もっと幸せに働こう!

私たちにとって「働く」こととは。
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今年、「働きがいのある会社ランキング」で4位、「働きがいのある会社女性ランキング」では2年連続1位を獲得したのが、ソフトウエアの開発・販売を手がけるサイボウズ社だ。同社では、社員の定着率を上げるために、育児・介護休暇・短時間勤務の拡充や在宅勤務、育自分休暇、子連れ出勤などの多彩な制度を導入。同社の青野社長も3児の父として自ら育児休暇を3度取得し、社内のワークスタイル変革を推進し離職率を7分の1に低減するとともに、新しいワークスタイルを社会に発信しているが、その原点は「働くこととは何か」という問いかけにあったという。誰もが安心して働くためには何が必要か。青野社長と神津会長が語り合った。

青野慶久|あおの・よしひさ|

サイボウズ株式会社代表取締役社長

1971年生まれ。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年サイボウズを設立。2005年代表取締役社長に就任(現任)。総務省、厚労省、経産省、内閣府、内閣官房の働き方変革プロジェクトの外部アドバイザーや(一社)コンピュータソフトウェア協会副会長を務める。著書に『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない。』(PHP研究所)、『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)など。

私たちにとって「働く」こととは

100人いれば100通りの働き方

─サイボウズ社独自の「多様性に対応した働き方」が注目を集めています。導入の経緯も含めてご紹介いただけますか?

青野 サイボウズは1997年、私を含め3人で創業したITベンチャー企業です。開発したグループウエアは、手軽に情報共有ができる画期的なビジネス用ソフトで、一日も早く事業を軌道に乗せようと寝食を忘れて働きました。売上は順調に伸び、3年後には上場を果たし、2000年には本社を大阪から東京に移しました。私は、2005年に社長に就任しましたが、IT不況の影響もあり成長のスピードは鈍化していた。もっと勢いよく成長したいと、売上倍増を掲げる事業計画を策定し、M&Aで一気に事業規模を拡大し、部門制や成果主義を導入しました。業績アップのためのあらゆる手法を試みたわけですが、それらはことごとく失敗し、むしろ有能な人材がどんどん辞めていくという窮地に陥った。当時の離職率は28%。採用や教育にかかるコストも嵩んで経営効率が悪い。そこで、なぜ辞めるのか、一人ひとり理由を聞きました。そうしたら、仕事の内容や労働環境の問題だけでなくいろんな理由が出てきた。これは、一律の制度改革ではなく、100人いれば100通りの働き方で対応するしかないと、この10年、社員のニーズを聞き、それを解決する制度を導入してきたんです。

妊娠がわかった時から取れる産前休暇もつくりました。さらに育児・介護にかかわらず、個々人の事情で、勤務時間と場所を含め働き方を選択できる制度を導入しました。その効果は大きく、6年連続で離職率は5%を切るまでになり、女性社員比率は4割に上昇し出産で退職する女性はいなくなりました。職場の風土も変わって、今では台風が来たらほとんど誰も出社しません。

神津 出産で仕事を辞める女性がいないというのは大事なことですね。

青野 子連れ出勤もOKなんです。私も、自分で子育てを経験し、今まで働く女性へのケアがまったく足りていなかったことに気付かされました。

神津 業績の変化はありますか?

青野 業績は好調です。一人ひとりの要望を聞いていくと、多くの人にとって働きやすい会社になっていった。社員のロイヤリティやモチベーションが高まって、次々と面白いアイデアが出てきて、新たなサービスの提供につながっているんです。

神津 一人ひとりが安心して働けることが、働く意欲を高め、事業の発展にもつながる。それは、まさに連合がめざすところと重なります。連合は2010年に「働くことを軸とする安心社会」というビジョンをまとめました。「働くこと」に最大の価値をおき、「働くこと」を通じて、人々がつながりあい、社会を支えていこうと...。

