サイボウズ式:「脱マタハラ・イクボス増加」へ、草の根から変えるには?

「マタハラ問題」と「イクボス」(部下の育児参加に理解・協力する上司)推進を考えるトークセッションをお届けします。

左より商社系上場企業を経営する元祖イクボス川島高之さん、サイボウズ代表取締役社長 青野慶久、NPO法人ファザーリング・ジャパン代表&発起人の安藤哲也さん、ダイバーシティ・コンサルタントの渥美由喜さん、弁護士の圷(あくつ)由美子さん、マタハラNet代表の小酒部さやかさん。

前回に引き続き、「マタハラ問題」(マタニティハラスメント=職場で妊娠・出産した女性に対して行われる嫌がらせ)と「イクボス」(部下の育児参加に理解・協力する上司)推進を考えるトークセッションをお届けします。

登壇者は「マタハラ問題」を世に提起するマタハラNet代表の小酒部さやかさん、弁護士の圷(あくつ)由美子さん、ダイバーシティ・コンサルタントの渥美由喜さん、「イクボス」を推進するNPO法人ファザーリング・ジャパン代表&発起人の安藤哲也さん、某商社系企業を経営するイクボス・川島高之さん、サイボウズのイクボス社長・青野慶久の6人。

現状を変えるために、私たち一人ひとりができることは? 「幸福」とは何か? 語り合います。

マタハラはあらゆる人にとって共通の課題

川島:ここからは会場から質問をいただいて進めたいと思います。ご質問がある方は?

質問者:(会場から)マタハラ問題にしても、長時間労働の問題にしても、法律は整っているのに意識が追いついていないと感じます。私の直属の上司など、こういった問題に対する意識が非常に低く、法律すら知りません。草の根から変えていきたいのですが、私、あるいは一市民ができるのは、どんなことでしょうか?

マタハラNet代表の小酒部さやかさん。2015年3月、日本人で初めて米国国務省より「世界の勇気ある女性賞」を受賞した。

小酒部:私たちはよく「女性の権利ばかりを主張して」とバッシングされるのですが、女性が働きやすい会社というのは、男性にとってもより働きやすい会社であるはずなんですね。働き方改革というのは、みんなにとっていいことのはずです。

にもかかわらず、そういうバッシングが来ることを考えると、「日本の労働者たちは、ずいぶん企業に飼いならされているんだな」と思います。「長時間労働をしなければ収入は得られない」というふうに、経営者も労働者も、みんな思い込んでいるんですね。

ではその意識をどうやって変えるかというと、みんなが手を取り合っていくことが必要だと思います。マタハラは「少数の人たちの問題だ」と思われていますが、じつはそうではなく、あらゆる人にとって共通の課題であることに気づいてもらう。そして、一人でも多くの人と手を取り合っていくことが重要じゃないかと思っています。

安藤:組織や上司が変わるのを待つだけでなく、個人でできることにまず取り組んでみてはどうでしょうか?「仕事を早く終えなるべく定時で帰る人」が増えれば、自然と組織も変わってくると思います。

あと自分の職場だけでなく、社会全体の変革にとっても個人の行動は大きくなっていくはず。

たとえば僕が最近始めたのは「夜22時以降はコンビニで物を買わない」ということ。みんなが夜中までの営業を求めてしまうと、どんどん長時間労働の店が増えて労働環境が悪化するから、それを個人では求めない行動をしてます。

一人ひとりが自分の欲得だけで動くのではなく、「お店を開けている人にも生活がある。店頭に立っている人にも小さな子どもがいるのでは?」と想像する力をもって、個人が行動すること。そういうところから社会って変えていけるんじゃないかと思います。

「幸福のツボ」は違うので均一ではなく多様でいこう

質問者:(会場から)これからの時代は、もうGNI(国民総所得)などではなく、GNH(国民総幸福量)を指標にしていくべきじゃないかと思います。日本はGNIでは世界3位ですが、GNHでは90位です。このことについて、皆さんはどうお考えですか?

ダイバーシティ・コンサルタントの渥美由喜さん。

渥美:GNHは、Gross National Happinessの略ですね。「ハッピネス」ということでは、僕は「手放すこと」も重要だと思っています。

たとえば僕は2回転職しているんですが、そのとき「給料が上がる」という願望を手放しました。給料が落ちてもいいから転職すると。共働きで妻がバリバリ働いてくれているので、できたんですけれどね。「なにかを手放す」と、もっと幸せになれるし、もっと自由になれる。男性の場合とくに、それは大きいと思います。

たとえば僕の父は要介護、息子が難病で、はたからみたらけっこう不幸に見えるんですけれど、実際はすごく幸せです。困難があるときに家族がすごく近くなり、絆が深まったから。妻とも、すごく深いところで人生について語り合ってきましたし、うちの息子とも親父とも、どうやって時間の密度を高めるかということを考えてきました。

幸せって、そういうところにあるんじゃないかなと思います。

青野:「幸福」というものを考えるとき、僕は「一人ひとりを見なければいけない」と思っています。それぞれ「幸福のツボ」って違うと思うんですね。

たとえばサイボウズのなかでも、むちゃくちゃ働きたい人もいれば、生活とバランスをとりながら働きたい人もいるし、お客さんと常に接していたい人もいるし、一日中難しいプログラミングを書いて「快感!」という人もいる。

