真ん中の私たち
2020年03月26日 11時08分 JST

「14歳で、すでに人生をあきらめた瞳」の少女… 海外ルーツの子どもたちを日本語教育で支えるために

フィリピン留学で救われた経験のある女性が、経済的に苦しい家庭の子どもたちも学べるように奨学金を集めるため、クラウドファンディングで支援を呼びかけている。

YSCでのサポートを修了し、高校進学へ一歩踏み出す生徒をお祝い

海外にルーツを持つなど日本語教育が必要な子どもたちは、全国の公立学校に約5万人在籍している。そのうち約11,000人は、学校から特に支援を受けていないのが実情だ。言葉が壁となって学校での居場所が見つけられず、不登校になるケースも少なくない。 

そんな子どもたちのために、NPO法人青少年自立援助センター(東京・福生市)が運営する「YSCグローバル・スクール」では、専門家による日本語教育の機会を提供している。経済的に苦しい家庭の子どもたちも学べるように奨学金を集めるため、クラウドファンディングで支援を呼びかけている

 

小中高で人間関係に挫折。高校を中退してフィリピンへ

フィリピン留学時代の田中さん。お世話になった先生と

YSCを立ち上げたのは、青少年自立援助センター定住外国人支援事業部の田中宝紀(いき)さん。田中さんが国際協力や子どもたちの支援にかかわるようになったのは、子ども時代の経験が大きく影響しているという。

「小中学校でいじめに遭い、高校でも人間関係が上手くいきませんでした。高校中退を考えていた高1の夏休み、父の知人に誘われて初めて訪れたのがフィリピンのマニラです」

1993年、当時のフィリピンは、まだ発展途上のスタート地点に立ったばかり。人であふれごちゃごちゃした街には、活気があふれていた。 

「日本でうつうつとした日々を送っていた私には眩しいほどの“生”のエネルギーが街中にみなぎっていて、驚かされました」と田中さんは当時を振り返る。 

半年後、高校を中退し、フィリピンのパブリック・スクールに編入。マニラから車で3時間の田舎町では、日本人を見るのが初めてという人ばかりだった。英語、公用語のフィリピノ語、いずれの言葉もわからないまま、学校と一人暮らしの家を往復する日々が始まる。

「なにせ言葉がわからないので、買い物ひとつするのも大変で…。そんな私に、クラスメートが温かい手を差し伸べてくれたんです。食材の買い物にも苦労しているようだからと、友人たちが自宅の夕食に招いてくれたんです」

たったひとりで誰も知り合いのいないフィリピンの田舎町で暮らす日本人の少女。言葉ではなく、温かい思いやりのコミュニケーションで住民みんなが田中さんを支えてくれた。そのときの想いに応えたい−−。それが現在の田中さんの原点だ。

1年間の留学を終えてからもフィリピンと日本を行ったり来たりを繰り返す。海外NGOのスタッフとして働いたりしたのち、日本の大学に入学。海外支援の専門知識を学びながら、フィリピンの子ども支援NGOを立ち上げた。

 

日本での生活に絶望したフィリピン人の女の子との出会い

YSCの教室で学ぶ子どもたち

それまで海外の子どもたちの支援を主軸にしてきた田中さんが、国内に目を向けるようになったのは2009年、フィリピンにルーツを持つ、ひとりの女の子との出会いがきっかけだった。 

日本で生まれ、フィリピンで育ち、再び日本で暮らすようになったその子は、言葉の壁が原因で不登校に。家庭でもトラブルを抱え、「14歳で、すでに人生をあきらめたような瞳をしていた」(田中さん)という。

「私はフィリピンであれほど温かく迎えてもらったのに、日本でこの子は人生に絶望している。それがなんともいえないほど、ショックでした。彼女に、日本社会でもやっていけると、なんとか自信を取り戻してもらいたかった」

それには、まずは日本語ができるようになることが、最初のステップだ。特に中学生になってから日本で暮らすようになった子たちは、日常会話ができても、読み書きができないケースが多い。加えて、中学では授業の難易度もあがり、海外ルーツの子どもたちは二重三重の苦労をすることになる。

YSCでは、まずは基本的な日本語を集中して習得。次のステップとして、各教科の理解を深める。日本語をマスターすることで、周囲との人間関係を深めることもでき、将来を見据えた進学の道も開けていくという。

 

自治体と連携を深め、困っている子どもたちを見つけ出す

YSCの教室で学ぶ子どもたち

自分が今、やるべきことは、足元の日本で困っている外国籍の子どもたちの支援。そう考えた田中さんは、海外にルーツを持つ子どもたちを集めて、日本語支援授業をスタート。その後、青少年自立援助センターに合流し、本格的にサポートを開始する。日本語教育や多文化コーディネーターなどの専門職員を確保し、子どもたちへの教育は無償で提供するなど、環境を整えた。

 

補助金が打ち切られ、挑戦した初めてクラウドファンディング

地域のお祭り。毎年、子どもたちと模擬店を出店する

初年度、YSCで学んだ子どもたちは、小学生から高校生までの32名。車で送迎するなど充実したサポートも好評で、送り迎えが難しい家庭にとっても、安心して利用することができた。しかし、文科省の補助金が終了し、2015年度からは有料支援に切り替えざるを得なくなる。

 「青少年自立援助センターは当時から事業型のNPOであったというのもあり、有料支援で収益を上げながら継続するという選択に迷いはありませんでした」

しかし、採算ラインギリギリで設定した月謝ですら払えないという、経済的に困窮した外国人家庭の子どもも3割ほどいる。その子どもたちを切り捨てずにすむ方法はないか。そこでチャレンジしたのが、クラウドファンディングによる奨学金制度だ。

 

SNSの力で支援の輪が広がる

堀潤さんの講座に招かれ、海外ルーツの子どもの現状について話す田中さん

なんとか子どもたちがYSCを続けられるようにと、トライしたクラウドファンディングだったが、目標金額88万8000円を大きく上回る168万4000円の資金調達に成功。それを大きく後押ししてくれたのは、ジャーナリストの堀潤さんだ。

「知人が作成した動画を見た堀さんが、クラウドファンディングをSNSで拡散してくれたんです」(田中さん)

堀さんも、当時のことをこのように振り返る

「海外から日本に移り住み働く大人たちが直面する課題については意識がありました。しかし、その子どもたちが置かれている環境については思いが至っていませんでした。特に言語教育の壁について知ったときには発信せねばと、いてもたってもいられない気持ちになりました。『孤立させてはいけない』と。意識が向いていなかったことも反省しました」(堀さん)

以降、田中さんたちはSNSでの情報発信を重要な戦略と位置づけ、SNSやブログを通じてより多くの人々に“伝える”努力を続けている。

「大事なのは、自分たちから声を上げて人々に届けること。それがつながることで、社会全体に情報が行き渡っていきます。おかげで、全国各地にいる海外ルーツの子どもたちの支援にもひろげることができました」

クラウドファンディングは、そうした支援を形にする武器だ。現在も、2020年度の奨学金への支援をA-portで募っている。

「次世代を担う子どもたちには、日本人、外国人という心の壁を取り払って大きくなってほしい。さまざまなバックグラウンドを持つ子どもたちを受け入れ、エンパワーメントする。それがこれから目指すべき幸せな社会のあり方だと思います。そんな子どもたちを育てることは、私たち大人の責任でもあります」

支援の受け付けは、3/31まで。詳細はこちら

(取材・執筆=工藤千秋)