現状では、さまざまな理由で「働くこと」に困難を抱えている人たちがいます。第一子出産後に仕事を辞める女性が半数を超え、介護離職者も増え続けている。不本意ながら非正規雇用の仕事に就いている人は、賃金もスキルも上がらず将来展望が持てない。正規雇用でも、職場に不満があっても我慢を重ね心身をすり減らしている。そういう現実に目を向け、安心して働くための政策パッケージを提起し、その実現に取り組んでいるんです。だから、サイボウズ社の制度は、それを体現するような素晴らしい取り組みだと...。

青野 ありがとうございます。「働くこと」とは何か。それは、私が新たな人事制度を考える原点でもありました。会社の成長を願っての改革が失敗し、本当に大事なことは何なのかと考えました。そして、自分が求めてきたのは、単に利益を拡大することではなく、社会の役に立つ最高のソフトウエアをつくること、それを通じてチームワークあふれる社会を創ることだと思い至ったんです。だとすれば、必要なのは、この理想をすべての社員が共有し、幸せに働けるようにすること。いくら利益を上げていても、社員が不幸な会社は存在する意義がない。やるべきことが見えてきました。

神津 「働くことを軸とする安心社会」のビジョンの作成にあたっても、やはり最初の作業は「働く」ことの意味を問い直すことでした。日本人の働き方は、世界の中では特殊です。勤勉で一生懸命働くんですが、そのこと自体が目的化して、往々にして何のために働くのかが見失われている。会社に命じられるままに長時間労働も転勤も厭わず働くことが良しとされる。でも、働くということは、雇われて働くことだけではありません。家事や育児、介護、地域活動も広い意味で働くことであり、人は働くことを通じて支え合っている。だから、「働くこと」をサポートすることが、人々の幸せや社会の安定につながると考えたんです。

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制度が活用される職場環境づくり

チャレンジを後押しする育自分休暇

青野 「働くことを軸とする安心社会」を実現する政策パッケージとは、どういうものですか。

神津 働くことにつなぐ5つの橋を架けていくイメージです。1つは「教育と働くことをつなぐ橋」。教育を受ける権利、機会を保障し、貧困の連鎖を断ちきる政策。2つめの「家族と働くことをつなぐ橋」は、長時間労働を是正し、ワーク・ライフ・バランスを実現し、男性も女性も共に仕事や家事・育児を担っていくための支援策。3つめが「働くかたちを変える橋」つまり「雇用と雇用をつなぐ橋」です。ライフステージに応じた、柔軟でディーセントな働き方を整備する。4つめは、「失業から就労へつなぐ橋」。リーマンショックの後、日本のセーフティネットの弱さが露呈し、求職者支援制度や生活困窮者自立支援制度などがつくられましたが、ここはもっと強化していくことが必要です。5つめが、「生涯現役社会をつくる橋」です。

特にセーフティネットの強化を急ぐ必要があります。内閣府の国際比較調査で「会社に不満があったらあなたは転職するか」と聞いたところ、日本の20代の若者では「転職する」は15%しかない。

青野 日本の若者は我慢するんですね。

神津 そうなんです。日本の労働者には「不満があっても我慢する」というメンタリティがあるんですが、なぜ我慢するのかといえば、セーフティネットが弱いからです。例えばスウェーデンは、解雇規制は強くありませんが、政府と労働組合が協力して、失業給付や教育訓練、再就職支援の制度を整備している。会社を辞めても路頭に迷うことはないから安心してチャレンジできる。雇用の流動性を高めるために解雇規制を緩めるべきだという議論がありますが、そもそもセーフティネットを強化するべきなんです。

青野 日本人はルールを守るのが大好きで、子どもの頃から我慢できるのが良い子だと言われてきました。でも、そのことが、今の日本の停滞を生んでいるのではないかと思います。ビジネスでも、個性を尊重し育てていくことが求められている。IT業界は特にそうです。シリコンバレーを訪問すると驚かされます。平日に家族連れで社内でバーベキューをしていたり、バスケットボールに興じていたりする。平日昼間から遊んでいるやつらに負けるわけにはいかないと思ってしまうんですが、それでは勝てない。一人ひとりが持つ個性やアイデアを引き出し、価値として認めていかないと生き残れないと痛感します。それで当社では部活動支援や仕事Bar、感動課の設置などのコミュニケーション活性化策も進めています。

