧を達成するために、「グローバル・アライアンス」という国際同盟を結成しました。2001年には、インドのデリーで第一回ハンセン病制圧グローバル・アライアンス会議が開催されましたが、関係者間の活動方針の違いが浮彫りとなってしまいます。

そこで、WHOのアメリカ地域代表などから、状況を打開するために私をWHOハンセン病制圧グローバル・アライアンス大使に任命したいという提案がなされ、可決されました。大使に期待される役割は、世界中から見える存在であること、各国の政治指導者のコミットメントを強化すること、そして様々な関係者の仲介役であることでした。私は、仲介役であるとともに先導者であるという、大きな責任を負わされたわけです。

2003年にはグローバル・アライアンスは解散し、WHOハンセン病制圧グローバル・アライアンス大使はWHOハンセン病制圧大使に名称と役割が変更されました。

私は、WHOハンセン病制圧大使には三つの重要な任務があると考えています。

第一は、各国のリーダーたちと会うということです。リーダーや公衆衛生担当大臣の中には、自国にハンセン病が存在していることを知らない人もいました。またその存在を認識していても、患者たちの状況を自身の目で見たことがない人も多かったのです。例えば、私はアフリカのある国の大統領から、「自分の若い頃にはハンセン病の患者をよく見かけたけれど、今、我が国にはそんな病気は存在しない」と言われたことがあります。ところが実際には、大統領官邸から車で45分ほどのところにハンセン病の病院があったのです。そこで、私はリーダーたちと会うときには、できる限り彼らの国の施設や患者、回復者らが暮らすコロニーと呼ばれる集団居住地を案内して、実態を知らせ、自国のハンセン病対策を積極的に指導してもらうように心掛けてきました。

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インドのハンセン病コロニーにて取材を受ける。
日本財団

二つ目の任務は、新聞、ラジオ、テレビを含むあらゆるメディア等を通じて、ハンセン病に関する正しい知識と情報をできるだけ多くの人々に伝えることです。今でも時として大手メディアでさえ、ハンセン病についての誤った情報を伝え、誤解や差別を助長することがあります。ハンセン病差別においては、メディアの責任はきわめて大きいのです。

また、地域によっては文字の読めない人が多く、複数の言語が共存しているため、先進国のようには情報が簡単には人々に行き渡りません。私たちは、街頭でハンセン病をテーマとしたコミカルな寸劇を演じたり、歌をつくって歌ったり、それぞれの地域にふさわしい方法を工夫し、一人でも多くの人に、ハンセン病が治る病気であること、薬が無料で提供されること、差別は不当であることを訴えています。

そして三つ目がアライアンスの強化です。これまでに政府、医療関係者、NGO、さらには現場のヘルスワーカーや回復者団体等が一丸となれるように、多分野の関係者を結び付けてきました。そのためにも、草の根レベルの活動に触れ、現場で活動する関係者や患者とその家族を激励しモチベーションを高め、彼らの声を政治・行政指導者に還元していくことを心掛けています。

いずれの任務も、私一人の力では遂行することはできません。政治状況が不安定な国も多く、短期間で成果をあげることも難しいのが現実です。それでもリーダーやメディアに携わる人々を信頼し、諦めることなく、片時も歩みを止めないことが必要なのです。