どれも「それでよし」として実現できるようにすれば、全員が幸せなんですよ。

やってはいけないのが「ほかの価値観を否定すること」だと思うんです。その人が「幸せだ」というんだったら、それはそれで認めてあげる。「こういう形じゃないとダメ」とか「こういう企業じゃないとダメ」となってしまうと、それ以外の幸福の価値観が出てこなくなってしまいます。

これから日本が考えていかないといけないのは、「均一ではなく多様でいこう」ということです。いろんな楽しみがあって、いろんな幸福がある。結婚するもしないも、子どもをもつ人ももたない人も、みんな幸せがいい。そんなふうに思います。

川島:非常に大切なお話だと思いました。

いま「女性の社会活躍」と言われていますけれど、そうなるとワーキングマザーだけが正しいように思って、専業主婦を否定する方向にいってしまいがちですが、それも大きな間違いですよね。専業主婦もOKだし、ワーキングマザーもOKだし、残業しないのもOKだし、24時間働きたい人もOKです。

重要なのは、「それぞれの価値観を他人に押し付けない」ということですよね。とくに上司が部下に対して、男性が女性に対して、自分の価値観を押し付けないということが、やっぱり今後は大切になってくるんじゃないかなと思います。

安藤:イクメンは確かに増えたけど、世の中にはまだ子どもが最優先じゃなく仕事ばかりしているお父さんも実はまだ、いっぱいいるわけですよ。

子どもがまだ小さいのに、我欲を追求し過ぎて24時間働いてるうちに、家庭がおかしくなっていたりするケースを僕はたくさん見てきました。

多様な価値観はあっていいんだけれど、子ども、すなわち次世代をちゃんと育成していくことが重要なんだ、というのを前提においたうえで、「効率よく、たくさん働いてね」と僕は言いたいですね。

イクボスはかっこいい働き方

安藤:いまの「粘土層管理職(古い価値観で頭が凝り固まっている)」の男性たちはほとんど自分で育児をしてこなかった世代だから、それを責めてもしょうがないと思うんですね。そういう時代は確かにあってそれで上手くいってたんだけれど、これからはたぶん違う。

放っておいても、今の50代はあと10年くらいで会社からいなくなります。(会場笑)

そうすれば、いま育児をしている世代が課長や部長になるので、かなり変わるだろうと思います。いまは過渡期だから、こういうマタハラなどの問題が起きていると。

小酒部:あと10年も経てば「粘土層」の方たちが皆いなくなる、というのはいいんですけれど、「じゃあ、あと10年間、私たちのような被害者が増え続けていいのか?」という問題があります(苦笑)。

私たちも、昔の価値観を否定したくはないです。「長時間労働をする夫+専業主婦」という組み合わせで、うまくまわってきた時代もあったので。経済成長期の頃は、それが理にかなっていたわけですし。

でも、時代って流れているんです。いまは働く人口が減る一方、支えるべき高齢者の人口が増えています。ゲームに参加する人の状況が変わったのですから、ルールも変えなければいけないと思います。

専業主婦でももちろんいいですし、子どもを生まない選択ももちろんいい。仕事が大好きだったら、そういう人たちも評価されるべきです。

ただ、「人口減少」ということをどうとらえていくのか、というところを考えたら、「何でもよし」とは言っていられないのかな、とも思います。

圷:ちょっと話が変わって、すみません。今年は「イクボス」という言葉を流行語大賞にしましょう。「イクボス」こそは、まさにかっこいい働き方だ!ということを、みんなに知ってもらう。

先ほど渥美さんから、幸福ということを考えるときは「手放すことが重要」という話をしていただきました。いま男性に求められているのはまさにその部分だと思うのですが、女性の場合はこれまで、「仕事か育児のどちらかを手放す(あきらめる)」ことを迫られてきました。でもわたしも仕事も育児もしたい、あきらめたくない。皆さんも是非、あきらめないでいただきたいと思います。

「泣き寝入り」をせず、言うべきことを言う

質問者:(会場から)いま実際に被害にあっている人は、具体的にどうすればいいでしょうか? もちろんマタハラNetに相談・報告するというのが第一ですけれど、そのほかの選択肢としては?

圷:具体的には是非、法律の専門家である弁護士のところにご相談に来ていただきたいと思います。

渥美:僕は企業の現場で仕事をしてきて、重要だと思うことが2つあります。

1つは「泣き寝入りをしない」ということ。波風を立てることをおそれず、きちっと言うべきことは言っていく。僕自身もそれをポリシーにしていますし、そうしたほうが結果的に企業のためにもなります。早めに正してあげれば「ブラック企業」などと言われずに済むわけですから。

企業の自浄作用を起こすために、自分たちはフロントランナーで叩かれるかもしれないけれど、覚悟を決めてやっていくことです。

もう1つ、「ワークもライフも自分でマネジメントしていく」ということも大切だと思っています。ですからたとえブラックに近いような企業でも、職場で学べることはすべて学び、吸収できるものを全部吸収して、とっとと転職しちゃう。いい企業も増えていますから、サイボウズさんみたいな良い会社に移る。

完璧じゃない職場でもキャリアマネジメントとして利用する、という感覚も必要かなと思います。

次回に続く

文:大塚玲子 撮影:内田明人 編集:渡辺清美

(サイボウズ式2015年6月10日の掲載記事「子どもを持つ人、持たない人、誰もが幸せに働くには?──「脱マタハラ×イクボス」から」より転載しました)