神津 感動課はユニークですね。

青野 スポーツでも、日本では、苦行のような長時間の練習が良しとされ、身体を壊して選手生命を絶たれるケースが後を絶たないでしょう。

神津 そうですね。野球でもアメリカでは、身体のメンテナンスを重視した練習プランを組み、選手個人の権利を尊重する。日本には日本の良さがあると思いたくなるのもわかるんですが、やはり時代に合わせて価値観や文化を変えていくべきです。

青野 サイボウズは、多様な人事制度を導入した結果、離職率が大幅に下がって働きやすい会社になったんですが、逆に辞めるにはかなり勇気がいる。そこで新しい分野にチャレンジしたい人の背中を押してあげようと、辞めても6年間はいつでも戻ってこられる「育自分休暇制度」をつくりました。友達がベンチャーを立ち上げるから手伝ってみたいと退社し、軌道に乗ったから帰ってきたという人もいます。サイボウズに復帰しなくても、社外という立場で連携できる関係をつくってくれた人もいます。

神津 一度外に出て、多くのことを吸収して力を付けて戻ってきてくれたら、貴重な人材になりますね。

青野 そうなんです。まさにセーフティネットを充実させてあげれば、人は自分の適材適所で動けるようになる。

神津 高度成長期にできた価値観や制度は、成功した面もあるんですが、いつのまにか幸せに働くということを置き去りにしてしまった。

青野 それが、日本の企業の労働生産性を下げてしまっている。サイボウズでは、一人ひとりの希望を聞くことで、事業の情報共有や全体最適化が進んで、チームワークを実現しました。だから、私は「生産性向上を語る前に幸福度を上げよう。幸福度を上げれば、必ず生産性向上につながる」と訴えているんです。

誰もが安心して働ける社会に向けて

転勤問題と選択的夫婦別姓への取り組みを

─労働組合に期待することは?

青野 サイボウズに労働組合はありませんが、労働組合には期待しています。時代に合わなくなった制度や、職場の文化を変えるために活動してほしい。日本の労働者は、取り戻していかないといけない権限がたくさんあると思うんです。

私は、起業する前、大手電機メーカーの社員でした。毎月組合費を払っていましたが、何をしてくれているのか、当時はよくわからなかった。でも、労働組合の基本的な役割は働く人たちが困っていることを解決すること。その観点から、特に次の二つのテーマについて取り組んでほしいですね。

一つは転勤問題。共働きが当たり前になっているのに、夫が転勤になったら、妻は仕事を辞めるか単身赴任かを迫られる。これは、もはや人権侵害と思えます。もう一つは、選択的夫婦別姓。私は今年1月に国を相手に裁判を起こしました。結婚や離婚で姓を変えるのは、仕事上不利だし、煩雑な手続きを強いられる。私は戸籍上は妻の姓で、仕事では旧姓の「青野」を使っているんですが、想像以上に不便です。特に海外出張ではパスポートと仕事での姓が違うため、大きなリスクを抱えてしまいます。

どちらも時代に合わない制度は手直ししなければいけないのに、それを怠ってきたのではないかと思います。他にも、副業禁止や定年制度なども問題だと思います。

神津 連合は、従来から「選択的夫婦別姓」を政策・制度要求として掲げているんです。連合の中でも同じような悩みを聞いているんですが、もっと発信する必要がありますね。

青野 ぜひ「働く人の権利」として発信してください。私の提訴は大きな注目を集めましたが、それだけ多くの人が期待しているということ。連合が、これからも働く人の声を受け止め、一緒に闘ってくれれば、労働組合への信頼が高まり、組織率アップにもつながると思います。

─ありがとうございました。

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